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EP 9

物理学と除霊の完全融合

『マァッッッスルゥゥゥ!!』

地下室に轟く野太い雄叫びと共に、マッスル怨霊が丸太のような剛腕を振り下ろしてきた。

その風圧だけで、周囲の空気が爆発したように弾ける。直撃すれば、人間などトマトのように潰れるだろう。

だが、俺は焦らない。

「ただの壁のシミだった頃より、物理的な『質量』と『ベクトル』を持った分、むしろ対処は容易だ」

俺は180cmに展開した特注伸縮棍『掃討』を両手で軽く握り、無双流――『太極拳・化勁かけい』の歩法で滑るように半歩下がる。

大理石の床を叩き割るマッスル怨霊の剛腕。その圧倒的な破壊力の軌道に棍を添え、最小限の力で『力線』を逸らす。

ズガァァァァンッ!!

軌道を狂わされたマッスルパンチは俺の横を通り抜け、背後の壁を大きく抉り取った。

『ヌゥゥ……!?』

「霊体とはいえ、見事な筋肉(タンパク質)だ。だが、現場で力任せに暴れるだけの素人アルバイトの動きだな」

体勢を崩した怨霊の膝裏に、俺は無双流のローキックを冷徹に叩き込んだ。

ドスッ! と鈍い音が響き、巨体が大きくグラつく。

しかし、相手は過剰なヒールによってパンプアップした霊体だ。殴ったところで痛覚はなく、すぐに態勢を立て直してくる。

「尊しゃちょうーっ! 持ってきましたぁぁ!」

ペチッ! ペチペチッ! ズサァーッ!

階段を転がるように降りてきたリリスが、健康サンダルを盛大に滑らせながら、社用車から引っ張ってきた漆黒の高圧ホースを差し出した。

紫の芋ジャージはホコリだらけだ。

「よし、よくやった」

俺は素早くホースを受け取ると、『掃討』の先端にあるアタッチメント部分にカチリと接続した。

これにより、180cmの長棍の先端から、超高圧の水流を噴射できる形態となる。

「リリス。エンジン出力を最大に。洗剤タンクの弁を『ブラスト(研磨)モード』に切り替えろ」

「は、はいぃっ! 研磨モード、オープンですぅ!」

リリスが手元のリモコンを操作した瞬間、ホースが生き物のようにビクンと跳ねた。

「ウォーターキャノン・ブラスト仕様。高水圧の中に、研磨剤として細かい『塩』と『珪砂けいしゃ』をブレンドしてある。清掃業界において、頑固なサビやこびりついた塗料を剥がすための基本技術だ」

『マッスルーーーッ!!』

俺の言葉を遮るように、マッスル怨霊が怒り狂い、両腕を広げてベアハッグ(鯖折り)の体勢で突っ込んできた。捕まれば背骨ごとへし折られる。

「霊素(呪い)がこびりついた汚れなら、物理的に『削り落とす』までだ」

俺は『掃討』を構え、無双流・中国棍術の絶技に移行した。

棍を身体の周囲で竜巻のように旋回させる。

「ファインマン物理学が証明する、角運動量の保存と遠心力によるエネルギー増幅……!」

ブォォォォォンッ!!

旋回する棍の先端から、塩と砂を混じえた超高圧水流が噴射される。

遠心力によって極限まで加速されたウォータージェットは、もはやただの水ではない。あらゆる物質を切断・研磨する『巨大な水圧のチェーンソー』と化していた。

「無双流・水刃円舞すいじんえんぶ――除霊ブラスト加工」

迫り来るマッスル怨霊の巨体に、超高速で旋回する高圧の刃が直撃した。

『ンンンンッ!? マッ、ス、ルゥゥゥゥ……ッ!?』

研磨剤(塩)を含んだ水圧の刃が、怨霊の自慢の大胸筋を、上腕二頭筋を、シックスパックを、まるで高圧洗浄機で壁の泥を吹き飛ばすように、ゴリゴリと削り落としていく。

霊体である怨霊にとって、塩の研磨剤は劇毒も同然。

さらに、無双流の凄まじい連撃(回転)により、反撃の隙すら与えない。

「消えろ。俺たちの現場(世界)を汚すな」

俺が最後の一撃を振り抜いた瞬間。

『ナイス……バルク……ッ!!』

マッスル怨霊はボディビルダーへの賞賛のような断末魔を残し、白い水飛沫と共に完全に消滅した。

あとに残ったのは、綺麗に水洗いされた大理石の床と、怨念の黒ズミが一切なくなった純白の漆喰壁だけだった。

「ふぅ……」

俺はウォーターキャノンの噴射を止め、『掃討』をショート形態に縮めて腰袋に収めた。

濡れた床をブーツで軽く踏みしめ、汚れの残留がないことを確認する。

「除霊(ブラスト加工)、完了だ」

「うわぁぁぁぁっ! 尊しゃちょう、すごいですぅ!!」

壁の隅で震えていたリリスが、初心者マークをキラキラと輝かせながら飛びついてきた。

紫の芋ジャージが濡れるのも構わず、俺の作業着の袖を引いてぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「あのマッチョなお化けが、一瞬で溶けちゃいました! これがヤマト・サニタリーの技術……! 私のヒールよりずっとすごいです!」

「……お前のポンコツヒールのせいで余計な手間が増えただけだがな。まあいい、現場は無事に完了した。あとは施主から金をふんだくるだけだ」

気絶している成金貴族の男を見下ろしながら、俺はセブンスターを取り出して火を点けた。

厄介な汚れ(怨霊)を削り落としたあとの紫煙は、いつもより少しだけ美味く感じた。

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