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とりあえず神様を殴るためにはどうすればいいですか?  作者: タコガマ
第4章 死者の導き手編
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当事者はラッキーじゃないハプニング(騙)

最後の一箱をアリスが運び、それで翔太たちの運搬仕事は終わりとなった。仕事が終わったことを報告しようと、翔太が一人でギルドに向かうが、そこには誰もいなかった。そんな時に、とある小部屋から物音がした。気になった翔太は空き巣かと思い、慎重に中を覗くと、そこにいたのはメイサだった。

 ラッキースケベ。それは当事者が意図していないにも関わらず、相手に不埒な真似を働いてしまう行動の総称である。

 この言葉を知っている男であれば誰でも一度は「おい! そこ代われ!」と、とある物語の主人公に嫉妬したことがあるだろう。


 しかし念のために言っておくと、その出来事で狂喜乱舞するのは第三者だけであって、当事者たちにとっては互いを意識してしまい、気まずくなってしまうものである。

 むしろ、そうならないほうが不思議である。誰とは言わないが、慣れとは恐ろしいものだ。


 さて、それを踏まえると今の翔太の気持ちは想像するに難くはないだろう。

 今彼の目の前にいるのは、この(ソール)のアイドル的存在であるメイサ。そんな彼女の下着姿を一瞬とはいえ見てしまっては、彼が驚いて興奮してしまってもおかしくはないだろう。


 その動揺により、翔太は二つの間違いを犯した。

 まず一つ目は、彼が思いっきりドアを閉めてしまったことである。焦りや罪悪感があったのだろう、彼は驚きのあまり冷静さを欠いてしまい全速力で閉めてしまったがために、誰でも気づくような大きな音が出てしまったのだ。


 もし彼が静かにドアを閉めれば、彼女に気づかれることはなかっただろう。気づかれなければ良いというわけではないが、少なくともその場で謝ることはできたはずだ。

 そうすればここだけの話となり、相手方にもゆっくりと事情を話し、あらぬ誤解を受けずに済むはずだった。


 しかし、それももう手遅れ。


 さて、傍から見れば、翔太が覗きをしたという状況。それが意図したものではなかったとしても、もしこのことが街の人たちの耳に入ったら、きっと彼らは翔太を絶対正義(メイサ)の名のもとに粛清するだろう。

 街の人だけではない。このことをアリスが知ったら、彼女の翔太に対する印象に「常識知らず」の他に、新たに「覗き魔」が追加されるだろう。


 それだけは阻止しなくてはならない。

 これ以上、不名誉な称号を頂くわけにはいかないのだ。


 翔太がそう考えていると、ドアの向こうから声が聞こえてきた。


「誰か、そこにいらっしゃるのですか?」


 案の定、音に気づいたメイサがドア越しに尋ねてきたのだ。そんな彼女の声に反応して、翔太の頭の中では先ほど見てしまった映像が浮かんでしまう。

 見た目は世俗に疎く天然そうに見えるメイサだが、彼女の白い柔肌と着用していたピンクの派手なランジェリーに、翔太は「そこは年相応の女の子なんだなぁ」と謎の感想を抱いていた。


 しかし今はそんなことを思い出している場合ではない。彼は今、危機的状況にいるのだから、この場をどう乗り切るのかを考えなくてはいけないのだ。

 すると、ここで翔太はあることに気づいてしまった。


 それはメイサが「誰」と尋ねたことである。つまり、ドアの先にいるのが翔太だと気づいていないのだ。よくよく思い出してみると、翔太が見たのは彼女の下着と、その後ろ姿であって、彼女と目が合ったわけではない。

 ここで彼の耳元で悪魔が囁いた、「逃げてしまえ」と。そうすれば、誰かがいたという事実は残るが、覗いたのが翔太だということはバレずに済むだろう。


 しかしそう考えた時、彼の中に彼女に対する罪悪感が生まれた。

 ここで逃げてしまえば、どれだけ楽だろうか。しかしそれは問題が解決したとは言えない。むしろこのまま逃げてしまうと、彼の中で彼自身にやましい思いがあったのではないかという証拠になってしまうのではないかという不安があったのだ。


 自分にやましい思いはない、これは事故だったと胸を張って言いたい翔太は、ここで自分の考えをまとめた。

 彼の理想は、事故とはいえ下着姿を見てしまったことをメイサに謝罪しつつも、見たのが自分だと彼女に気づかせないこと。


 さて、メイサが尋ねてからここまでにかかった時間はわずか5秒。追い詰められた時の人間の思考速度は本当にすごいものである。

 そして、そんな状態の翔太はこの短い時間で、矛盾しているとも言える理想を達成する最善策を思いついた。


「……あの~?」

「あぁ……私よ、私」


 尋ねても反応が無かったことに疑問を持ったメイサはもう一度尋ねた。すると、聞こえてきたのは女性の声だった。

 しかもその声は聞き覚えのある声。それが誰だったのか思い出すと、メイサは安心した。


「アリスさん……ですか?」

「そうよ」

「そうでしたか! びっくりしましたよ~」

「びっくりさせてごめんなさいね」


 その声は紛れもない、アリスという同性の人のものだったことにメイサは安堵したのだ。

 しかし、ドアの向こうにいるのは紛れもない(しょうた)


 彼は“声質変化(ボイス)”で自らの声をアリスのものに変えて話しているのだ。下手な裏声で話すよりも、よっぽどバレない選択である。

 しかしこれこそが彼の二つ目の間違いである。翔太の理想は誰も傷つかないという利点はあるが、それでも彼女を騙していることに変わりない。

 彼がこの間違いに気づくのは、まだ先の事である。


 それに対して、話しているのが翔太だと気づいていないメイサは今までの不安を解消するかのように話を続ける。


「本当にびっくりしたんですよ。どうして、あんな大きな音を出したんです?」

「私もびっくりしちゃって……まさかこの部屋にあなたが、しかも着替えているなんて思ってもみなかったから。知らなかったとはいえ、着替えの途中に入ってしまって、本当にごめんなさいね」

「いえ、別に私は気にしませんよ。アリスさんは同性の方ですし」

「……それなら良かったわ。でも、メイサさんはどうしてこんなところにいたの?」

「実は、アリスさんたちの依頼を手伝っていた時に、私が運んでいた箱から液体が滲み出していて、私の服についてしまったんですよ。だから誰もいないこの部屋で着替えをしていたんです」

「その滲み出していた液体って?」

「どうやら箱に入っていたポーションの一つがちゃんと栓をされていなかったみたいで、そこから漏れていました。それは今私の手元にあるので、着替え終わったらギルドに報告しますね」

「分かったわ」

「はい。それでですね……」


 ドアの向こうにいるのがアリスだとすっかり信じ切っているメイサに、翔太は心の中で「これはこれで罪悪感が……」と思いながら、彼女の話を聞いていた。

 しかしその時、翔太の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。


 それは遠くだったため正確ではないが、確かに本物のアリスとテイルの声だった。話している内容は分からないが、大体予想はできる。

 おそらく、先ほどの翔太と同様に彼女たちもまた、ギルドに誰もいないことを訝しんでいるのだろう。


 それを踏まえると、翔太は今かなり追い込まれている状況ということになる。前門に虎を拒ぎ後門に狼を進むではないが、挟まれているという点では同じである。

 この危機を脱するには、一刻も早くメイサとの会話を切り上げてアリスたちの元へ行き、メイサが着替え終わるまでの時間稼ぎをして、彼女と鉢合わせしたらその後はもう有耶無耶にするしかない。


 かなりゴリ押しの手段しか残っていないが、それでも今ここで彼女たちと鉢合わせするわけにはいかなかった翔太は、早々にメイサとの会話を切り上げようとした。それが彼の策の第一段階であり、前提条件でもある。


 しかし世の中そう上手くはいかないものだ。


「あの……アリスさん?」

「えっ?」


 翔太がそう考えていると、メイサが唐突にドアを開けたのだ。彼女の行動に、翔太は驚きのあまり間抜けな声が漏れ出る。

 しかし驚いたのはメイサも同じである。彼女はアリスが急に返事をしなくなったため、何かあったのかと心配して様子を見に来ただけなのだが、そこにいたのは女性(アリス)ではなく男性(しょうた)。彼女が動揺してしまっても無理はない。


「えっ、あれ? 翔太さん!? でも、さっきの声はアリスさんの……」

「すみません!」


 翔太は一言だけ謝ると、動揺しているメイサを部屋の中に押し込んだ。もちろん、彼には彼女に危害を加える気なんてさらさらない。

 しかし今の翔太には、こうする以外助かる術がなかったのだ。


 それというのも、不幸中の幸いというものだろうか、翔太にとってメイサにバレてしまったことは運が悪かったとしか言いようがなかったが、それでも驚いた両者が大声を出さなかったことは幸運と呼べるだろう。

 翔太が恐れていたのは、あくまでこの状況を誰かに見られることである。ならばここは素直にメイサに謝罪し、この件を内密で終わらせることこそが彼にとって最善の行動だったのだ。


 ただ、それならば最初から謝っておけば良かったのではと思うが、それこそ今更である。


 そうして翔太はメイサを部屋の奥へと強引に追いやった。先ほどの覗きより、今の状況の方が色々とまずいように思えるが、彼にそれを気にしている時間はない。


「な、何するんですか!?」

「本当に、本当にすみません! 事情は今から話すので、ひとまず落ち着いてください!」

「先に翔太さんが落ち着いてください!」


 急いでドアを閉めると、翔太はメイサに詰め寄った。事情を話そうとしている彼からは焦りの色が見える。

 するとその時、部屋の向こうから話し声が聞こえてきた。


 それは紛れもなく、アリスとテイルの声だった。彼女たちもまた翔太と同様に、何か物音が聞こえたため、こっちに向かって来ていたのだ。

 メイサにもその声が聞こえてきたようで、彼女はドアを開けようと立ち上がった。しかしここで翔太が彼女の腕を掴んだ。


 メイサはどうしたのかと尋ねようと翔太の方を見ると、彼は女神に縋るような目をしていた。

 それでなんとなく彼の事情を察したメイサは、優しく彼の手を握ると「後で事情を聞かせてくださいね」とだけ言って、ドアの方へ向かった。


 この時、翔太はメイサの優しさに涙が出そうになった。どこぞの理不尽な神様よりも、彼女の方がよっぽど慈悲深い女神様だと心の底から思ったのだ。

 それと同時に、この街の人たちが彼女を尊い存在だと言った理由の一端を理解した。


 翔太がそんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。この時、彼はなぜ自分は部屋に入る前にノックをするという、至って常識的な行動をしなかったのかと内心で反省していた。

 そんな翔太をよそに、メイサは何事もなかったかのように返事をする。


「はい、どなたでしょうか?」

「……あぁ、メイサさんだったのね。物音がしたから来てみたけど、何かあったの?」

「いえ、ただ服が汚れてしまったので着替えていただけですよ。それにもう着替え終わりますので」

「そう……」


 アリスとメイサの会話はそこで終了した。翔太は女神の慈悲に助けられたのだ。

 そうして、アリスの声が聞こえなくなったのを確認したメイサは翔太の元へ戻ると、彼から事情を聴いた。


「……どういった経緯でこうなったのかを聞かせてもらえますか?」


 彼女の言葉で、翔太は洗いざらい全てを話した。

 彼がついメイサの着替えを見てしまったこと、それを誤魔化すために一計を案じたこと、しかし着替えを見てしまったことは決して覗きではなく、偶然であるということ。


 一通り翔太の話を聞いたメイサは最後に彼に尋ねた。


「本当にわざとではないんですね?」

「……はい」

「本当に偶然だったんですね」

「……はい」

「それならば、私は翔太さんを許します」

「えっ!?」


 翔太はメイサの言葉に耳を疑い、咄嗟に聞き返す。


「えっ? いいんですか、そんな簡単に俺の言葉を信用して?」

「では、先ほどの言葉は嘘なんですか?」

「いえいえいえ、滅相もない! 全て真実です!」

「だったら、それでいいじゃないですか」


 メイサはそう言うと、優しく微笑んだ。

 その笑顔に、翔太はようやく理解した。これは理屈ではなく感情の問題なのだと。


 これは「優しさ」の一言では収まらないもの、現代では失われ続けている「信じる心」だった。それは言葉にするのは簡単だが、実際にするのはとても難しいもの。

 人は自分以外の誰かの心の中を覗けるわけではない。だからこそ、どんなにその人を信用していても、心のどこかで疑いを持ってしまうのだ。


 しかしメイサは違った。彼女は他人を、しかも会って間もない(しょうた)を一切疑わなかったのだ。

 そんな彼女の姿は、どこぞの適当すぎる神様のせいで人間不信になりかけていた翔太にとっては、あまりにも眩しすぎた。


「ありがとうございます、女神様」

「急にどうしたんですか?」


 神に祈りなど捧げた事のなかった翔太だが、目の前にいる女神(メイサ)に感謝の祈りを捧げた。

 彼の身上を知らない彼女にとっては「なぜ?」の疑問が生まれるが、翔太は今も静かなままである。


 そうして沈黙が続くなか、翔太はここでこうなった元凶に目を向けた。メイサもその視線に気づいて、彼と同じくそれに目を向けた。

 すると、翔太はその箱を運ぼうとした。


「じゃあ、これ運びますね」

「いえ、私が運びますので、翔太さんはアリスさん元へ行ってあげてください」

「そんな! せめてこれくらいはさせてください。そもそもこれは元々俺たちの仕事ですから」

「いえいえ、それは私が手伝いますって言ったことですから、気にしないでください」


 翔太にとってこの行為は、メイサへのせめてもの贖罪だった。これ以上、彼女に優しさに甘えるわけにはいかなかったのだ。

 それに対して、メイサは頑なに彼に運ばせようとはしなかった。


 そうして互いに譲らない展開に発展した時、翔太はうっかり箱を傾けてしまい、それによりこぼれていたポーションがメイサの手にかかってしまった。


「あっ、すみま……」

「っつ……!」

「えっ!? これは……」


 ポーションがかかったメイサの手を見た翔太は驚きの声を上げた。

 なぜなら、ポーションがかかった部分はまるで火傷をしたかのように爛れていたからである。


 翔太はそれを見て最初に思ったのは、今ここにあるポーションが塩酸のような何かの劇薬ではないかということである。しかも見た目は他のポーションと全く同じと、極めて悪質である。

 彼はそう考えた時、最悪の未来が見えた。それは今まで運んでいた箱全部がこれと同じ劇薬ではないかという可能性である。


 もしもこの予想が当たっていて、誰かがこの偽ポーションを傷口に使うものなら、それこそ筆舌に尽くし難い苦痛となるだろう。まさに前代未聞の大事件である。


 その可能性を考慮した翔太はこのことを急いでギルドの職員に伝えるべきだと判断し、すぐに行動に移った。


「急いでこの事を報告しないと!」

「待ってください!」


 しかし翔太の腕を掴んで止めたのは、傷を負ったメイサだった。


「どうしたんですか?」

「これは……大丈夫なやつなので、言わなくても大丈夫ですよ」

「そんな怪我を負っているのに、何を言ってるんですか! そもそも大丈夫なやつって何ですか!?」

「だ、大丈夫なやつは大丈夫なやつです!」


 メイサは先ほどとは打って変わり、かなり強引な物言いで引き留めようとしてくるが、翔太はそんな彼女の手を振り払った。

 彼も彼女の行動に疑問を持ち、何か事情があるのかと考えるが、それでも今は伝えることを優先すべきだと考えていた。


 それに対して、手を振り払われたメイサだが、それでも諦めずに彼の腰にしがみつきながら、必死に止めようとしている。

 しかし翔太も一刻も早くこの事を伝えなければと考えていたため、メイサに申し訳ないと思いつつも、彼女を引きずるようにしながら部屋から飛び出した。


 すると、彼の目の前にいたのはアリスだった。


今回は内容が内容なので、次回の前書きは過去最長のものになりまーす。(前書きを書いて疲れたのは初めてだったなぁ)

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