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あほ丸!  作者: 鈴竹飛鳥
12/17

あほ丸の嘘

「おはようございまーす」

 中野林は始業の30分前に教室へ到着した。クラスでは早い方で、一番早く到着することも多いのだが、今日は先に席についている生徒がいた。


 窓際の最前列から声があがる。

「おはようございます」


 その声に反応して、中野林は顔を向ける。あほ丸が自分の席からこちらへ上半身を向けていて、目があった。

「あほ丸! おはよう!」

 中野林はパァッと笑顔を咲かせて応えた。歩み寄ろうと半歩出たところで、ガタッとあほ丸が席を立ったので立ち止まった。中野林の席の前まであほ丸はやってきて言った。


「中野林……拙者、お主に詫びねばならぬことがある……」

 神妙な面持ちで続けた。

「拙者、お主に、嘘をついた。誠に申し訳ない!」

 あほ丸は腰を90度に曲げ、頭を下げて停止した。いきなりの事態に中野林は慌てた。

「えっ!? いやいや、そんなかしこまらなくても……と、とりあえず顔を上げて?」

「すまなかった……」

「わかったから、いったん顔を上げて? お願いだから」

 そう言われて、あほ丸は上体を起こして申し訳なさそうに中野林を見つめた。

「あのさ、事情を説明してもらえる、かな」

 あぁ、とあほ丸は口を開こうとしたが一度やめて、言った。

「立ち話もなんだ。まぁ、掛けてくれ」

「うん」

 中野林は自分の席に座ると、立ったままのあほ丸を見上げた。

「お主が言っていた──」

「ちょっとまって! 僕だけ座ってあほ丸が立ってるのおかしくない? あほ丸も座りなよ」

 あほ丸はポカンとした表情を一瞬浮かべてから、

「いや、拙者は詫びる立場であるし、最後に土下座するからこのままの方が──」

「いや! 土下座しなくていいから! ていうかしないで! お願いだから!」

 あほ丸は眉をへの字にすると、自席から椅子を運んできて中野林の脇に置き、着席した。

「お主が言っていた、入学式の日にカツアゲからお主を助けた者だが、拙者ではないと嘘をついた。あれは拙者だ。お主のこともしっかり覚えておった」

「そ、そうだよね!? ……どうして人違いだとか、僕のこと、知らないふりしたの?」

 あほ丸は困ったような表情で、

「お主が変に気を遣うと悪いと思ってな。実は、昨日の放課後にカツアゲ野郎から呼び出しを受けていた。また喧嘩になるやも知れぬと思って、お主が気に病むと悪いと思ったのだ。正直、同じクラスであることを知ってまずいと思っていた。きっと恩を返そうと接触してくると思ったので、しらを切ることにしたのだ。だが、この件は昨日やっと落ち着いたのでな。嘘をつく必要もなくなった」

「そうだったんだね……僕の為に……ごめんね」

「いやいや、お主は何も悪くない!」

「でもさ、あほ丸が僕を助けなければ、その、髪の毛も、切られずに済んだでしょ? ……僕のせいで、出席停止にもなっちゃうし、僕と会わなければ──」

「それは違うぞ中野林!」

 あほ丸は声を張って続けた。

「困っている人がいれば助けるのが人の道理! 拙者は胸を張って、正しい行いをしたと言える。お主を助けたことを少しも後悔していない! 逆にあそこで見て見ぬふりをしたなら、拙者は後悔したであろう。髷も停学も、お主のせいではない。たしかに失ったものはあるが、それは拙者の責任、行動を起こせばそれなりの危険をはらむことは必至、覚悟の上。それに──」

 あほ丸は、これまでにないほど優しい笑顔を浮かべて中野林を見つめながら、

「素晴らしき友を得た。この上もなき幸せだ」

 力強くそう言った。

「あほ丸……」

 中野林は、いつも険しい顔をしているあほ丸が、こんなに優しい表情になることに驚きつつ、少しも自分のことを恨んでいない、真っ直ぐな瞳に感動していた。

「お主の親切を、突き放す様なことも言って、済まなかった……拙者は嬉しかったのだ……だから、その……もしも、まだ、可能であればなのだが……」

 あほ丸は、もじもじと身体を揺らしながら、恥ずかしそうに両手を合わせて、

「拙者に勉強を教えてくれぬだろうか」

 そう言いながら頭を下げた。

「もちろんだよ! 僕たち、友達になったんだからさ。僕からも、しっかり言わせて?」

 中野林は、あほ丸の身体を抱え起こして、あほ丸の顔を覗き込むようにして言った。

「僕を助けてくれて、本当にありがとう!」

「あぁ……どう、いたしまして」

 二人はほほ笑みあい、頷き合った。


「ねぇあほ丸。今日の昼、一緒に食べようよ。久保も一緒に」

「おぉ、それだ。拙者、今日は弁当を忘れなかったぞ。お主達にも借りを返さねばと思ってな、甘味を作ってきたのだ」

「甘いもの? なんだろ。楽しみだなぁ。でもそんなに気をつかわなくてもよかったのに」

 中野林は嬉しそうに言った。


 教室に人も増えてきて、始業が近づいてきたので、あほ丸は立ち上がった。

「そろそろ自分の机に戻ろう。久保は……まだ来ていないのだな? もしかして休みか?」

 あほ丸は後方の久保の席を見やってそう言った。

「あぁ、久保は毎日始業のチャイムと一緒に教室に入ってくるから、もうすぐ──」


キーンコーンカーンコーン


 中野林が言い終わる前に、チャイムがなり始め、教室のドアの方を二人で振り返る。


「っぶねーーー! セーフ」

 スライディングするように、久保が教室に突入してきた。

「久保こら〜廊下を走るんじゃなーい」

 神田先生がゆっくりと教室のドアをくぐりながら、クラス全体に聞こえるようにそう言った。

「あちゃー見られてたかぁ〜すいませぇん!」

 久保は苦笑いしながら応えた。教室中に笑いが起こった。


「ねっ!」

 中野林があほ丸に目配せしてそう言った。

「さすがだな」

 あほ丸はにやりとしながら返事する。


「ほら〜席に着け〜〜〜出席とるぞー」

 神田先生の声に、あほ丸は慌てて戻っていった。


「うふふ、お昼が楽しみだなぁ」

 中野林は心の中でそう考えながらにっこりした。

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