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EP 4

田舎のヤンキー竜・イグニスとの遭遇

「ひぎぃっ……! そ、尊しゃちょう! あの竜の人、完全にやる気ですぅ!」

社用車の助手席から顔を覗かせたリリスが、初心者マークを激しく点滅させながら悲鳴を上げた。

だが、その両手にはしっかりと、さっき村の入り口の無人販売所でこっそり買った(そして尊の口座から引き落とした)『ネタキャベツチップス』の袋が握られており、口の端には青のりがついている。

「お前、いつの間にそれを買った……まあいい。車内で大人しくしてろ。チップスをこぼすなよ」

「あうぅぅ! 気をつけますぅ!(ボリボリボリ)」

呑気にスナック菓子を頬張るジャージ女神を背に、俺は特注伸縮棍『掃討』を右手に提げ、イグニスと名乗った竜人族のヤンキーと対峙した。

「ギャハハハ! 逃げるなら今のうちだぜ、清掃屋ァ! 俺様はなァ、これでもルナミス帝国で純金の像が建つくらい英雄扱いされてる、すげェ竜人様なんだよォ!」

嘘つけ。

俺の『現場監督』としての観察眼が、男の全身から漂う「悲哀」を見抜いていた。

純金の像が建つほどの英雄が、こんな田舎の村の入り口で、擦り切れた革鎧を着て門番のアルバイトなどしているはずがない。それに、言葉の端々から、都会のシステム(スマホや電子決済)に馴染めずドロップアウトした『情報弱者デジタル・ディバイド』の匂いがプンプンしている。

「……悪いが、アンタの英雄譚を聞いてる暇はないんでね。そこをどけ。仕事が遅れる」

「チッ、スカしやがって……! 泣いて謝っても遅ェぞ! オラァァァッ!!」

イグニスが咆哮と共に、強靭な脚力で地面を蹴り飛ばした。

ズガァァァンッ!と土砂を巻き上げながら、一瞬にして俺の眼前に迫る。

そして、身の丈ほどもある巨大な両手斧バトルアックスを、頭上から力任せに振り下ろしてきた。

「イグニス・ブレイクゥゥゥッ!!」

空気を引き裂く轟音。直撃すれば、社用車ごと真っ二つにされるだろう。

並の冒険者なら、その圧倒的な質量と闘気の前に竦み上がるところだ。

だが――。

「……ダメだな。重い物を持つ時の姿勢フォームが全くなってない」

俺はカチャリと親指でスイッチを弾き、『掃討』を第2形態(ミドル・120cm)に展開。

そして、無双流――『太極拳・化勁かけい』の歩法で半歩だけ斜め前にスライドした。

「なっ……!?」

俺の姿が視界から消え、イグニスが目を見開く。

大上段から振り下ろされた斧の軌道に対し、俺は『掃討』を横から軽く添え、テコの原理と円運動を使って、その暴力的なエネルギーの『力線』を横へと受け流した。

ズドォォォォォォンッ!!

軌道を逸らされた両手斧が、俺の横スレスレを通り抜け、地面に深いクレーターを穿つ。

重作業ヘビーワークの基本は、腕力ではなく『足腰と重心』だ。アンタの振り下ろしは完全に上半身の腕力に依存している。そんなフォームを続けていたら、数年で腰椎をやってヘルニアになるぞ」

「あァ!? なにワケの分かんねェこと言ってやがる!! なら、これならどうだァ!!」

イグニスは地面にめり込んだ斧を強引に引き抜き、そのまま横薙ぎの大回転斬りを放ってきた。

同時に、口の端から紅蓮の火炎ブレスが吹き上がる。

大火炎だいかえんと一緒に燃えカスになれやァァッ!!」

「……だから、大振りすぎると言っている」

無双流――東南アジア武術『シラット』・トラッピング(接近制圧)。

炎と斧が到達するより一瞬早く、俺は超前傾姿勢でイグニスのデッドゾーンへと潜り込んだ。

斧の柄の根元を『掃討』で押さえ込み、回転の遠心力を完全に殺す。

「ガッ……!? 止められ、た……!?」

「現場で無理な姿勢をとれば、労災が起きる。その身体のデカさは長所だが、力のベクトルを理解していないのは致命的だ」

言葉と同時。

俺はイグニスの軸足(膝の裏)の関節を、安全靴のつま先で的確に蹴り抜いた。

「ゴブッ!?」

カクン、と巨体のバランスが崩れる。

そこへ、シラット特有の巻き込むような足技と、合気道の崩しを複合させた投げを放つ。

俺はほとんど筋力を使っていない。イグニス自身の突進力と斧の重さを利用し、そのまま彼を地面へと裏返した。

ドッゴォォォォォンッ!!

「ゲハァァァァッ!!」

地響きと共に、竜人族のヤンキーが盛大に地面に叩きつけられた。

両手斧がカラン、と乾いた音を立てて転がる。

「あ、あうぅぅ……チップス食べる手が止まるくらい、一瞬でしたぁ……」

車内でネタキャベツチップスをくわえたまま、リリスが目を丸くしている。

※「へぇ、あの兄ちゃん、最近ルナミスで流行りのT-TUBEでお尻の踊り見てニヤニヤしてたよ」と、チップスから謎の小ネタが漏れ聞こえていたが、今は無視だ。

「ガハッ……ゲホッ……バ、バカな……俺様が、こんなひょろっちい人間に……」

地面に大の字になったイグニスが、信じられないという顔で俺を見上げている。

俺は『掃討』をショート形態に戻して腰袋に収め、見下ろしながら言った。

「膂力と闘気は一級品だ。だが、動きが直線的すぎる。都会のシステム(洗練された技術)に馴染めなかったんだろうが、力任せの脳筋プレイじゃ、素材の価値(自分のポテンシャル)を下げるだけだぞ」

その言葉が、痛いところを突いたのだろう。

イグニスは「うぐっ……」と呻き、ギリッと牙を噛み締めた。

「くそっ……スマホのQR決済のやり方が分かんねェからって……バカにしやがって……!」

「なんだ。やっぱり都会の電子決済でドロップアウトした口か」

「う、うるせェ! 殺せ! 煮るなり焼くなり好きにしやがれェ!」

半ばヤケクソになって叫ぶイグニス。

俺がやれやれと息を吐き、タバコを取り出そうとした、その時だった。

「――はいはい、そこまでやで、イグニスはん。あんさんの負けや」

のんびりとした、しかし妙に耳に残るコテコテの関西弁が、バリケードの奥から響いてきた。

「ニャ、ニャングルさん……!」

イグニスが顔をしかめる。

現れたのは、金貨の装飾が施された豪奢な着物を羽織り、片手に大きな算盤を持った、猫耳族の青年だった。煙管をふかしながら、細い糸目でこちらを値踏みするように見つめている。

その後ろには、トンファーを腰に提げた、ラフな現代風の服に安全靴を履いたウサギ耳の少女の姿もあった。

「……どうやら、話の通じる責任者のお出ましらしいな」

俺はマッチに火を点けながら、ポポロ村の『首脳陣』へと視線を向けた。

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