作戦の本質(牲)
‘狂襲の獣’に備わっている感知能力で翔太はイエローフォレスト内でも迷わずジューハを追いかけることができた。その追跡でジューハは翔太に恐怖を覚える。そうして翔太がついにジューハに追い付き、彼の眼前で獰猛な殺気を放つ。それに対してジューハは萎縮した。
時は少し遡り、狂化状態の翔太が森に突入してすぐの頃。
殺意を振りまいている翔太がいなくなったことでその場に静寂が訪れた時、辺りを警戒するかのようにゆっくりと門が開かれた。
そしてそこからアリスとテイルが顔を覗かせて周囲に誰もいないことを確認すると、彼女たちの後に続いて数人の冒険者が姿を現した。
それというのも、ここまでが翔太の作戦だったのだ。
作戦の最終段階としては、狂化した翔太が方向感覚の狂う森の中で息を潜めているジューハを探知し、彼の元へアリスたちを先導して後に合流、最終的には協力してジューハを倒すというもの。
翔太の位置は風の流れを利用できるテイルがいるため、彼女が森の中を移動する翔太を補足し、アリスたちはテイルの案内の元で翔太の後を追いかける形になる。
最終的には翔太の策に賛成したアリスだが、それでもその作戦を聞いた時は複雑な思いだった。
それというのも、最初に翔太からその作戦を聞いた時、‘狂襲の獣’での苦い思い出が蘇り、真剣な気持ちに水を差されたような気分だったのだ。それでも今はどんな能力も使い方次第とはよく言ったものだと感心していた。
しかしそれは翔太の考えた通りに事が運んだ場合の話であり、本当に作戦が成功するのか心配していたのは作戦を立案した本人だけではなく、‘狂化’がどういうものなのかを知っているアリスもまた不安に感じていた。
だからこそ翔太が森に入ったのを確認したアリスはジューハの位置を感知するのに成功したのだと思い、内心ではそのことに安堵しつつ翔太の作戦通り、彼を追いかけようとした。
しかしその直前で冒険者の一人が呟くように言葉を発した。
「……あいつ、大丈夫なのか?」
その言葉を聞いた瞬間、その場にいた誰もが翔太の得体のしれない力のことだと察した。
何しろ、街を守ろうと必死に作戦を練り上げていた時の翔太の印象と、相対していなくともわかるほどの殺気を放っていた、先ほどの翔太とは雰囲気が全く異なっていたからである。
彼の豹変ぶりを見てしまっては、誰もがそんな彼を不信がるのも無理はないだろう。
しかしそれに対して、アリスは静かに答える。
「……大丈夫です。今は私たちの役割に集中しましょう」
「そ、そうだな。彼も命がけなんだ、俺たちが尻込みしてたら、それこそメイサさんに合わす顔がねぇ!」
「そうだ! 俺たちはこの街の女神たるメイサさんを守りために戦ってるんだからな!」
冒険者たちはそう言って守るべき存在を再確認して自分を鼓舞すると、先に行くアリスの背を追うように、彼らもまた森へ突入した。
しかしそんなやる気に満ちた表情を見せる彼らとは裏腹に、アリスの表情は暗いものだった。
その理由は翔太の本当の狙いに気づいているからである。
それは翔太が街の者達に思いついた作戦を話している時のこと。
作戦は誘導に成功した翔太が合流して協力してジューハを倒すというものだが、彼の口振りからすると誰もがパワーアップした翔太が冒険者たちと意思疎通して共闘すると思っていたのは明白だった。
そこでアリスの中である疑問が浮かんだ。
それは狂化状態の翔太が誰かと共闘できるのかということである。
‘狂化’とは、使用者の身体能力を向上させるが、それと同時に使用者の中で強烈な敵意を植え付け、近づく者すべてを敵と認識し、冷静な思考で殺す者へと変貌させてしまう力である。
そんな状態の者が果たして本当に誰かと協力できるのか。
実際にその状態の翔太と相対したことがあるアリスとしては、その時の彼が誰かと意思疎通できるとは到底思えなかった。
もちろん、今まで予想外の行動を取ってきた翔太のことだから彼女では思いつかないような手立てがある可能性もある。しかしこんな土壇場で運よく解決策が浮かぶなど、それこそ奇跡であり、アリスにとっては淡い希望でしかない。
そしてここまで思考を巡らせたところで、彼女は嫌な結論に至った。
それは立案した翔太自身が共闘できないことを承知のうえでその作戦を話しているということである。
つまり、この作戦の本質は、戦闘力が未知数のジューハに対して、翔太が可能な限り彼を消耗させ、そして最終的には後からやって来た冒険者たちが弱体化したジューハを倒すというものである。
その証拠に翔太はジューハを探知できる手段をぼかした感じで説明し、‘狂化’を使うことを一切口に出していないのだ。
そして、翔太はたとえ自分がいなくとも戦闘を続行できるメンバーを選んでいる。
それに気づいてしまったアリスはその事について翔太を問い詰めようとした。
何しろ、翔太がしようとしているのは自身の破滅も視野に入れている自己犠牲。仲間として、それを看過することはできなかったのだ。
しかしアリスは直前で言うのを止めた。いや、言うことができなかったというほうが正しいか。
なぜなら、今翔太が話している作戦以上に方向感覚が狂う森に潜むジューハ(スケルトン)を高確率で追跡できる作戦を思いつくことができなかったからである。
アリスだってこんな圧倒的に不利な状況で誰一人傷つかずに勝利するなど、そんな甘い考えを抱いているわけではない。むろん、多少の犠牲もやむを得ないということも十分理解している。
無論、翔太もその考えに至っている。だから今回の作戦を提案したのだ。
しかしアリスからしてみれば、翔太は自分がそんな役割ばかりを引き受け、今回に至っては一番危険の多い役を自ら買って出ようとしている。
しかもこの作戦が上手く事を運べば、彼以外の者たちが傷つかずに済むわけだ。
翔太はそれを最も合理的で、リスクが少ないと考えている。
アリスはその考えが許せなかったのだ。しかし彼女は翔太の作戦以上の代案を思いつくことができなかった。
それというのも、アリスが頭を悩ませていたのはジューハが森の奥に身を潜めた場合の対応策である。
もちろん、テイルのように何らかの魔法を使って周囲を探知できる者は街には何人かいる。しかし森の奥までとなると、そこまで探知できる者はいないのだ。
だからこそ、アリスを含めた街の者達は翔太の作戦にかけるしかなかったのだ。
そのためアリスはそんな無力な自分に歯痒い思いを抱いたまま、静かに翔太の作戦を聞いていた。
そしてその気持ちは森に入ってからも変わらない。
だからこそ彼女は考える、今の自分に何が出来るのかを。あの時、何もできなかった悔しさを思い出しながら、必死に頭を回転させた。
そして彼女は至った。翔太が自分の身を犠牲にする前に、且つ周囲の者に翔太がそんな状態だということを悟られずに正気に戻すという考えに。
もちろん、アリスも翔太が正気を取り戻す条件が何なのかをまだ理解しているわけではない。ただそれでも翔太が傷つく姿を見たくないのだ。
そうして決意が固まったアリスは一呼吸を入れて気合を入れ直すと、森の中を突き進んでいった。
しかし状況は彼女が思っているよりも深刻だった。
なぜなら彼女の想定よりも早く、狂った獣が敵と相対し、今にも森で暴れ出そうとしているのだから。
ひとまず今回は0のつく日に投稿できましたが、今後は非常に忙しくなっちゃうので、次回の更新がまた遅れるかもしれません。
先に謝っておきます。すいません。




