拳読(鋏)
翔太は無事、“才能発見”を使えるようになった。残りの依頼である運搬仕事をしようとギルドに行くと、メイサと出会う。翔太は早速“才能発見”を使うと、彼女の特質な才能が“祈る者”だと判明。そこで翔太は彼女の能力について分析、なんとか能力を言い当てる。しかし能力の弱点に関して、△の回答をしてしまったため、弱めの電気ショックを受けた。
良い気分だったところに水を差された翔太はどうしたものかと頭を悩ませていると、すぐに倉庫に辿り着いた。
するとそこには、最後の一箱を見つめているアリスがいた。
「ん? どうした?」
「いや別に、私も今さっきここに来たから……」
翔太は呆然と箱を見つめているアリスに声を掛けたのだが、彼女との会話はいまいち噛み合っていない。
「そうか……あれ? メイサさんは?」
「そういえば、途中から姿を見てないわね。どこに行ったのかしら?」
「まぁ、確かに何も言わずどこかに行ってしまったのはあれだけど、元々これは俺たちの仕事なんだし、彼女が俺たちの仕事を幾分か肩代わりしてくれたんだから感謝すべきだよな」
「そうね。あとでお礼を言わないと……」
そこで翔太はいつの間にかいなくなっていたメイサを話題にするが、アリスの視線は未だに箱に向けられたままである。
ここでようやく翔太はアリスが言いたいことを理解した。
男は言ってもらわなければ分からないのに対して、女性は自分の気持ちを察してほしいと考えているものだが、翔太はそんな彼女が考えていることに少し呆れていた。
アリスは翔太に「最後の一箱を運んでほしい」と言っているのだ。しかも状況が状況なだけに、「男なんだから」と言われているような気がした。
しかし翔太も心身共に疲れているため、残り一箱とはいえ辛いのだ。
それと、とても今更なことだが、この運搬作業で翔太たちが入れたものを小さくするリュック型の魔道具を使用しないのは、その魔道具が希少なもののため使用が許されていないからである。
そんな理由で魔道具が使えない状況だからこそ、両者は残り一箱とはいえ重いから運びたくないと思っているのだ。
「……アリスの方が先に来てたんだから、アリスが運んでくれよ」
「いやいやいや、あんたはこんな美人に重い物を運ばせるというの?」
「自分で『美人』っていうのかよ……」
「あんたが私のことを『美人』って言ったんでしょ?」
「……耳が痛いな」
アリスは翔太にそう言うと、からかうような笑みを見せた。
それに対して、自分の自爆を利用された翔太も何か言おうとしたのだが、彼女の楽しそうな表情を見て、つい「可愛い」と思ってしまったのだから、もう何も言い返せないだろう。
返答に困っていた翔太はどうしたものかと頭を悩ませていると、ここである妙案を思いついた。
「……だったら、じゃんけんで決めないか?」
じゃんけん。それは勝敗を決める際に、最も手頃な手段の一つである。
そして何より良いのは、勝敗結果が明白に現れること。そのおかげで両者は必要以上の労力を使わず、平等に物事を決められるのだ。
「……仕方ないわね。いいわ、それで決めましょう」
「よし。じゃあ一回勝負でいいな?」
「えぇ。……じゃあ、いくわよ。最初は……」
「ちょっと待った!」
「何よ?」
「ここで俺は……グーを出すと予告するぜ!」
「……地味にウザい手できたわね」
じゃんけんを了承したアリスに、翔太はここで高らかに次の手を宣言した。
じゃんけんにおいて「宣言」とは、あらかじめ自分の次の手を相手に言ったうえで、実際にその通りの手を出すという方法である。
この方法の良い点は、対戦相手を心理戦に巻き込むことができるということである。これにより、何もしなければ運任せの勝負になってしまうじゃんけんは状況は一変させ、高度な心理戦へとシフトする。
しかもこの方法は相手がよく考える人、疑り深い人ほど有効な手である。
今回で言えば、翔太がグーを出すと宣言した時、アリスは当然彼が馬鹿正直にグーを出すはずがないと思うだろう。これにより、アリスの選択肢からパーが除外され、残るはグーかチョキの二択になる。
それはつまり、翔太が宣言した通りグーを出せば、少なくとも負けることはないのだ。
だから翔太は宣言の後に不敵な笑みを浮かべて、アリスの疑心をさらに刺激した。
そして翔太の思惑通り、アリスは彼の策にまんまと嵌っていた。疑り深い彼女だからこそ、翔太がグー以外を出すと思い、パーを出すべきではないと思考を誘導されていた。
しかし彼女はここでさらに一考した。それは彼女が「翔太が今の彼女の考えを予想したうえで、グーを出す」という可能性に気づいたからである。
つまり、彼女は「パーを出しにくくする」という翔太の狙いを見抜いたのだ。それにより、彼女の出す手は決まった。
「準備はいいか?」
「……えぇ、いいわよ」
翔太はアリスが考え終わるのを待ってから尋ねた。彼は今もまだ不敵な笑みを浮かべている。
それに対して、アリスはそんな翔太に未だ疑心暗鬼といった様子だった。
しかしそれこそが彼女のフェイク。内心では翔太の狙いを看破しているのだが、そのことを隠すことで彼に手を変えさせないための戦略である。
そして、雌雄を決する時が来た。
「「最初はグー……じゃんけん、ぽん!」」
自信満々に出したアリスの手はパー。しかしそれに対して翔太が出した手はチョキ。
予想だにしない決着に、アリスは呆然としていた。
まさか「宣言」というじゃんけんにおける心理戦を仕掛けてきた者が「俺がグーを出すと言ったから相手はきっとパーを出すはず、だから俺はチョキを出そう」なんて、単純すぎる思考をするはずがないだろう。だからこそ彼女はなぜ自分が負けたのか納得できなかったのだ。
それに対して、翔太は「計画通り」と言わんばかりの表情をしていた。もちろんそれは、アリスが考えているような単純な思考によるものではない。
翔太が使用したのは、「拳読」と呼ばれる方法である。
「拳読」とは、次の手を出す直前に相手の指の動き、正確には指を広げようとする動きを見せた時にチョキを出すという方法である。
じゃんけんにおいて、指を開く動きはチョキとパーの2つだけ。つまり、その動きを見せた時にチョキを出せば少なくとも負けることはないのだ。
ただし、「宣言」も「拳読」もあくまで確率の話であるため、この方法を使えば必ず勝てるというわけではない。
それでも今回の勝負では、翔太が勝利した。彼にとって、今はその結果だけがあれば良いのだ。
しかしそんな彼の思考が分からないアリスにとっては、翔太がチョキを出して勝ったという事実だけが残っている。
だからこそ、彼女は本気で悔しがっていた。
「なんで負けたか、明日までによく考えといてください。ほな、お願いします」
悔しがっているアリスに、翔太は勝ち誇った表情でそう言うと、仕事が終わったことを報告しようとギルドに向かった。
「……何あれ、すごくムカつくんですけど! すごくムカつくんですけど!?」
馬鹿にバカにされた気分のアリスは地団駄を踏み、その場を後にする翔太の背中を恨めしそうに見ていたのだった。
◇◆◇
アリスとの勝負に勝利した翔太は実に晴れやかな気分でギルドに向かっていた。
ちなみに、テイルは途中まで翔太と一緒にギルドに向かっていたのだが、どこからか漂ってきた美味しそうな匂いに釣られてどこかへ行ってしまい、今はいない。
つまり翔太は今、この世界に来て初めての「孤独」を感じていたのだ。いつもはやかましい、もといある時だけ口数が多い妖精と行動を共にしていることが多かったため、余計に静かに感じている。
しかし彼はその事に関して寂しいとは思わず、むしろ解放感に浸っていた。束縛とは言わないが、彼はテイルが傍にいると時々、神に監視されているような気分になることがあったのだ。だからこそ「一人」というこの状況を、彼は密かに楽しんでいた。
改めて感じる違う世界に、違う文化、そしてその環境下で生活している人々。人の笑顔は翔太がいた世界のものと変わらないが、それ以外はすべてが異なっている。彼は今、彼にとって未知だらけの世界にいるのだ。
「未知」は人の中にある好奇心を激しく刺激する。それは翔太も例外ではなく、彼もそのことについて興味を持っていた。
ここで翔太は、この世界を見て周りたいと思っている自分がいることに気づいた。
翔太も最初はそんな余裕なんてないと考えたが、旅をしながらも、きちんと神への試練のために特質な才能を集めていれば、神も魂の強制帰還などしないだろう。
そう考えると、彼はこの世界での楽しみができたと思い、内心わくわくしていた。
そんな風に思いを巡らせていると、いつの間にか翔太はギルドに到着していた。その事に気づくと、彼は自分が今するべきことを思い出し、気持ちを切り替えた。
そうして、翔太は仕事が完了したことを元気よく報告しようと中に入った。
「倉庫の運搬仕事は終わりましたよ……って、あれ?」
翔太が景気の良さそうな声で報告するが、そんな彼に返事をする者はいなかった。それというのも、そもそもギルドの中に誰もいなかったのだ。
先ほど来た時は他の冒険者たちもいて、まあまあ賑わっていたのに、今は受付嬢さえいない状況。
先ほどまで「一人」を楽しんでいた翔太だったが、流石にここまで誰もいないと寂しさを感じるというもの。
「すいませーん! ……返事はない、か。受付嬢さんもいないし、皆どこに行ったんだ?」
翔太は受付に行って再度呼んでみるが、やはり返事はない。翔太がどうしたものかと悩んでいると、ここでとある部屋から物音が聞こえた。
物音がしたと思われる部屋は入口から少し離れた小部屋。そこは入口からは見えにくい位置にあるため、翔太も受付の所まで行かなければ気づかなかっただろう。
翔太はすぐに誰かがいると思ってその部屋に近づき、ドアを開けようとした。しかしここでその動きを止めた。
それはこの部屋にいる者が空き巣である可能性を疑ったからである。
普通に考えれば、ギルドの関係者がこの部屋で何らかの作業をしていると思うだろう。しかし誰もいないという状況を踏まえると、話は別である。この隙に金目のものを手早く盗み、気づかれないうちにその場を脱する、それこそ空き巣の手口である。
だから翔太は空き巣がいるという状況を考慮して、そっとドアノブに手をかけると、中にいる者に気取られないようにゆっくりと回した。
そうして、翔太が慎重に部屋の中を覗くと、そこにいたのはギルドの関係者でもなければ人相の悪そうな空き巣でもない、ちょうど上着を脱いでいる最中のメイサだった。




