EP 5
守銭奴猫耳と、お見積り
「いやぁ、お見事なお手前で。ウチの猪突猛進アタッカーを、力も使わんと転がしよるとは。アンタ、タダの清掃業者やあらへんね?」
パチ、パチ、と嫌味のない拍手をしながら、猫耳の青年――ニャングルが近づいてきた。
金貨の柄があしらわれた派手な着物を着流し、手にした算盤をチャラチャラと鳴らしている。その細い糸目は、俺の装備や社用車、そして俺自身の『価値』を査定している商人の目だ。
「おいイグニス、いつまで寝てるんですか。入り口が塞がって邪魔ですよ」
ニャングルの後ろにいたウサギ耳の少女が、倒れているイグニスの脇腹を、履いている特注の安全靴で軽く……いや、かなり鋭角に蹴り飛ばした。
「ゲブッ!? い、痛ェ! キャルル村長、もうちょっと優しく……!」
「はいはい、治しますから。ポーションより痛いけど我慢してくださいね」
キャルルと呼ばれたウサギ耳の少女(どうやら彼女が村長らしい)が、イグニスに手をかざす。すると淡い月の光のようなものが溢れ、イグニスの打撲傷がみるみるうちに回復していく。だが、その治癒の過程でなぜかイグニスは「ギャアアアッ!」と凄まじい痛みに悶絶していた。手荒な回復魔法だ。
俺はセブンスターの紫煙を吐き出し、作業着のポケットから名刺を取り出してニャングルに差し出した。
「『ヤマト・サニタリー』だ。クライン公爵家――リアン・クラインからの依頼で、村の泉の清掃にきた」
「ほう、あのクラインのダンナの紹介でっか。そら無下にはできまへんなぁ」
ニャングルが煙管をふかしながら名刺を受け取る。
「……あのぅ、尊しゃちょう。もうケンカは終わりましたかぁ?」
ペチッ、ペチペチッ。
間の抜けた健康サンダルの音と共に、社用車から紫の芋ジャージ姿のリリスが降りてきた。
その手には、すっかり食べかけになった『ネタキャベツチップス』の袋が握りしめられている。
パリッ、ボリボリ。
リリスがチップスを口に放り込むと、微かに脳内へ直接響く声で『最近、村長さんは泥沼社内恋愛の小説にハマっているらしいぜぇ〜』という小ネタが漏れ聞こえてきた。
「……ビクッ!」
キャルル村長のウサギ耳がピンと立ち、顔が真っ赤になる。
「なっ……! そ、そのチップス、まさかうちの畑で採れた『ネタキャベツ』ですか!? どこでそんなしょうもない個人情報を……!」
「えへへ、入り口の無人販売所で買いましたぁ! すっごく美味しいし、なんか面白いお話が聞こえてきて最高ですぅ!」
リリスが無邪気に笑いながら、チップスの袋をニャングルたちに差し出す。
「おいリリス。お前、商談中に出しゃばるなといつも言っているだろうが」
「あうぅっ! ごめんなさいですぅ! だって美味しいから皆でお裾分けしようかと……」
「ギルティだ。昼飯の予算から天引きするぞ」
俺が冷たく言い放つと、リリスは「ひぎぃっ!」と涙目になってチップスを大事そうに抱え込んだ。
そのやり取りを見ていたニャングルが、呆れたようにため息をつく。
「……なんや、凄腕の殺し屋かと思いきや、ただのオカンと食い意地の張った娘みたいやな。まあええわ。リアンのダンナの紹介なら、腕は確かやろ。――キャルル村長、泉へ案内したってくれ」
* * *
村の奥深く。厳重な結界が張られた森の中心へと案内された俺たちは、思わず絶句した。
「うわぁ……ひどい臭いですぅ……」
リリスが鼻をつまむ。だが、逆の手に持ったチップスを食べる手は止まっていない。器用なヤツだ。
「これが、ポポロ村の生命線……『聖なる泉』や」
ニャングルが苦々しい顔で煙管を握りしめる。
かつては透き通った水が湧き出ていたであろうその泉は、今や見る影もなく『ドス黒いヘドロの沼』と化していた。
水面には虹色の油膜が張り、鼻を突く硫化水素と、金属が焦げたような化学的な悪臭が周囲の空気を汚染している。水辺の植物は完全に枯れ果てていた。
俺は耐薬ゴム手袋をはめ、泉の際までしゃがみ込んで黒い泥を指ですくい上げた。
「……重金属と、可燃性ガスの残留物。それに、ネクロトーキシン(死毒)か。ただの魔獣の体液じゃない。これは……『機械』と『生物』が混ざったような、悪質な汚染だ」
「ご名答や、清掃屋はん」
ニャングルが算盤を弾きながら答える。
「数日前、空から変なバケモノが落ちてきよったんや。羽の生えた機械の蟲……『死放屁虫』とかいう奴の残骸や。そいつが泉のど真ん中で爆発して、体内の毒ガスとヘドロを全部ぶちまけおった」
死蟲王サルバロスの眷属か。
噂には聞いていたが、まさかこんな物理的・化学的な環境汚染を引き起こすとはな。
「村の月見大根もサンライスも、この泉の水脈から魔力を得て育っとる。このままやと、ポポロ村の農業は全滅、経済(PG)も大暴落や。清掃屋はん……これ、なんとかなるか?」
ニャングルの糸目が、すっと細められる。
値踏みするような視線。ここで「無理だ」と言えば、俺の業者としての価値は地に落ちる。
俺は手袋の泥をウエスで拭き取り、立ち上がってセブンスターに火を点けた。
そして、紫煙を吐き出しながら、淡々と『見積もり』を告げた。
「落ちない汚れはない。水質汚染の浄化なら、俺の得意分野だ。社用車のウォーターキャノン(吸引モード)と特殊中和剤をフル稼働させれば、半日でこのヘドロを分解・回収できる」
「ほんまか!? さすがプロや!」
「ただし、料金は特殊清掃(バイオハザード対応)扱いになる。金貨500枚、それと作業中の動力源として『魔石』の実費請求だ」
「ご、ごひゃく……!? ぼったくりや! 村の予算が吹っ飛ぶわ!」
ニャングルが目をひん剥いて抗議する。
「なら、お断りだ。この毒が地下水脈に完全に浸透すれば、数年間はこの土地で何も育たなくなるぞ。月見大根の逸失利益を考えれば、500枚など安い投資だと思うがな」
「……ぐぬぬ。足元見よってからに……!」
「……わかりました。払いましょう。ポポロ村の未来には代えられません」
キャルル村長が、安全靴の踵を鳴らして毅然と頷いた。
「よし、商談成立だ」
俺は腰袋からトランシーバー型の操作端末を取り出し、村の入り口に停めてある社用車に遠隔指示を飛ばす。
「リリス! 芋ジャージの袖をまくれ! 長靴に履き替えろ! すぐに浄化作業を開始する!」
「もぎゅっ……はいぃっ! 最後のチップス飲み込んだら手伝いますぅ!」
口いっぱいにスナック菓子を頬張ったポンコツ女神と共に、異世界最強の清掃業者が、死蟲の撒き散らした極悪な環境汚染へと立ち向かう。
だが、この時、俺はまだ気づいていなかった。
この泉の『汚れ』が、物理的な清掃機材だけでは決して落としきれない、最悪の性質を持っていることに。




