EP 7
貴族の館の「落ちない呪い(シミ)」
冒険者ギルドの清掃(スライム討伐)から数日後。
『ヤマト・サニタリー』の悪名は……いや、鮮烈な実績は、ルナミス帝国の裏社会から表の貴族社会にまで、瞬く間に知れ渡っていた。
「尊しゃちょう、次の現場はどんなところなんですかぁ?」
助手席で、タローソンで買った『ソーリーフ(ソース味の葉)風味のからあげ』を串で刺して頬張りながら、リリスが尋ねてきた。紫の芋ジャージには、すでにからあげの油のシミが少し飛んでいる。
「ギルドマスターからの斡旋だ。帝都の外れに住む成金貴族から、『屋敷の壁にこびりついた落ちないシミを消してくれ』という依頼が来た」
「シミ抜きですか! スライムに比べたら平和なお仕事ですぅ!」
からあげをモグモグと咀嚼し、リリスは嬉しそうに初心者マークを揺らした。
「だといいがな。報酬は金貨100枚。普通のシミ抜きに払う金額じゃない」
社用車(動く要塞)を走らせること数十分。
見えてきたのは、趣味の悪い金と大理石で装飾された、巨大な洋館だった。
* * *
「お前らが、あのギルドの変異種を3分で片付けたという清掃業者か」
出迎えたのは、丸々と太った成金貴族の男だった。高価なシルクの服を着ているが、その顔はひどく青ざめ、目の下には濃いクマができている。
「ヤマト・サニタリーだ。それで、落ちない汚れというのは?」
「こっちだ。ついてこい……」
男に案内されて屋敷の奥、地下室へと続く薄暗い廊下へと足を踏み入れた途端、空気が急激に冷たくなった。
夏の終わりのような陽気だというのに、吐く息が白くなるほどの異常な冷気だ。
ペチッ、ペチペチッ……!
「ひぃぃっ……さ、寒いですぅ……それに、なんだか嫌な気配が……」
リリスが健康サンダルの音を不規則に鳴らしながら、俺の作業着の背中に隠れる。女神の直感というやつか、初心者マークが警告ランプのように小刻みに震えていた。
「ここだ……」
貴族の男が震える指で示したのは、廊下の突き当たりにある白い漆喰の壁だった。
そこには、まるで人間が壁に張り付いたまま墨汁をぶちまけられたような、等身大の赤黒い『シミ』が、べったりとこびりついていた。
『ゥゥゥゥ……オノレェェェ……』
壁のシミから、地を這うような怨嗟の声が響く。
ただの汚れではない。シミそのものがモゾモゾと蠢き、壁の中から抜け出そうともがいているように見えた。
「ひぎゃああぁぁぁっ!! で、出たぁぁっ! 呪いですぅ! お化けですぅ!!」
リリスが半狂乱になって俺の腰に抱きついてきた。
「一ヶ月前、この屋敷を買い取ってから急に浮き出てきやがったんだ。高名な神官を呼んで浄化魔法をかけさせても、一向に消えねぇ。夜な夜なうめき声が聞こえて、ノイローゼになりそうだ……! 頼む、これを消してくれ!」
貴族の男が頭を抱えてしゃがみ込む。
俺は懐からセブンスターを取り出し、マッチを擦って火を点けた。
紫煙を細く吐き出しながら、壁の『シミ』を冷静に観察する。
「……なるほどな」
「尊しゃちょう! 帰りましょう! これは清掃業者の管轄外ですぅ!」
「馬鹿を言え。プロを名乗るなら、どんな汚れからも逃げるな」
俺はリリスを引き剥がし、壁のシミに近づいた。
「強力な霊障による、タンパク質と霊素の変性こびりつき汚れ……といったところか。長年の怨念が物理的な色素として定着している。確かに、素人の表面的な浄化(拭き掃除)じゃあ、奥の黒カビ(怨念)までは落ちないだろうな」
「分析してる場合じゃないですぅ! 怨霊ですよ!」
「成分が分かれば対処できる。霊素汚れには、強力な『漂白剤』と『物理的研磨』が必要だな」
俺は社用車から特殊機材を取ってくるため、きびすを返そうとした。
しかしその時、リリスが急にハッとした顔をして、パンッと手を合わせた。
「あっ! そういえば私、女神でした!」
「……いま思い出したのか」
「霊障やアンデッドなら、私の神聖魔法で浄化できるはずですぅ! ここは女神である私の出番です!」
紫の芋ジャージの袖をまくり上げ、リリスは胸を張った。
自信満々に壁のシミの前に立ち、両手を胸の前で組む。
「借金返済のボーナス査定、期待してますよ! いきますぅ! 女神の力、見せてあげます!」
リリスの頭上の初心者マークが、かつてなく神々しい黄金の光を放ち始めた。
俺はタバコをくわえ直しながら、その様子を静かに見守ることにした。
嫌な予感しかしないが、まあ、一度くらい手本を見せてみるのも教育の一環だろう。




