表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

EP 7

貴族の館の「落ちない呪い(シミ)」

冒険者ギルドの清掃(スライム討伐)から数日後。

『ヤマト・サニタリー』の悪名は……いや、鮮烈な実績は、ルナミス帝国の裏社会から表の貴族社会にまで、瞬く間に知れ渡っていた。

「尊しゃちょう、次の現場はどんなところなんですかぁ?」

助手席で、タローソンで買った『ソーリーフ(ソース味の葉)風味のからあげ』を串で刺して頬張りながら、リリスが尋ねてきた。紫の芋ジャージには、すでにからあげの油のシミが少し飛んでいる。

「ギルドマスターからの斡旋だ。帝都の外れに住む成金貴族から、『屋敷の壁にこびりついた落ちないシミを消してくれ』という依頼が来た」

「シミ抜きですか! スライムに比べたら平和なお仕事ですぅ!」

からあげをモグモグと咀嚼し、リリスは嬉しそうに初心者マークを揺らした。

「だといいがな。報酬は金貨100枚。普通のシミ抜きに払う金額じゃない」

社用車(動く要塞)を走らせること数十分。

見えてきたのは、趣味の悪い金と大理石で装飾された、巨大な洋館だった。

 * * *

「お前らが、あのギルドの変異種を3分で片付けたという清掃業者か」

出迎えたのは、丸々と太った成金貴族の男だった。高価なシルクの服を着ているが、その顔はひどく青ざめ、目の下には濃いクマができている。

「ヤマト・サニタリーだ。それで、落ちない汚れというのは?」

「こっちだ。ついてこい……」

男に案内されて屋敷の奥、地下室へと続く薄暗い廊下へと足を踏み入れた途端、空気が急激に冷たくなった。

夏の終わりのような陽気だというのに、吐く息が白くなるほどの異常な冷気だ。

ペチッ、ペチペチッ……!

「ひぃぃっ……さ、寒いですぅ……それに、なんだか嫌な気配が……」

リリスが健康サンダルの音を不規則に鳴らしながら、俺の作業着の背中に隠れる。女神の直感というやつか、初心者マークが警告ランプのように小刻みに震えていた。

「ここだ……」

貴族の男が震える指で示したのは、廊下の突き当たりにある白い漆喰の壁だった。

そこには、まるで人間が壁に張り付いたまま墨汁をぶちまけられたような、等身大の赤黒い『シミ』が、べったりとこびりついていた。

『ゥゥゥゥ……オノレェェェ……』

壁のシミから、地を這うような怨嗟の声が響く。

ただの汚れではない。シミそのものがモゾモゾと蠢き、壁の中から抜け出そうともがいているように見えた。

「ひぎゃああぁぁぁっ!! で、出たぁぁっ! 呪いですぅ! お化けですぅ!!」

リリスが半狂乱になって俺の腰に抱きついてきた。

「一ヶ月前、この屋敷を買い取ってから急に浮き出てきやがったんだ。高名な神官を呼んで浄化魔法をかけさせても、一向に消えねぇ。夜な夜なうめき声が聞こえて、ノイローゼになりそうだ……! 頼む、これを消してくれ!」

貴族の男が頭を抱えてしゃがみ込む。

俺は懐からセブンスターを取り出し、マッチを擦って火を点けた。

紫煙を細く吐き出しながら、壁の『シミ』を冷静に観察する。

「……なるほどな」

「尊しゃちょう! 帰りましょう! これは清掃業者の管轄外ですぅ!」

「馬鹿を言え。プロを名乗るなら、どんな汚れからも逃げるな」

俺はリリスを引き剥がし、壁のシミに近づいた。

「強力な霊障による、タンパク質と霊素の変性こびりつき汚れ……といったところか。長年の怨念が物理的な色素として定着している。確かに、素人の表面的な浄化(拭き掃除)じゃあ、奥の黒カビ(怨念)までは落ちないだろうな」

「分析してる場合じゃないですぅ! 怨霊ですよ!」

「成分が分かれば対処できる。霊素汚れには、強力な『漂白剤』と『物理的研磨』が必要だな」

俺は社用車から特殊機材を取ってくるため、きびすを返そうとした。

しかしその時、リリスが急にハッとした顔をして、パンッと手を合わせた。

「あっ! そういえば私、女神でした!」

「……いま思い出したのか」

「霊障やアンデッドなら、私の神聖魔法ヒールで浄化できるはずですぅ! ここは女神である私の出番です!」

紫の芋ジャージの袖をまくり上げ、リリスは胸を張った。

自信満々に壁のシミの前に立ち、両手を胸の前で組む。

「借金返済のボーナス査定、期待してますよ! いきますぅ! 女神の力、見せてあげます!」

リリスの頭上の初心者マークが、かつてなく神々しい黄金の光を放ち始めた。

俺はタバコをくわえ直しながら、その様子を静かに見守ることにした。

嫌な予感しかしないが、まあ、一度くらい手本を見せてみるのも教育の一環だろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ