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あほ丸!  作者: 鈴竹飛鳥
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果たし合い

「お前! 一人で来いって言ったのに、なに先公4人も連れてきてんだよ!」


 本郷俊は、あほ丸を先頭に登場した5人組にそう吐き捨てると、あほ丸に背を向けて走り出そうとした。


「待て。逃げるな」


 あほ丸は落ち着いた調子だが、本郷の声の数倍の音量で刺すように発した。本郷はピタリと静止する。

「立会人を神田先生に頼もうとしたところ、オマケがついてきてしまった。しかし、そんなこと、どうでもよかろう。拙者は果たし合いにきたのだ」

「果たし合い?」

 本郷が唾をゴクリと飲み込んで、恐る恐る振り返る──と、神田先生に羽交締めされたあほ丸がジタバタもがきながら「はなせはなせ!」と喚いていた。


「喧嘩はダメだと何度言わせるんだ! あほう!」

「喧嘩ではない! 果たし合いだ! 敵討ちでござる!」

「それは喧嘩というんだ、あほう!」

「ちーがーうー! 拙者の大切なもの、武士の魂とも言える髷を! 切り落とされて黙っていられたならば、それは武士とは言えぬ!」

「お前は武士じゃない! 学生だろうが、あほう!」

「武士だ! 誰がなんと言おうが拙者は武士だ! 侍だ! その決意の表明であり誇りの象徴である髷を……」

「あぁ〜ダメだ私一人では抑えきれない! 剛力先生助けてくださーい!」

 暴れるあほ丸を、生活指導の剛力先生が逞しい両腕でホールドした。

「暴力に訴えるのが誠の侍か?」

 剛力先生のその言葉に、あほ丸は暴れるのをピタリとやめて黙り込んだ。

「話し合いで解決しなさい。私たちはその為についてきたのですよ、阿方清丸くん」

 教頭先生が、優しい声色でそう言った。

「本郷俊くん、きみも、同じだよ。話し合いで解決しなさい」

 フルネームを呼ばれて、本郷はビクッと反応すると「チッ」と舌打ちしてそっぽを向いた。

「剛力先生。拙者、話し合いで解決できるよう、努力はしてみるつもりだ。だが、抑えが効かなくなるやもしれぬ。そのときは、どうか、頼みまする……」

 剛力先生は「わかった」と頷くと、あほ丸を解放した。


 あほ丸は本郷へ向かって、

「ここに来て、座れ」

 そう言って地面の上に正座した。


(コイツ……地べたに正座って、マジかよ……)


 本郷は少し迷ったが、あほ丸の鋭く真っ直ぐな視線にたじろいで、あほ丸の前に正座した。


 体育館裏の地面に、正座で向かい合う学ラン男子生徒が二人。そのうちの一人の背後に、がたいの良い剛力先生、そのすぐ後ろに、神田先生。少し離れて、教頭先生と学年主任の図。


「なにこの状況……」

 物陰から様子を伺っていた中野林は、異様な状況に困惑していた。久保は必死に笑いをこらえている。


 おもむろに、あほ丸は懐に手を入れたので、本郷はビクッとなったが、取り出されたのは一枚の紫色の手拭いだった。二人の膝の間にそれは広げられ、中から白く細い紙で束ねられた黒色の房が出てきた。


「コレが何かわかるか」


 あほ丸の声は、怒りを抑えるかのように震えていた。本郷は、まずそんなあほ丸を見て、次にその背後にいる4人の教員を見て、それから目の前の房に視線を落とし、冷や汗をかきながら答えた。


「オレが切り落とした、お前のちょんまげ……です」


 あほ丸は頷くと、

「お主は知らぬだろうから説明する。いいか。よく聞け。武士が髷を切るというのは、重大な意味をもつ。髷は武士の象徴、誇りだ。それを切るというのは、引退の時か、懺悔の行為だ。他人の髷を切るなど言語道断! それを、貴様はやった。拙者は貴様に恥ずかしめられたわけだ。この屈辱……拙者は謹慎中、本気で腹を切るべきかと思い悩んだ。わかるか、わからないだろう、拙者にとってはそれほどの苦しみだ」

 あほ丸の語り口があまりにも真剣で、痛切に訴えるものだったので、本郷は唖然として何も言えなかった。

(コイツ、マジなんだな……本気で侍なんだ……ふざけてるわけでも、ウケを狙ってるわけでもねぇ……真剣なんだ……)


「しかもっ! よりによって! あんな……あんっなおぞましいものでっ……切り落とすなんてっ!」

 あほ丸は地面をガンガン手で叩きながら悔しそうにそう叫ぶと、ギロリと視線を本郷へ向けた。

「言ってみろ。貴様、拙者に何をしたか」


 本郷はゴクリと唾を飲み込んでから、ゆっくりと答えた。

「仲間二人に、お前を押さえ付けさせて、ちょんまげを切り落としました……」

「なにで!?」

「あの、あれ、用務員室からパクってきた、芝刈る用の、デカいハサミで……」

「ぐっふぅうあぁああ!」

 あほ丸は絶叫しながら髪をかきむしり、仰け反り悶えながらも耐えていた。剛力先生が身構えたが、あほ丸は持ち堪えた。

 しかし、物陰に身を潜めながら様子を伺いつつ、笑いを懸命に耐えていた久保はついに耐えかねて、中野林を残して走り去っていった。久保の笑い声が遠く小さくなっていくのを聴きながら、中野林は心配そうに続きを見守っている。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 這いつくばり、怒りを堪えたあほ丸は、歯を食いしばりながら顔を上げた。食いしばりすぎて歯茎から血が口外へ流れ出ていた。


(怖い! マジでコイツに殺される!)


 本郷の脳裏に、2週間前、笑いながらあほ丸の髷を切り落とした時の記憶がフラッシュバックした。地に落ちた髷を見て、あほ丸は凍りついた。「ほうら、スッキリしたなぁ?」本郷はそう言いながら、落ちた髷をつまみあげて、あほ丸の目の前でプラプラと揺らして見せた。その瞬間にプッツンキレたあほ丸は、全力で殴りかかってきて、その後何が起きたのか記憶がない。気がついたら病室に寝かされていたのだった。


「わかったか……拙者の無念が。嘆きが。悲しみが」

「わ、わかりました……」

「知ったな? 髷がどれだけ崇高で重大なものか」

「……はい」

 あほ丸はじっと本郷を見つめた。本郷は自然と両手を地について、深々と頭を下げた。


「誠に……申し訳ございませんでした……」


 本郷はそのままの体勢でじっと待った。しばらくして、あほ丸はふぅーーーっと長いため息をつくと、

「わかった。おもてをあげろ」

 そう声をかけた。顔を上げた本郷の目に映ったあほ丸の表情は、落ち着きを取り戻していた。


「見事な礼であった。その美しい所作に免じて、この件は収めようと思う」

 あほ丸は、目前の髷を手拭いにそっと包み直して懐にしまうと立ち上がり、先生達の方へ歩み寄って、

「お騒がせしてかたじけない」

 そう言って深々と礼をすると、立ち去ろうとした。

「ちょっと待て阿方! どこいくんだ?」

 神田先生があほ丸の後を追う。

「帰ります」

「あー、阿方? あの、謹慎中に切腹も考えたって、ホントに?」

「拙者、嘘は申さぬ」

「それほどまでに思い詰めていたなんて……先生気づけなくて、ごめんな。生きててくれて、ありがとな……ホントに……ありがとうな」

「なんで泣いておられるのですか」

「だって、教え子が割腹自殺しただなんてことになったら……先生もう……先生続けられなくなってたと思う」

「はぁ」

「ありがとうな。阿方。あの、その……髪は、きっとまた伸びるさ。そうだ! お前の髪が伸びるまでに男子の髪型の校則を改正しよう! お前の言う通り、女子は束ねれば良いのに、男子は駄目ってのは、男女差別だよな? 先生頑張るからな! だから、お前は頑張って髪を伸ばせよ」

「おぉ! それは願ったり叶ったり! 心得た、早く髷が結えるよう、手入れを欠かさぬようにしよう」


 本郷は、遠ざかっていくあほ丸と神田先生を正座したまま眺めていた。そっと教頭先生が本郷の傍にしゃがみこんで語りかける。

「しっかりあやまることができて立派だったよ、本郷俊君。きみも、神田先生の言う通り、髪型は自由であるべきだと思うかい?」

 本郷は驚いた表情で教頭先生を見つめると、

「別に。オレのコレ(赤く色の入った後ろ髪をさわりながら)は、アイツみたいに誇りでも象徴でもない。オレは、アイツみたいに真剣じゃない。コレは校則を破る為の手段の一つでしかない。認められるようになったら、してる意味がなくなる。アイツとはまったく別物、さ」

 そう言って立ち上がり、膝についた土を払い落とした。

「なるほどねぇ。きみを見ていると、昔の自分を見ているようだよ」

「教頭先生が? 冗談だろ」

「どうだろうねぇ」

 本郷は何か言おうとしたが、思いとどまってやめて、代わりに言った。

「オレも帰ります。なんか、その、すみませんでした」

 ペコリと頭を下げると、教頭先生に背を向けて歩き出した。

「気をつけてね! さようなら」

 教頭先生は本郷の背中にそう声をかけると、後ろの剛力先生と学年主任を振り返って、共に職員室へと引き上げていった。


「結局どうなったの?」

 全て終わった直後に久保が戻ってきて、中野林に声をかけた。

「話し合いで解決したよ。さぁ、僕たちも帰ろう」

 中野林は事の顛末を久保に説明しながら帰った。

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