ソールの真実(失)
部屋を飛び出した翔太はアリスたちと遭遇。アリスは翔太にその部屋にいたのかと尋ねたのだが、彼はそれを有耶無耶にして、話を無理やり本題に戻す。そこでポーションのことを話題にすると、メイサから待ったがかかった。その後、彼女は自分の家に翔太たちを招待して自分が半死半生の存在であることを打ち明けた。
メイサの正体を知った翔太はふと思ったことを口にした。
「もしかしてこの街の奇妙な病も、その『死霊術』っていうのと関係があるんですか?」
翔太が言ったことはこの街の人たちが突然霊に憑かれるという謎の病を、メイサの口から出た「死霊術」という言葉の響きだけで関連付けたもので、何の証拠もないことである。
翔太としても、その事に関しては「もしかしたら」という思い付きで言っただけなのだが、彼の言葉を聞いた途端、メイサの表情が変わった。
そして緊張した様子でメイサは口を開く。
「……はい、その通りです」
「えっ? 適当に言っただけなんですけど、本当にそうなんですか。ということは、やっぱりメイサさんは除霊をしているんですね」
「いえ、あれは除霊なんて大層なものではありませんよ。私はただ、拒絶反応を起こしている人を抑え込んでいるだけなんですから」
「……ん?」
淡々と話を進めようとするメイサに、翔太は疑問の表情を浮かべた。
それは「拒絶反応」という言葉が突然出てきたからである。もちろん、翔太は「拒絶反応」という言葉は知っている。
問題なのは、なぜこのタイミングでその言葉が出たのかということである。
「え、と……拒絶反応って?」
「えっ? 翔太さんは十年前の事件を知っていたから、『死霊術が関係ある』って言ったんですよね?」
「……十年前?」
「あれ?」
メイサから次々と出てくる新しい情報に、翔太はさらに訳が分からなくなった。
そうして、会話が噛み合わない両者は互いに疑問の表情を浮かべたのだった。
◇◆◇
事件が起こったのは十年前、メイサが半死半生の存在となって、まだ日が浅い時のことだった。
その日、彼女はこの街で数年ぶりにある男と再会した。その男こそメイサを救った死霊術師、ジューハ・グリンである。
両者の再会は全くの偶然であり、突然のことだった。しかしメイサはすぐに彼だと気づき、迷わず声を掛けようとした。
募る話もあったのだがそれ以上に、命の恩人である彼に今の自分を見てほしかったのだ。
しかしその瞬間、街全体に大きな魔法陣が眩い光と共に出現した。
それの出現により、街は大混乱に包まれた。
ただ一人を除いて。
それは大規模魔法と呼ばれる、広範囲に効果をもたらす魔法。魔法に精通している者ならば誰でも知っていることであり、たとえ魔法をあまり知らない者にとってもそれが発動しているということがどれだけまずいことかは理解できる代物である。
しかし今回のそれは、大規模魔法と言うには少し語弊がある。なぜならば、この魔法はまだ完成していないからである。
だからこそ高名な魔導士である彼はこの魔法を理想に近づけるために発動させた。
そう、ジューハはこの魔法を完成させるためにこの街の人々を実験台にしたのだ。
その事を知らないメイサは恩人である彼を助けようと咄嗟に手を伸ばした。しかし伸ばした手は彼に届くことはなく、そこで彼女は意識を失った。
それからどれぐらいの時間が経ったのか。
沈黙し続ける街で最初に目を覚ましたのは、魔法を行使した本人であるジューハだった。
彼はいつの間にか術者である自分までもが意識を失っていたことに驚きはしたものの、まだ未完成の魔法ということもあり、そこまで気にする問題ではないと判断した。
そうして、ジューハは周囲を見渡してみると、ある意味において彼が予想していた通りの光景が広がっていた。
そこには先ほどまでの彼と同様に、魔法の影響を受けて大勢の人たちが倒れていた。
それを見たジューハは思った、また失敗したかと。
しかしそれでも彼はそこまで落ち込んではいなかった。なぜならこれはあくまで実験であり、失敗する可能性を考慮して行ったものだからである。
彼としても、先ほど発動させた魔法は彼の研究の全てが詰まった自信作だったのだが、心のどこかで失敗するかもしれないと思っていたのだ。
ただここで彼の予想に反して、周囲の人々は意識を取り戻し始めた。
そうして、ジューハの近くにいた男が状況を把握し始める。
「うぅ、いったい何が起こったのよ……確か魔法陣が現れて、それであたし(・・・)は……」
そこで男は言葉に詰まった。
それは彼が自分の発した言葉にちょっとした違和感を覚えたからである。
「……あれ? 俺、なんで今自分のことを『あたし』って言ったんだ? なんか前からそんな言葉を使っていたような気もするけど、男の俺が『あたし』だなんてオカマじゃあるまいし……」
男は先ほどまでの自分の言葉遣いに疑問を持っていた。しかし次第にその事に対する疑問が薄れ始めている。
周囲の者もそんな彼と同じく、自分の行動に違和感を覚えていた。しかし時間が経つにつれて、その事よりも先ほど何が起こったのかを気にし始め、最後にはその違和感を追求する者はいなくなった。
そんな街の人々の状況を見て、ジューハは恍惚な笑みを浮かべていた。
これこそ彼が求めていた結果、精神体である魂の憑依である。
彼が研究していたのは、その人の肉体にその人とは別の人の魂を定着させることである。
これが成功すれば、他者の身体に自分の魂を定着させる、事実上の不死を得ることができるのだ。
もちろん、肉体は時間の流れに逆らえないため、魂が不滅になると言った方が正しいだろう。
それでもこの魔法を使うには二つの段階が必要である。
一つ目は肉体と魂の分離。
本来ならば、これは肉体と魂のつながりが弱っている状態の者にしかできないことなのだが、ジューハは対象にした者を気絶という精神の無防備状態にすることでこの条件をクリアした。
そして二つ目がこの魔法の最重要部分である、魂の定着。
これもまた、本来ならば他人の肉体に別の誰かの魂を定着させれば拒絶反応を示す。これがジューハの最も苦戦した部分でもあるが、彼はとある方法でそれをクリアしていた。
その方法とは、肉体から分離して出てきた魂を魔法で薄い膜のように覆った状態で、他者の肉体に定着させることである。
これにより、肉体と魂のつながりを形成しつつ、魔法により拒絶反応が出にくくしているのだ。
そして、時間をかけて魂をその肉体に慣れさせることで拒絶反応を完全に無くすというのがジューハの仮説だった。
しかしもうそれも仮説ではなくなった。
目の前の人たちは新たな肉体に疑問を持つこともなく、別のことを考えている。ジューハの中では、既に彼らは過去の記憶の中にある自分と今の自分とに違和感を持つだろうが、過去の記憶はすぐに今の自分の姿で置換されるだろうと推測していた。
何はともあれ、これでジューハが理想に近づいたことは明白である。
普段は冷静沈着な彼だが、この時ばかりは周囲の困惑した状況などお構いなく、心の底から喜びの声を上げようとした。
しかしその時、彼の目に奇妙なものが映った。
それは地面に倒れているジューハ自身の身体。
流石のジューハも最初は何が起こっているのか分からなかった。しかし聡明な彼はすぐにその答えを導き出した。
彼は今、魂だけの存在となっていたのだ。魂だけの存在がどれだけ不安定な存在なのかを知っていたジューハは急いで魔法を行使して自分の身体に戻ろうとした。しかし魂だけでは本来の力が出せず、自分の身体を定着させることができなかった。
これこそがこの魔法の唯一の失敗だった。彼は皮肉にも、他者の肉体と魂を入れ替えた代わりに、自らの肉体と魂を分離させてしまったのだ。
そうして彼が慌てていると、ここでようやくメイサが意識を取り戻した。
ただ、ジューハも今は生きるか死ぬかの瀬戸際であるため、彼女のことを気にしている余裕はなかった。
しかし次の瞬間、彼女は今もなお倒れているジューハの元へ駆け寄り、彼の名を呼び安否を尋ねていた。
もちろん、ジューハの身体の中には魂という重要な部分が入っていないため、その呼びかけに返事をしたくてもできないのだが、今注目すべき点はそこではない。
今重要なのは、メイサが彼の名を呼んでいることである。
ジューハはソールに住む人たちと面識がないため、この街で彼を知っているのはメイサ一人だけということ。
だから本来ならば彼の身を心配している人はメイサの魂が入った別の誰かになるはず。
それにもかかわらず、今目の前にいるメイサは紛れもなく彼女自身の肉体で行動している。
つまり、メイサはジューハの魔法の影響を受けていないということである。
その事実に、彼は驚愕した。
頭の中で「なぜ!?」が止め処なく溢れ、今の自分が危機的状態に陥っていることなどすっかり忘れていた。
自分の持つ膨大な知識から、ジューハはメイサが半死半生の存在だということに注目した。
そもそもメイサがそんな存在になったのは彼女が大怪我を負った時、既に彼女の魂と肉体のつながりは今にも切れそうなほど弱かったため、彼が魔法を行使しても十分につなぐことができなかったからである。
だから彼女は生者に戻れなかったのだが、ジューハはそこに目を付けていた。
今のところなぜ彼女があの魔法に抵抗できたのかまでは分からないが、おそらくその半死半生の存在というのが鍵だと彼は考えたのだ。
もしこの仮説が正しければ、彼は益々好都合だと考えていた。
なぜならばメイサ自体は至って普通の人間、つまり別に彼女の肉体でなくとも良いということである。彼としても自らの魂を他人の身体に定着させたとして、その身体にいくつかの条件が必要とあっては不便である。
しかしその条件が「死にかけの状態から復活させた者の肉体」というだけならば、いくらでも簡単に代わりを用意できる。
この奇跡的な発見はまさに、不幸中の幸いと言えるだろう。
ただ、何をするにしても、まずは肉体が必要である。
だからジューハはメイサに思念を飛ばし、今までの状況を全て彼女に伝えた。
そして動揺しているメイサに、最後に一言告げた。
この街の者たちに起こるであろう拒絶反応を抑えるには、その者たちが気づいた記憶の矛盾を否定し、強引に記憶を置換させる以外に手立てはないと。
それは心優しいメイサをこの街に留まらせるための口実だった。
そして次に会う時、確実に彼女の肉体を奪うための時間稼ぎでもあった。
そうして、自らの魔法で魂だけの存在となってしまったジューハはその場から姿を消したのだった。
投稿がすごく遅れてしまった、しかも次回がいつになるかも定かではない。前は結構順調だったのになぁ……




