EP 8
リリスの成長、そして浄化
「……すごい」
岸辺から見守るキャルル村長が、呆然と呟いた。
俺もセブンスターの煙を細く吐き出しながら、その光景に静かに目を見張っていた。
泉の中心に立つリリスの両手から放たれる黄金の光。
それは、以前の彼女が使っていた「対象を無理やり健康にする(パンプアップさせる)」ような大雑把な魔力放射とは根本的に違っていた。
光の粒子が、極細の繊維のように編み込まれ、コアにこびりついたドス黒い毒の層の『隙間』へと潜り込んでいく。
そして、コアの結晶(建材)そのものには一切のダメージを与えず、汚染物質だけをピンポイントで包み込み、剥離させているのだ。
(まるで、超音波洗浄機とマイクロファイバークロスを掛け合わせたような、極めて精密な研磨だ。……あいつ、俺の現場作業を見て、本当に清掃の『理屈』を理解しやがったのか)
だが、相手は死蟲王サルバロスの眷属が遺した極悪な呪毒だ。
長年の汚れがそう簡単に落ちないように、コアの中心部に根を下ろした真っ黒なヘドロの塊は、リリスの浄化に抗うようにドクドクと不気味な脈動を始めた。
『ジジジジジッ……!!』
「ひぎぃっ……!?」
コアから強烈な呪いの瘴気が噴き出し、コアに触れているリリスのピンク色の防護ゴム手袋(タローマン製)を黒く焦がし始める。
「アカン! 毒が逆流してきよるで!」
ニャングルが悲鳴を上げた。
「リリス! 一旦手を離せ! 呪いの濃度が高すぎる、今のままじゃ防護手袋を貫通して火傷するぞ!」
現場監督として、俺は即座に作業の中断を指示した。
しかし、リリスは首を横に振った。
「だ、ダメですぅ……! ここで手を離したら、せっかく浮かせた汚れが、また奥に染み込んじゃいますぅ!」
「無理をするな! 労災が起きてからじゃ遅いんだぞ!」
「無理じゃありません! まだ……まだ私には、とっておきの『備蓄』がありますからっ!!」
リリスは食い縛るように歯を立て、頭上の初心者マークを、まるでPCの冷却ファンのように高速回転させ始めた。
「警告音、無視! 出力リミッター解除! タローソンの苺ショートケーキの糖分、完全燃焼! GSルナミスの特焼き煎餅の炭水化物、燃焼開始!!」
リリスの芋ジャージから溢れる光が、さらに一段階強く輝く。
彼女の体内で、これまで貪り食ってきたジャンクフードやスイーツが、超効率で神聖力へと変換されていく。
『ギギギギギギッ……!!』
コアの毒が最後の抵抗を見せ、猛烈な瘴気のトゲをリリスの腕に伸ばす。
「負けません! 私の身体には今、リアンさんが作ってくれた『ジオ・リザードの腹脂の二度揚げポテト』の超高カロリーが巡ってるんですぅ!! 三ツ星シェフの油の力、舐めないでくださいぃぃっ!!」
カロリーの暴力とも言える神聖光が、瘴気のトゲをバチバチと弾き飛ばす。
「仕上げですぅ!! 女神の秘伝・超精密拭き上げ(ディープ・クレンジング)!!」
リリスが両手にグッと力を込め、コアの表面を、本当に雑巾がけをするような動作で力強く、かつ優しく擦り上げた。
パキィィィィィィンッ!!
まるで、分厚いガラスが砕け散るような、甲高く澄んだ音が森に響き渡った。
コアに纏わりついていた最後の黒い脈束が、光の繊維に絡め取られて完全に霧散する。
あとに残ったのは、本来の姿を取り戻した、透き通るような美しい青色に輝く巨大な結晶体だった。
その瞬間。
コポォッ……! と、泉の底から勢いよく水が湧き出した。
それは、先ほどまでの薬品臭い泥水ではない。
コアの清らかな魔力を含んだ、無色透明の、氷のように澄み切った『聖なる水』だ。
溢れ出した水が泉を満たし、岸辺の土を潤すと、黒く枯れ果てていた水辺の植物が、あっという間に緑色の息吹を取り戻し、淡い光を放つ花を咲かせた。
「……おおぉぉっ! 泉が……ポポロ村の泉が、元に戻った!」
「すごいやんか! ほんまに、ヘドロの芯までピッカピカや!!」
キャルル村長とニャングルが、歓喜の声を上げて抱き合う。
「ふぅ……」
俺は携帯灰皿にセブンスターを押し付け、短く息を吐いた。
泉の中心。
膝まで透き通った水に浸かっていたリリスは、ぷしゅ~っ、と頭から湯気を出し、頭上の初心者マークの点滅を止めると、そのままバタンッ! と後ろへ仰向けに倒れ込んだ。
バシャアッ!
「おい、リリス!」
俺は慌てて長靴のまま泉に入り、水面に浮かんだ紫ジャージの襟首を掴んで引き上げた。
「……あうぅぅ……」
目を回したリリスは、焦点の合わない瞳で夜空を見上げながら、力なく呟いた。
「尊……しゃちょう……」
「大丈夫か。どこか火傷は……」
「……お腹が、空きましたぁ……。カロリー……残量ゼロですぅ……」
グゥゥゥゥ~~ッ。
神聖な泉の復活という感動的なムードをぶち壊す、あまりにも立派な腹の虫の音が、静かな森に響き渡った。
「……」
俺は、濡れた芋ジャージ姿でぐったりとしているポンコツ女神を見下ろし、呆れと、それ以上の何かがないまぜになったような溜息をこぼした。
「……たく。どこまでも世話の焼ける従業員だ」
だが、その顔は、自分でも意外に思うほど、柔らかく緩んでいた気がした。




