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EP 8

ポンコツ女神の奇跡バグ

「おお……おおおっ! まさかその薄汚れた紫の服の小娘が、本物の女神様だったとは……!」

地下室に満ちていた陰鬱な冷気が、リリスの放つ神々しい黄金の光によって次々と払われていく。

成金貴族の男が、奇跡を目の当たりにして感動の涙を流し、その場に崩れ落ちた。

「えへへ、すごいでしょ! これが私の本当の力ですぅ!」

リリスは得意げに胸を張り、両手から溢れる光を壁の『シミ(怨霊)』へと向けた。

初心者マークがプロジェクターのように眩い光線を放ち、暗い地下室を昼間のように照らし出す。

「いきますよぉ! 迷える魂よ、その長き苦しみから解放されなさい! 健やかに、元気いっぱいに、あらゆる疲労と不調を吹き飛ばして、ハツラツとした姿を取り戻すのです! 女神の奇跡――『超健康回復ハイパー・ヒール』!!」

眩い閃光が、赤黒いシミを直撃した。

『ゥゥゥゥォォォ……!?』

怨霊が光に包まれ、苦悶の声を上げる。

よし、見事に浄化(消滅)していくな――と、俺も貴族の男も、そしてリリス本人もそう確信した。

……だが。

『ォォォ……ォォォォォ……マッスルゥゥゥゥッ!!』

「……は?」

「ふぇ?」

壁のシミから響く声が、地を這うような怨嗟のうめきから、腹の底から響き渡るような重低音の野太い雄叫びへと変化した。

光が収まった後、そこに現れたのは、浄化されて消え去るはずの怨霊ではなかった。

『フンッ!!』

壁の平面にへばりついていた赤黒いシミが、メリメリと音を立てて3D(立体)へと隆起していく。

ヒョロヒョロだった怨念の輪郭は、はち切れんばかりの大胸筋へと変貌し、丸太のような上腕二頭筋が浮かび上がり、見事なシックスパックが形成された。

赤黒かった色は、健康的なブロンズ色のテカテカとしたツヤを帯びている。

「な、なんだあれは……!?」

貴族の男が泡を吹いて気絶した。

「ふぇぇぇ!? 怨霊さんが、なんか……すごくムキムキになっちゃいましたぁ!?」

壁から完全に剥がれ落ち、実体化した『マッスル怨霊』が、俺たちの目の前で完璧なサイドチェスト(ボディビルのポーズ)を決めた。

異常なまでのパンプアップ。地下室の空気が、怨念ではなく『圧倒的な物理的圧プレッシャー』によって軋んでいる。

俺は携帯灰皿にタバコを捨て、無表情のままリリスを見下ろした。

「リリス。現場監督として一つ聞いておきたいんだが」

「は、はいぃっ!?」

「カビやバクテリアに、過剰な栄養ヒールを与えるとどうなるか知っているか?」

「えっ……と、元気に育つ、ですか?」

「正解だ。お前は今、霊障という名のカビに最高のプロテインを与え、最強のバケモノに培養しやがったんだ」

「うわああぁぁん! 浄化しようとしたのに、健康になりすぎちゃいましたぁぁっ!」

リリスがペチペチと健康サンダルを鳴らしながら、俺の背後にすっ飛んで隠れた。

紫の芋ジャージの袖を力いっぱい引っ張ってくる。

「ど、どうしましょう尊しゃちょう! あの怨霊さん、すごい筋肉でこっちを見てますぅ! 確実に物理で殴ってくる気満々ですぅ!」

「……お前、あとで始末書インシデント・レポートな。減給対象だ」

俺の目がマジになるのを見て、リリスが「ひぎぃっ!」と悲鳴を上げた。

『フンスッ!!』

マッスル怨霊がマッスルポーズを解き、丸太のような腕を振り上げてこちらに突進してくる。

その踏み込みだけで、地下室の大理石の床が粉々にひび割れた。霊体のくせに、完全に物理法則(質量)を持っていやがる。

「ヒッ……! く、来るぅっ!」

リリスが頭を抱えてしゃがみ込む。

だが、俺は焦らない。

現場における部下のミス(労働災害)をカバーし、最終的にケツを持つのが上司の役目だ。

それに、壁にこびりついていた時よりも、立体化して自ら剥がれ落ちてくれた方が、清掃作業としては遥かに『楽』だった。

「……ちょうどいい。ガンコなシミが浮き上がったなら、あとは擦り落とすだけだ」

俺は腰袋から漆黒の筒――特注の伸縮棍『掃討』を抜き放った。

親指でスイッチを弾き、カチャリと第3形態(180cm)まで一気に展開させる。

「リリス! 社用車から『ウォーターキャノン』のホースを引いてこい! 除霊(ブラスト加工)を始めるぞ!」

「あうぅぅ! はいぃぃっ! すぐ持ってきますぅ!」

泣きべそをかきながら階段を駆け上がっていく芋ジャージの女神を見送り、俺は無双流の構えを取った。

「さて。健康になったところ悪いが――消毒させてもらうぞ」

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