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ルードヴィヒの決断と、その後

長なった……orz

でも切りどころが分からなかったんだ……。


読み辛かったらゴメンなさい。

 とある離宮の片隅で、その日密やかに、一組の父子の再会が成っていた。

 その再会の挨拶は、それが久方振りの対面だったにも関わらず、実に他人行儀なものであった。それは、これまでの互いへの関わり合い方に大きな原因があったと云える。


 父はその国の国王で、例え息子の前であっても父である前に常に国王であった。

 そして息子は以前王太子であった。自らの犯した過ちゆえに今はその地位を追われ、現在は王命により王子である事を隠し、辺境の砦にて警備兵として勤めている。


 国王と元王太子。彼等は以前から同じ王宮にいても接触が少なく、親子らしい会話も数えるほど。今は物理的にも距離が離れており『ただ会いたいから会いに来ました』と再会するなど有り得ないといえるほどに、気持ちの上でも距離のある二人である。

 そんな二人が、何故人目を憚ってまで再会したのか。それは息子が、自身の身の振り方について考えがあると、国王である父親に手紙を送ったからに他ならない。


 ただ、息子ルードヴィヒはそれでも確かに父親を尊敬していたし、国王もルードヴィヒのことは大切に思っていた。

 二人が不幸だったのは、それぞれの立場が親子である前に国の最重要人物でなければならなかった事と、互いに自分の想いを言葉にして直接伝えることが無かった事だろう。その為に多くのすれ違いが発生し、二人の距離は離れてしまっていたのであった。


 父親の方は、離れていてもルードヴィヒの事は隠密部隊の影から逐一報告を受け知っていた、つもりであった。

 今現在のルードヴィヒについては、砦へ着いた頃は鍛錬も途中で脱落するような為体ていたらくだったが、半年過ぎる頃には鍛錬も難なくこなし、職務も至極真面目に行っている事。思っている事が顔に出やすい性格であったのに、それもいつしか改善され同僚とも衝突する事が減り、恙無く一警備兵として生活できている事など。

 詳細な報告書を読む度に、まるで己の目で見ているかのように錯覚したものである。


 ところが実際に会ってみれば、半年振りに見る息子は見違える程凛々しく精悍な顔つき身体つきへと変貌していた。

 国王として数々の癖のある人物達と相対し数多の臣下達を纏め上げ、これまでルードヴィヒの件以外では然程大きな問題もなく国政を行ってきた父親は、少ない接触で相手の人となりを見極める目を養っていた。

 その父親から見ても、以前は際立っていた我の強さを示すような表情はなりを潜め、しかし、静かな佇まいの中にもしなやかな逞しさが感じられるルードヴィヒ。

 それは父親から見て、成長と云うよりは最早変貌とも呼べるべき変化であった。


 平静を装って顔には出さなかったが、父親は驚きと少しの喜びを感じていた。それと共に、悔恨の気持ちも。王太子であった頃にこの姿を見たかった、と。

 侍女が給仕に現れるまで、父親は動く事すら忘れ息子の姿に見入っていた。


 やがて二名の臣下を残して他の者達が部屋を去ると、父親は漸く息子に声を掛けることが出来た。

 国王である彼は、いつでも冷静沈着でなければならないと、例え動揺していてもそれを言動に出すなど以ての外であると心得ていた。その信念により、狼狽える姿を多数の臣下の前に晒すのはなんとか回避できた。

 しかしいざルードヴィヒに声をかける段になると、表情は繕えたものの声には動揺が表れてしまい、自分で思っていたよりも低く硬い声で話し掛けてしまった。息子ルードヴィヒは、そんな父親の声に萎縮したのか一瞬身体を強張らせ、しかし、目を逸らす事なく挨拶を返してきた。

 ただ挨拶それは、息子から父へのものではなく、明らかに、臣下から王への挨拶のそれであった。


 何故わざわざ人目を忍んで会っているのに、此処まで他人行儀な態度を息子が取るのか。その理由は頭では分かり過ぎるほどに分かっていたが、感情は追い付いて来なかった。

 苛立ちをぐっと押し隠し、息子が臣下として此方に対するならば自分もその様にするまでであると決め『忙しいからさっさとと本題に入れ』と促した。

 国王のこの言動が、彼が気を許した者に向ける素直な感情の吐露であると、近しい臣下であれば分かったであろうが、今まであまり交流がなく父親を絶対的な存在として見てきた息子に、その機微など察せない。


 ルードヴィヒは、忙しい父親の機嫌がこれ以上悪化する前にと、意を決して意見を述べた。


「ルードヴィヒを、殺して下さい」


 それは父親からしてみれば、妄言としか思えなかった。

 至極真面目な顔で自分を殺せと訴える息子。

 流石に平静など装う事など出来ず、目を見開き、己の耳を疑った。聞き間違いでは無いのかと、部屋に残る臣下に目を向けるも、二人共自分と同じ様に目を見開いており、ジャンなどは口までも大きく開けて息子を凝視していた。

 その臣下の反応から、息子の言葉が己の聞き間違いなどでは無い事を知った。


 父親はその事実にまず落胆した。成長したと思っていたルードヴィヒはしかし、まるで変わっていなかったのだと。王太子である立場を忘れ数々の愚行を繰り返し、その立場を追われた今も王子である事は変わりないというのに、そこからすらも逃げたいと思っているのかと。

 反省させ更生させる為の砦への送致も、息子にとっては死を選んでしまう程にただ屈辱なだけで、見出すものは何も無かったという事なのか。


 溜息を吐きたくなった父親であったが、ふと息子の瞳の奥に、自ら死を選んだ者には見出せないはずの力強い輝きを感じて不思議に思った。

 何故こんな目で己の死を望むのだろうか?

 それは単純な興味であった。思い返せば、息子の心の内など今まで聞いてこなかったと気付く。これは良い機会であると思った父親は居住まいを正すと、厳しい顔でルードヴィヒに問うた。


「己を殺せとはまた極端な発想だな。それ程までに砦での生活は其方にとって無価値なものであったのか? 『其方が死を選ぶ』ということが今後の王国にとってどのような意味を為し、どういった結果をもたらすのか、考えた上での発言なのであろうな?」


 真意を見極める為、ルードヴィヒの目を凝視する。少しの変化も見逃すまいと。


 ルードヴィヒは一つ頷くと、決然と言い返した。


「勿論、自分なりに考えた末での結論です。ただ反論させて頂ければ、砦での生活は自分にとってとても有意義なものでありました。今回の提案は、だからこそであると云えます」


 その瞳の中に諦観はなく、今にも焔が揺らめきそうなほどに強い光を放っている。父親は益々不思議に思う。ならば何故?


「では何故其方は死を選ぶ? 見出すものがあったのなら、それを今後に活かすべく動くのが王族としての真摯な振る舞いではないのか。それをせずに死を選ぶなど、逃げであるとしか余には思えんのだが?」


「確かに、ただ普通に死ぬのならば其処に何の意味もありませんし、悪戯に国内を騒がせるだけでしょう。しかし私は、ルードヴィヒ・・・・・・を殺す気はあってもを殺す気はありませんよ」


 ルードヴィヒはそこで初めて、ふっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。気負っていたような雰囲気も少し和らぎ、まるで悪戯が成功したことに喜ぶ子供のようにも見えた。

 初めて見る息子の表情と不可解な言葉に、父親は目を眇めた。此奴は一体何を考えているのか? その問いを自らの目で見つけ出そうとした。

 しかし答えは次の瞬間、息子本人から呆気なく齎された。


「私は今後の人生を、ドディとして生きていこうと思うのです。そして……」


「なに⁉︎」


 まだ発言を続けようとする息子の言葉を、父親は己の声で制した。


『ドディとして生きる』

 その言葉だけで、つまり王族としての義務を放棄しほぼ平民と変わらないただの一兵士として生きたいと息子は言っているのだと、そう父親は理解したのだ。

 結局は己の責任から逃げたいだけではないかと憤った。その気持ちのまま、父親はルードヴィヒを詰った。


「……結局のところ、其方は己の立場から逃げたいだけなのだな。自ら死を選ぶならまだしも、死を偽装してまで自由になりたいなどと言い出すとは。情けない! 余はこんな下らん戯言を聞くために態々離宮まで足を運んだというのか⁉︎」


 それまで息子を叱る時にも冷静さを失わなかった父親であったが、あまりのことに怒りのまま声を荒げた。


 初めて父親から怒鳴られたルードヴィヒの方はといえば、自分の発言の続きを遮られた事よりも、いつでも冷静沈着だと思っていた父親にこれほど強く感情的な言葉をぶつけられたことに驚き、言葉を失ってしまった。


 父親の方は、余りにも息子の考えが浅慮である事に苛立ち、怒りが迸っていた。今すぐにでもこの馬鹿息子を己の手で葬り此処を去りたいと彼は思い、膝の上で固く握り締めた両の拳は、その怒りのためにブルブルと震えてしまっていた。

 しかしこの息子を作り上げたのは己自身でもあるのだという後悔と国王としての理性が、己の腰を上げさせる事をしなかった。


 父親は心を落ち着かせるために大きく深呼吸をすると、ルードヴィヒを睨み据えて言った。


「……念の為、聞いてやる。其方は己の仕出かした事をどう捉え、そして今後どう後始末をするつもりなのだ」


 父親が冷静さを取り戻し発言を促すと、呆然としていたルードヴィヒはハッと我に帰り、先程遮られてしまった言葉の続きを、父親の目をしっかりと見据えて発した。


「陛下の、いえ、父上のお怒りはごもっともでございます。私が王太子位を剥奪される原因となった学園での行いは、それがおおやけのものとなっていたならば、明らかに国内を混乱させていた程の愚行でした。そしてそれは、他国に侵略の隙を与えかねない程のものであったと自覚しております。その咎を受けるのは私であったとして、しかしその一番の被害を被るであろうのが、何の罪もない民達であるという事も。私は……」


 ルードヴィヒはそこまで一気に言い切ると俯き、溜息をついた。


「ドディとして砦で過ごし、ジャンや他の者達と言葉を交わして行く中で、己がどうしようもなく物を知らない小さな生き物なのだという事をつくづく思い知りました。そして漸く、愚かな行いばかりしてきた事を自覚したのです」


 自嘲の笑みを浮かべ、ルードヴィヒは父親と再度目を合わせた。


「その時から私は『償わなければ』という思いに囚われました。私の愚行に振り回された人々全てに謝って回りたい気分でした。しかし今は一兵士として辺境の砦にいるしかない私に謝罪を述べる機会は得られない。更には、もし後に王子として王宮に戻ったとしても、謝って事が治るわけでないことも分かっている。一体、私に出来る償いとは何か? それを、ここずっと考えていたのです」


 ふむ。とひとつ頷き、父親は言葉を返した。


「確かに、此度の砦への送致は一時的なものである。余は、其方が王太子であったことの責任の重さから、最終的には王族からも籍を抜き、臣籍降下させるつもりでいた。しかし其方が己の行いを恥じ、反省しているのが目に見えて分かったなら、責任は別の形で取らせ、王子として籍を残し、名誉挽回の機会を与えようとも思っていたのだ」


 そこでルードヴィヒが言葉を続ける。


「私は、それでは足りない・・・・と思ったのです」


「足りない? それが『ドディとして生きること』とどう繋がると言うのだ」


 息子の話を聞きながら、この時にはすっかりいつものように冷静さを取り戻していた父親であったが、やはりルードヴィヒの意図は読めなかった。そこで聞いた。まだ、息子がどう後始末をつけるのかを全て聞いていなかったからだ。


 ルードヴィヒは、その父親の問いに答えるべく口を開く。


「父上。対外的には、ルードヴィヒは不治の病で療養中という事になっているとの事ですが、臣下の中には本当の理由と措置を知る者も居りますね?」


「その通りだ」


 父親はルードヴィヒの問いに静かに頷く。それを受け、ルードヴィヒは続けた。


「臣下達だけでなく、学園にいた生徒達の中にも真実を知る者は少なくないでしょう。その者達に緘口令を敷いたとしても、いつかは何処からか真実が漏れてしまうかもしれない。『元王太子は恋に狂って己の責任を放棄した愚者である。本当は病気の為ではなく、その責任を取らされ王太子位を剥奪されたのだ』と。学園には平民も他国からの留学生も居ります。その者達がいる学園での私の愚行は、アイリーンに見限られた時点で、既にルードヴィヒとしての終わりを示しているのです」


「ならばその愚行を王子として、自らの行いと態度で挽回し信用を回復させれば良いではないか」


 父親の反論に、ルードヴィヒは首を横に振る事で異論を示す。


「では私の名誉挽回が叶ったとして、その時王太子は誰になります? 対外的には私は不治の病に掛かっている事になっていますし、自分自身でも不適格であると自覚しました。今のままなら、弟達の誰が王太子となったとしても私は障害になり得ないと分かっております。が、私の信用の回復が成った場合、誰かが『やはりルードヴィヒが王太子であったほうが』などと言い出すかもしれない。その声が少数なら良いですが、私が名誉挽回の為に励めば励むほどに恐らくその声は数を増してしまう。もしそうなれば、私の存在は結局のところ、今後の国政の邪魔にしかならない。例え臣籍降下しても、それは変わらないでしょう」


 ルードヴィヒの言葉に、父親は「確かに」と返した。その事は父親もある程度は懸念していたのだ。

 そうはいっても、例えルードヴィヒが改心したとして、王位を継げるほどまで信用を回復できるとは父親には思えなかった。二十年近く掛けて培ってきた性格が、ほんの数年で王位を望まれるほどに改善されるなどあるはずもないと思ったからだ。

 しかし、これまでの会話で、その己の考えを改める必要があるかもしれないと思い始めてもいた。

 目の前にいるルードヴィヒは、これまでの彼とは全くの別人であるかのように理性的で、客観的に己と周囲とを見る目を持っている。その上で、我を通して王位継承権の復権を望むのではなく、あくまでも一臣民として己を扱い、どうすれば己の存在を国の為に活かせるかを考えているようだ。


『王としての資質』を、今になってルードヴィヒの中に見てしまうなど。

 父親としては嬉しくとも、国王としては歓迎せざる話である。何故なら彼は、既に不適合者の烙印を押されてしまっているのだから。

 惜しい。と、思わざるを得なかった。


 そんな父親の心情など気にも留めず、ルードヴィヒは続ける。


「病気ということにしたまま離宮で出来る事もあるでしょう。しかしそれにも限りがあります。私にはそれでは足りない。この国の為に、もっと多くの事を成し遂げたい。償いの為にも。活かそうとして下さった父上の為にも。そして、己の為にも。だからこそ、今後障害にしかなり得ないルードヴィヒ・・・・・・という名が邪魔になるのです」


 ここまで言い切って、ルードヴィヒはいっそ清々しいと思えるほどに心の平穏を取り戻した。ここまで言ってしまえば、後は何を言ったところで、これまで以上の懸念はない。


 ルードヴィヒは徐に立ち上がると、父親の見つめる中、その父が座るソファの傍らに進むと膝を折り、臣下の礼を取った。

 そして恭しく頭を垂れると、それまで息子として発していた言葉を改め、臣下として進言した。


「私はドディとして生まれ直し、研鑽を積み、いつか必ず王宮へと呼ばれるまでに成りましょう。そして陛下とその時王太子として立つ方の側で、臣下として御二方をお支えしたいと存じます。それが私の偽らざる望み。ドディとして生きるという、私の願いを聞き届けて頂けた暁には、この身が朽ち果てるまで、国の為、民の為、私に出来る全てを賭けて尽力させて頂きたく存じます」


 言い切り、決意の篭った瞳で父親を見上げる。ルードヴィヒの瞳にはしかし、臣下としてだけでなく、父親に対する慈愛の念が籠っていた。


 どうしようもない自分を、それでも見捨てないでいてくれた父。国王という立場からすれば、学園での一件は国家反逆罪にも当たりかねない。その場で縁を切り、死罪を言い渡す事も、国外追放の刑に処する事も簡単だった。

 切り捨てないでいてくれたのは、ひとえに父からの愛情であるのだと理解した時、ルードヴィヒの心の奥に溜まっていた澱は全て消え去っていた。


 ルードヴィヒは思い返していた。今はただ、この父の治める国の永久とこしえの平和を望んでいる。その為に己に出来る事があるならなんでもするのだという想いで此処に来たのだ、と。

 ルードヴィヒである事を自ら放棄し別人として生きる事に責任逃れだと思う気持ちも確かにある。しかしだからこそ、ドディとして生きる上で、逃れた責任以上のものを返すつもりで働くのだと決め、彼はその意思を言葉にしたのであった。


 父親は熱く決意を語るルードヴィヒから視線を外し、暫く目をきつく閉じていたのだが、その目を開き、傍らに控えるルードヴィヒの肩に手を置くと、静かに口を開いた。


「其方の気持ちは分かった。だが、今後については其方の望みを余が叶えるかどうかは別だ。もう時間もない。余は王宮に帰るゆえ、其方も砦に戻るがよい」


 それだけ言って立ち上がった父親は、近衛を促し隠し扉へと向かおうとする。


「陛下⁉︎」


 提案をなかった事にされてしまうのかと焦ったルードヴィヒは、慌てて呼び止めた。

 すると、隠し扉へと向かっていた足が止まり、背中を向けたまま父親が告げた。


「なんだ。余はこの件で宰相と急ぎ話合わねばならぬ。まだ何かあるのか?」


「あ……、いえ。何も、ありません……」


 てっきり聞かなかったことにされると思ったルードヴィヒだが、父親のその言葉に虚をつかれてしまった。

 なんと返せばいいのか分からず戸惑っていると、父親が肩越しに視線を寄越しぼそりと呟いた。


「ならば余は行く。……ところで、余と其方はこの部屋にいる間はまだ親子である。『陛下』ではなく、『父』と呼んで送り出してくれぬか?」


「……?」


 キョトンとして言葉もなく自分を見る息子に父親はフッと笑みをこぼし、言葉をかける。


「息子本人から己の死を望まれてしまうような父親など情けない限りであるし、余はこれまで父親である前に王として其方に接してきたしな。だが……」


「ちち、うえ……?」


「あるいは、これが親子としての今生の別れになるやもしれんのだ。せめてこの部屋にいる間だけでも、王と臣下でなく、親子であってくれぬか?」


 寂しそうな声音で、しかし振り返ることなく告げる父親の言葉に、自身の願いが確かに聞き届けて貰えたのだという確信を得たルードヴィヒは、歓喜で動揺しそうになる胸を服を握りしめることで抑え、しっかりと父親に向かって大きく声をあげた。


「父上! ありがとうございます! 私にとって父上はこれ以上なく素晴らしい方であり、誇りであります。今までもこれからもその思いに変わりはございません。それは今後言葉にすることは叶わずとも、決して揺らがぬ真実でございます!」


 晴れやかな笑顔と言葉に送り出され、父親は静かに頷くと部屋を後にした。後に残されたのは歓喜に顔を緩ませるルードヴィヒと、それまでの臣下の態度を一変させ苦虫を噛み潰したような顔でルードヴィヒに詰め寄ってこようとするジャンのみ。


 ジャンは、詰め寄る勢いそのままにルードヴィヒを詰った。


「……あんた、どういうつもりだ⁉︎」


「? 何がだ?」


「あんたが言ったんだろ! 『馬鹿野郎だった・・・と、皆に過去形で言ってもらえるようになるよ。これからの私は』って! それが死んだことにして別人として生きる事にするって、おかしいだろ!」


「ああ、そのことか。それにしてもよく細部まで覚えているなジャンは。流石だ!」


 晴れやかな笑顔で茶化してくるルードヴィヒにジャンの怒りが募る。


「笑い事じゃないだろ! ルードヴィヒとして名誉を挽回するんでなければ、あんたの悪評はずっとそのままじゃないか。どれだけドディとして頑張ったところで、事情を知らない他人からしたら、全くの無関係な赤の他人の話だ。今のあんたに、それが分からない訳ないだろ!」


「その通りだよ」


「じゃあ、どういうつもりで……」


 更に言い募ろうとするジャンの言葉を手で制し、ルードヴィヒは告げた。


「事情を知る者が分かっていてくれれば、私はそれで充分なのさ」


「⁉︎ ……あんた、本当にそれで……?」


 ジャンの問いに、ルードヴィヒは無言で。ただにっこりと笑みを浮かべた。その笑みに陰がひとつも見付からず、ジャンは引き下がるしかなかった。


「さて。では、帰ろうか」


 ジャンが何も言えないまま、ルードヴィヒはさっさと部屋を出て行こうとする。慌ててその後を追ってジャンも部屋を出た。

 離宮には泊まるための部屋も用意されていたのだが、二人はそれを断り離宮を後にすると、そのまま砦に向けて旅立った。



 その後、影の仲立ちで王とルードヴィヒは幾度かの手紙の遣り取りを交わし、今後についての詳細な取り決めと流れを確認し合った。

 ルードヴィヒは病没したことにすればそれでことは済むのだが、ドディとしての背景などはこれからドディとして生きる上で必須となる。架空の人物が実在の人物と入れ替わるのだから、極秘且つ綿密に打ち合わせ、事を進めていかなければならない。


 ここで活躍したのは宰相ヴァスレイ公爵であった。彼はルードヴィヒの我儘の為、(ブツブツと王に小言を漏らしながらも)ドディと云う架空の人物を完璧に存在する者として作り上げた。ルードヴィヒが砦に行く際、ドディがルードヴィヒであると云う疑惑を持たれない様にと、ある程度の捏造は予めしていたため出来た荒技であるといえよう。

 その結果を分厚い書類の束としてドディの元に送り、その量に顔を青褪めさせるルードヴィヒを想像して、公爵はなんとか溜飲を下げたという。



 その後のドディはといえば。

 彼は特別指令から戻ったその日から、それまで以上に鍛錬に励み、職務を精力的にこなしていた。それと共に、騎士になりたいと思っている平民出身で学の無い兵士達に文字や学問を積極的に教える事にした。


 初めは「こんな左遷先にされる様な辺境で何をやっても無駄だ」と馬鹿にしていた者達も、簡単な文字しか読めず書く事も出来なかった者があれよあれよという間に文字を操るようになり、その多くが好んで本を読み知性に目覚めるようになる姿を見て、態度を軟化していった。

 中には、これまで以上にドディを疎んで執拗に絡む者もいたのだが、ドディはそういった者達にも決して怯まなかった。


 やがてドディを見習えとばかりに鍛錬や職務に加え勉学に励む者が増えてくると、砦は、それまでの秩序なく殺伐とした雰囲気を一変させた。

 まるで山賊のようだった兵士達の見違えるような変化に、驚きつつも喜んだ砦周辺の村人達から、それまで以上に信頼と尊敬を受け、兵士達は更に士気を上げた。


 やがて、砦にいた平民出身の兵士達の中から騎士採用試験に合格する者も現れると、益々兵士達の意識は向上し、それと共に、ドディは砦の中枢人物としての力を強くしていったのであった。




 〜・〜・〜



 二年後、王国中にルードヴィヒの訃報が知らされた。


 ルードヴィヒは療養虚しく身罷ったのだが、余りに衰弱した姿を医師と父親である国王以外には見せたく無いと云う遺言の元、遺体が納められた棺の蓋は一度も開けられる事なく葬儀を終えた。


 葬儀には、国中の貴族を始め他国からも弔問の為に訪れる者が多かったのだが、国王と、新たに王太子として擁立されたルードヴィヒの三歳下の弟が、式や弔問客の応対を全て滞りなくこなしていった。

 その新王太子のそつのない立ち居振る舞いに、国内の貴族達の多くは今後の王国の安寧を見て安心したという。





 更に八年後、ひとりの男が王宮の大広間に召され、国王の前に跪いていた。


 彼は、王宮からの再三の勧誘を断り、辺境の砦にばかり赴任したがる変わり者の兵士として名を馳せていた。

 彼の評判は変わり者としてだけでなく、優秀な指揮官としても知れ渡っていた。

 彼に師事した者達は騎士や兵士として軒並み優秀な結果を残し、また愛国心に優れ誠実な者達ばかりである事から多くが要所に採用されるに至り、師である彼の名声が、辺境の砦から遠く離れた王宮にまで響き渡っていたのである。


 その功績を認められ、何度も中枢近くへと望まれた彼であるが、本人は「まだ自分は力不足であるから」と言い張り、悉くその要請を突っぱねていたのだが。

 とうとう国王の側近くに控えるべき近衛騎士団長までがその勧誘に乗り出し、団長自ら辺境の砦に姿を現わす事態に至ると、彼は漸く観念して、その要請を受けることにしたのだという。



 彼の名は、ドディ・グルム。

 生家は伯爵家で彼は元々貴族であったが、彼が国軍に入団し家を出た後に生家は落ちぶれ、爵位を国に返上するまでに至った為、彼は身分上平民である。

 しかしそれまでに得た知識と貴族として培ってきた経験を、望む者には惜しげなく伝え、結果、平民出身の騎士団員の増加、兵士達の意識向上に繋がる事となった。

 彼自身も砦にて日頃から鍛錬に励み、周辺地域の人々とも積極的に交流を図り、また治安維持に邁進していた。


 数々の功績に加え、多くの者達からの信頼を得ていたドディはこの度、王国騎士団の参謀総長及び副団長の地位を与えられる為の叙任式に臨んでいたのである。

 平民身分の者にとっては破格の昇進であったが、彼の人となりを知る者達からすれば、遅すぎると思えるほどだったと云う。



 ドディは叙任後その功績を讃えられ、褒美として生家の元の爵位である伯爵位を与えられた。

 その後も彼は驕る事なく職務に励み、後に王国騎士団の団長と兼務して近衛騎士団の団長となった。

 彼は王の傍らでその治世を大いに助け、また王が代替わりした後も変わらぬ忠誠を捧げ、その頃王国初の女宰相として名を馳せていたアイリーン・ヴァスレイ嬢と共に新王を支え続けたという。


 結果としてその王の治世は、王国の歴史上最も平和で且つ栄えたとして、後世に名を残す事となるのであった。


 数々の歴史書に残る挿絵には必ずと言っていいほど、王の傍らにはドディとアイリーンの姿が書き記されていたという。それこそが、彼等の働きが王の治世にとって必要不可欠なものであったことが分かると、後の歴史家は語るのであった。

補足


この王国の騎士団の組織編成ついて……


便宜上、王国騎士団の下に近衛騎士団が存在します。が、近衛騎士団はその特殊性からほぼ独立組織であるといっても過言ではありません。

故に、王国騎士団の団長と近衛騎士団の団長はほぼ横並びの立場となります。

ただし書類上では、近衛騎士団の団長と同じ階級なのは、王国騎士団の副団長です。

ちなみに兵士は、騎士より階級も身分も下となります。



補足なのに分かりにくい、かな……?(^_^;)


一話が長くなって読みにくかったらゴメンなさいでした。


次回はアイリーンのその後のお話となります。

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