答えたくない
「ふぅ! 入学式以来で教室を間違えるとは……拙者としたことが……不覚……!」
独り言をつぶやきながら、窓際最前列へ黒板の前を突っ切っていく彼は、クラス中の視線を集めていた。
「なんとか間に合ったようだ」
阿方清丸は、額の汗を拭いながら着席したが、教室は異様に静まり返っていた。久保は我慢できずに声をあげた。
「お前チョンマゲどうしたんだよ!? トレードマークなくしてんじゃねぇか! どうすんだよ、お前主人公だろ? まだ5話だぞ!?」
「そういうメタ的なツッコミはどうかと思うが」
久保の方を振り返り、座ったまま阿方清丸は応答した。
「切られた」
「誰に!?」
「答えたくない」
「……」
阿方清丸は眉間に皺をよせ、低い声だったので、クラスの誰もが怒っているのだと思った。久保はそれ以上追求しなかった。
「え〜、今日から阿方君が復帰しましたので、よろしくお願いします」
気まずい空気を破って、苦笑いしながら担任の神田先生がそう言うと、阿方清丸はサッと挙手した。
「おぉ、阿方、何かあるか」
「一言、よろしいか」
阿方清丸は立ち上がり、クラスメイトの側へ身体を向けて話し出した。
「この度は、拙者の暴力事件により、お騒がせして申し訳なかった。この件は全て拙者個人の不徳により、他の何者も悪くない。もし気に病む者がいたならどうか、忘れて欲しい。すまぬ!」
深々と頭を下げてから顔を上げた阿方と、中野林は一瞬、目が合ったような気がしたが、その後すぐに阿方清丸は前を向き、椅子に座ってしまった。
「もしかして、この件に触れてほしくないのかな……」
阿方清丸に今度会う時は、謝罪とお礼を言うつもりだった中野林は迷った。伝えるべきか、そのままスルーしてしまうべきか。阿方君は忘れたがっているのかもしれない。それなら、掘り返すような事は言わない方が、阿方君の為なのではないか。
中野林はグルグルと考えを巡らせて、声をかけられずにいた。そんなこんなであっという間に昼休みになってしまった。
皆が机の上に弁当を広げるなか、自分の席に座ったままうつむき、固まっている阿方清丸の姿が、中野林の目に入った。入学して2週間ともなると、それぞれコミュニティが出来上がるものだ。その間不在だった阿方清丸は、完全にその輪から外れてしまっていた。
「今がチャンスだ! 阿方君に話しかけよう! 僕が助けてあげなくちゃ」
中野林は阿方清丸の方へ歩み寄ろうと、一歩踏み出したが、すくっと立ち上がった阿方清丸は、足早に中野林の脇を通り過ぎて教室から出ていってしまった。その表情がなんとも険しく、中野林はすれ違い様に出しかけた声を発することができなかった。怒ったような、不機嫌な顔をしていた。
「あいつどこいくんだろな?」
中野林の背後から菓子パンを頬張りながら久保がそう行った。
「僕、追いかけて話してくる」
中野林はそう言うと、阿方清丸を追って駆け出して行った。
「おい! ちょっと待てよ!」
久保もかじりかけのパンを握り締めたままその後を追いかけた。




