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EP 6

初めてのお給料(全額返済)

「……おい。誰だ、泥靴のまま入ろうとしてる馬鹿は」

「外で洗ってこい! 床に足跡がつくだろうが!」

「す、すんませんっ!」

冒険者ギルドの1階ホールは、先ほどまでの血と泥とカビの臭いが嘘のような、異様な空気に包まれていた。

磨き上げられた木の床はワックスで艶ややかに光り、曇っていた窓ガラスは日の光を燦々と取り込んでいる。あまりの清潔さに、荒くれ者の冒険者たちが「汚してはいけない」と、ホールの隅で縮こまっている始末だ。

「……恐れ入ったぜ。まさか、ギルドを建て直した時より綺麗になるとはな」

隻眼のギルドマスターが、カウンター越しにずっしりと重い麻袋を差し出してきた。

チャリン、と硬質な音が鳴る。

「約束通り、清掃代は相場の倍だ。それから、スライムの討伐報酬と魔石の買取分も上乗せしてある。受け取りな」

「確認する」

俺は麻袋を開け、中の金貨と銀貨を素早く計算した。

寸分違わぬ満額決済。タロウ・ペイのデータ送金もいいが、現金の重みというのも現場仕事の達成感を実感できて悪くない。

「領収書だ。また汚れ(魔獣)が溜まったら呼んでくれ。定期清掃の割引プランもあるぞ」

サラリと営業をかけ、俺はギルドを後にした。

 * * *

「あうぅぅ……疲れましたぁ……」

ギルド裏の駐車場。

社用車(動く要塞)の助手席で、リリスが紫色の芋ジャージをだらしなく着崩し、ぐったりとシートに沈み込んでいた。足元には脱ぎ捨てられた健康サンダルが転がっている。

スライム戦のあと、ギルドホールを磨き上げるために俺のサポート(主にバケツリレーと雑巾がけ)をさせられた女神は、すっかり疲労困憊の様子だ。頭上の初心者マークも、バッテリー切れのように明滅している。

俺は運転席に乗り込むと、麻袋の中から『銀貨5枚(約5000円相当)』を取り出し、リリスの膝の上にポンと置いた。

「へっ?」

「日当だ。清掃スタッフとしての、初めての給料だな」

「きゅ、給料……?」

リリスの瞳に、徐々に光が戻っていく。

彼女は銀貨を両手で包み込むように持ち上げると、顔を輝かせて震え始めた。

「ほ、本当ですかぁ!? わぁぁっ、私、働いてお金をもらいました! 女神から立派な労働者にクラスチェンジですぅ! これでタローマートでアイス買えます! 醤油草のお煎餅もまとめ買いできますぅ!」

キャッキャとはしゃぐリリス。

俺はその笑顔を数秒だけ静かに見つめ、そして――。

「よし、確認したな。じゃあ今月のローン返済分として回収する」

スッ、と。

彼女の手から銀貨5枚をすべて抜き取った。

「…………ふぇ?」

リリスの時間が止まった。

空っぽになった両手を見つめ、俺の顔を見上げ、そしてポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。

「うわああぁぁん! 鬼ぃ! 悪魔ぁ! 社長の血はスライムのヘドロでできてるんですかぁ!? ぬか喜びさせてから奪うなんて、天罰が下りますぅぅ!」

「馬鹿を言え。天罰を下す側のお前が俺に借金してるんだろうが。言ったはずだぞ、10億円の35年ローンだと。手取りから天引きされるのは労働者の義務だ」

「あんまりですぅ! ブラック企業ですぅ! 私のバニラアイスがぁぁ!」

助手席でバタバタと暴れるポンコツ女神。

俺は小さく息を吐き、後部座席から一つの『レジ袋』を取り出して、彼女の顔面に押し付けた。

「ひぐっ……?」

それは、さっきギルドに向かう途中で立ち寄った『タローソン(コンビニ)』のロゴが入った袋だった。

リリスが涙目で袋の中を覗き込む。

「これ……?」

「福利厚生だ。肉体労働のあとは糖分が必要だろう」

袋に入っていたのは、タローソン特製の『プレミアム・苺ショートケーキ(銅貨1枚)』と、紙パックの『太陽芋のスイートミルク』だ。

「け、ケーキ……! 甘いお乳……!」

「勘違いするな。お前が栄養失調で倒れたら、ローンの回収が滞るからな。機材のメンテナンスと同じだ」

「尊しゃちょう……っ!!」

リリスの顔が、今度こそ満面の笑みに変わった。

芋ジャージの袖で涙と鼻水を乱暴に拭うと、神々しさの欠片もない手つきでケーキのフィルムを剥がし、パクリと苺に食いつく。

「んんぅぅ〜っ! 美味しいいい! 労働のあとの甘味、最高ですぅ!」

「……食いこぼすなよ。シートが汚れる」

両頬にクリームをつけながら幸せそうに咀嚼するリリスを見ながら、俺はエンジンキーを回した。

V8エンジンが心地よい唸りを上げる。

「さあ、ケーキを食ったら次の現場だ。俺たちの清掃技術スキルが本物だと知れ渡れば、依頼は向こうから舞い込んでくるはずだ」

「はいぃ! 私、頑張って35年ローン返しますぅ!」

健康サンダルを履き直し、気合を入れる紫ジャージの女神。

異世界の汚れを完全除菌する『ヤマト・サニタリー』の快進撃は、まだ始まったばかりだ。

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