呼び方
教室を出て、阿方清丸はフラフラと校内をさまよい、一階の校舎外にある渡り廊下の中程、自動販売機脇のベンチに腰掛けた。肩を落とし、うなだれるその姿は、落ち込んでいるように見える。
「いたぞ、あほ丸」
久保がそう言いながら中野林の腕を引いた。中野林は阿方清丸を視界にいれるやいなや、駆け寄りながら、
「あほうくーん!」
と呼びかけた。阿方清丸は地面に落としていた視線を上げながら、不機嫌そうな表情で中野林を見た。
「阿方君、よかったら、お昼一緒に食べよう」
笑顔でそう話しかける中野林を無表情で見つめながら、しばらく間をおいて、
「……どちら様でしょうか?」
と発した。低く不機嫌そうなその言い方に中野林の笑顔が曇った。
「中野林! お前認識されてないぞ!」
中野林の背後から、ゲラゲラ笑いながら久保がまくしたてた。
「オレたち同じクラスだろ? オレは久保。こいつが中野林。2週間ぶりだもんな、覚えてなくても仕方ないよな」
「お主は……メタツッコミの」
「おぉ、オレのことは認識してんのか」
中野林は慌てて説明した。
「僕、中野林透! 入学式の日に、カツアゲされそうになってたところを、助けてくれたでしょ? あの時はありがとう!」
阿方清丸は少し考えるそぶりを見せたが、
「身に覚えのないことだ」
そう言って首を傾げた。
「うそだ……覚えてないの?」
「人違いであろう。すまぬが、入学式の日の事は思い出したくないのだ」
「そんなはずない! だってチョンマゲに学ラン姿なんて──」
中野林の「チョンマゲ」というワードにピクリと反応すると、鋭い視線を向けながら、
「思い出したくない……そっとしておいてくれぬか」
低い声で唸るように阿方清丸は答えた。
「ごめんなさい……」
中野林は萎縮して、俯きながら目をそらした。
「そんな言い方ねぇだろ? せっかく中野林は、お前の為に声かけてやったのに」
「拙者の為に?」
「お前、クラスに居場所がないからこんなところに一人でいるんだろ」
「?」
阿方清丸はポカンとした表情を浮かべながら、首を傾げた。
「拙者の席は窓際最前列。拙者の居場所はそこだが? お主も知っておるだろう?」
「いや、だから、昼飯食うのにグループができてて」
「そうなのか?」
「えっ?」
今度は久保が首を傾げた。
「グループからあぶれて、いたたまれなくなってここに座ってたんじゃ……」
「あぁ、そのことか」
阿方清丸は困ったように笑いながら、
「弁当を持参しなければならぬことをすっかり忘れておってな。周りが食事するのを見るとよけいに腹がすくゆえ、こうして一人、空腹をこらえていたのだ」
そう話し終わると同時に、阿方清丸の腹がグゥ〜〜〜と鳴った。
「うぬぅ……鎮まれ……鎮まれ……拙者の腹〜」
阿方清丸は両手で腹を抱えながら、前屈みになりそう唱えた。中野林と久保は顔を見合わせると、急におかしくなって同時に吹き出した。大笑いする二人を、阿方清丸は訝しげに眺めながら、
「なんだ、なにがおかしい?」
ムッとした表情でそう問いかけた。
「ごめんね、ちょっと、思ってたのと違ってて、おかしくなっちゃった」
笑いすぎて目に涙を浮かべながら、中野林は答えた。
「お弁当忘れたならさ、僕のを分けてあげるから、一緒に食べようよ」
中野林は、阿方清丸の右隣に腰掛けながらそう言った。
「いや、大丈夫だ。一食抜いたって死にはしない。武士は食わねど高楊枝、というであろう」
「腹が減っては戦はできぬ、とも言うぜ?」
久保もそう言いながら、阿方清丸の左隣に腰掛ける。
「むぅ……確かに」
顎に手を当てて考え込む阿方清丸へ、弁当箱の蓋におかずを取り分けて、中野林が差し出した。
「はい! 僕の手作りなんだよ。召し上がれ」
蓋の上には卵焼き、ミートボール、ウインナー、ミニトマト、ポテトサラダがのっている。
「こんなに良いのか? お主の分が減ってしまうではないか」
「僕、少食な方だから平気だよ」
にっこりほほえみかける中野林に、深々と頭を下げながら、
「かたじけない……有り難き幸せ……」
そう言って、具ののった弁当の蓋を掲げるように両手で受け取った。
「オレのも食う? かじりかけだけど。反対側からちぎればイケるだろ」
久保は、コッペパンのかじってない方をちぎって、中野林が渡した弁当の蓋の上に置いた。
「半分近く……お主の分が少なくなってしまうではないか、この半分で充分だ」
「いいって、もうちぎっちゃったから、やるよ」
「かたじけない……有り難き幸せ……」
阿方清丸は再び弁当の蓋を高く掲げながら、傷み入るようにそう言った。
「お主たち、良い奴だな。こんな無愛想な拙者を気にかけてくれるとは」
久保にもらったパンで器用に中野林の具をつかんで口に運びながら、阿方清丸は言った。
「さっき怒ってなかったか? すげぇ不機嫌そうな顔してて、印象悪かったぜ?」
半分になったパンをかじりながら、久保が言う。
「すまぬ。そんなつもりはないのだが、拙者、人相が悪くてよく勘違いされるのだ。ガン飛ばしただの、睨みつけただの、因縁つけられて喧嘩もしばしば……」
「怒ってたわけじゃないんだ」
中野林の言葉に強く頷くと、
「空腹で苦しいので、険しい表情になっていたのであろう。不快な想いをさせてすまない」
阿方清丸は深々と頭を下げた。
「なんだぁ〜よかったぁ! 僕、嫌われてるのかと思ったよ」
「なかの、ばやし くん?」
阿方清丸は、名前を確かめるようにそう言った。
「うん、そう! 中野林って呼んで。透でもいいよ」
「いきなり名前を呼び捨ては、馴れ馴れしすぎぬか?」
「別にかまわないけど」
阿方清丸は少し迷って、
「透……いや、中野林。中野林にする。今後ともよろしく頼む」
「うん!」
中野林は満面の笑で答えた。阿方清丸は驚いた表情を浮かべた後、ニッコリとほほえんだ。
「おいおい、オレも!」
「メタ野郎」
「あん!?」
「冗談だ、久保。よろしく頼む」
久保と阿方も互いに笑い合った。
「阿方……くん、はさ、くんつけた方がいいよね……」
「いやでも、初日に言ってたじゃんか、あほ丸って呼んでくれって」
「うむ。あほ丸で頼む。阿方だと阿呆で、それにしか聞こえぬからな。あほ丸の方が愛嬌があるであろう!」
ニコニコしながら久保へ顔を向ける。
「あほ丸! よろしくな」
「あぁ! よろしくたのむ!」
パッと振り返ると、今度は中野林を見つめた。
「あ……あほ丸?」
「おう!」
「あほ丸!」
「そうだ!」
「あほまるぅ〜〜〜」
「あはは! いいぞ中野林!」
笑いあっていると昼休み終了のチャイムが響き渡り、教室へと駆け出す三人であった。




