受け継がれる能力(狂)[前編]
タオはスペランディアに移送された。ハルトとエミルの仲に変化あり。彼女たちと別れた翔太たちは寂しさを感じつつもカヌチで行われた祭りで気力、体力を回復した。報酬もそれなりの額をもらった。
「はぁ……」
街での祭りも終わり、元の騒がしさを取り戻したギルドで、翔太は過去に類を見ないほどの溜息をついた。
いつもならばここでアリスが「どうしたの?」と聞いてくるのだが、彼女は今ギルドの依頼書が貼ってあるボードの前で依頼書を眺めている。だから翔太の溜息の理由を聞く者は誰もいない。
ただ、ここで新たな疑問が生まれる。それはなぜ彼女が依頼書を眺めているのかということである。
それというのも、翔太たちはタオとの一件により1週間は働かなくても生活できるほどの額の報酬をもらっている。そして今はエミルたちと別れて3日も経っていない。
つまり、翔太たちは金銭的な問題はないはずである。
しかし現実の翔太たちはほぼ無一文で、旅に必要な物を買う余裕もない状況だった。
そんな自分の状況を再確認した翔太はなぜあの時もっと慎重に行動しなかったのかと後悔していた。
◇◆◇
事の発端は祭りが終わった次の日、翔太たちはシシハに注文していたものを受け取るために再び鍛冶屋アルバンに訪れたことから始まる。
この時の翔太たちは祭りの雰囲気に流されたテイルが屋台で爆食いしていたのだが、それでも彼の懐はまだ温かく多少の余裕があった。だから翔太は店でまた何か買おうと思っていた。
そんな気持ちで店の扉を開けると、円らな瞳をした可愛い子供が彼らを出迎えた。
「いらっしゃいませー」
「おっ! イシハ君、お店の手伝いをしているのか? 偉いね」
「うん!」
翔太の言葉に、シシハの孫であるイシハは無垢な笑顔で頷いた。
そんなイシハを見て、アリスがキュン死にしそうになっているが、そんな彼女を無視して、翔太はすぐに本題に入った。
「ところでシシハさん……おじいちゃんはいるかな? いたら呼んできてもらっていい?」
「うん、いるよ。……おじいちゃーん! あの遠慮しまくっているお兄ちゃんが来たよー!」
翔太はイシハの言葉に内心、少し傷ついた。純粋無垢な声で言われると余計に心に響く。
それがイシハの印象なのか、それともイシハがシシハの呟いていたことを聞いていてそんなことを言ったのかと翔太が悩んでいると、店の奥から筋肉の塊とも言える男、シシハがやって来た。
「やっと来たか、翔太」
「はい、遅くなって……それは?」
「あぁ、ご察しの通りだ」
シシハが来た時挨拶しようとした翔太はそこで言葉に詰まってしまった。なぜなら、シシハが大事そうに箱を持っていたからである。
この状況で持ってきた箱の中身に察しがついた翔太は確認のためにシシハに尋ねると、案の定中身は翔太が注文していた首領の餞別から造られた武器だった。
玩具を目の前に出された子供のように浮き立っている翔太の心中を察したのか、シシハはすぐにその箱を翔太に手渡した。
すると彼の予想通り、翔太は驚くべき速さで箱を受け取ると躊躇うことなく開けた。そしてその中身を見て、初めて誕生日プレゼントをもらった子供のように感嘆の声を上げた。
その刃は黒曜石のような赤褐色の輝きを放っていた。また、その側面は石器のように多少凸凹しているが、だからこそ味が出ているとも言えるだろう。
刃の長さからナイフより短剣に近いため、シシハが武器に不慣れな翔太でも使いやすいようにしてくれたことが良く分かるものだった。
美術品のように美しい刃に見惚れていた翔太だったが、ここで気になることがあった。
それは別の意味で男心をくすぐるその艶麗な刃に対して、型に収めてからさらにその周りを包装するという、厳重というよりは過剰に包装してあったことだ。
そのことについて翔太がシシハに尋ねると、彼は困った表情を見せながらも笑いながらこの短剣の性能を語り始めた。
彼曰く、この短剣を軽く振っただけで彼が日頃から使っていたハンマーを真っ二つにしたそうだ。その言葉には使い慣れた道具をうっかりで壊してしまったショックと鍛冶師として予想以上の代物を造ったことへの喜びが混ざっていた。
しかしシシハはそんなことよりもこの短剣には受け継がれる能力があるということで大いに盛り上がっていた。
「受け継がれる能力?」
そんな盛り上がっているシシハとは裏腹に、翔太は初耳の言葉に疑問符を付けた。
すると、ここぞとばかりに今度はテイルが翔太に説明し始めた。
彼女曰く、受け継がれる能力とは首領の餞別の元となったモンスターの特殊能力が付与された道具のことで、その道具の所有者はその特殊能力を使うことができるというものらしい。
また世間では、能力によって多少の差はあるが大抵の人は優れた武器や魔道具よりも耐久性に難ありの受け継がれる能力を選ぶという。それほどの力が受け継がれる能力にはあるということである。
しかし翔太の武器は耐久性にも問題はないため、仮にこれが世に出た場合どれほどの値が付くか制作したシシハ本人でも見当が付かない。
それを聞いた翔太は初めてこの短剣の凄さを知り、再び感嘆の声を上げた。それと同時にこの短剣にはどんな特殊能力が備わっているのかという期待が高まっていく。
そのことについて翔太がシシハに尋ねると、彼は途端に苦い顔を見せた。
先ほどまであれほど楽しそうに話していたシシハの急変ぶりを見て、翔太も何か嫌な予感を感じたが、それでももう一度尋ねるとシシハは静かな声で答えた。
「……‘きょうか’だ」
「それって身体能力を向上させるほうですか?」
「……残念ながら狂うほうだ」
「おぉ~、『狂化』……」
シシハの答えに翔太もあからさまにテンションを落とした。
‘狂化’はゲームで言えば、身体能力を向上させる代わりに能力者に理性を失わせるという長所と短所がはっきりしている能力である。
翔太はこの時、ミノタウロスが冒険者たちに斧でガンガンやっていたことを思いだし、「あれか……」と一人納得していた。
そんなことを考えながらも、その問題はひとまず置いておくことにした翔太はとりあえず短剣の切れ味を試したいとシシハに伝えた。そこでシシハから街のはずれに雑木林があるということを聞くと、翔太は再びテンションを上げて店を後にした。
しかしこの時の翔太たちは知らなかった。
まさかあんな事件が起こるとは夢にも思っていなかった。
◇◆◇
店を後にして十数分ほど歩くと、翔太たちはシシハに言われた雑木林に到着した。すると翔太は早速、シシハから借りてきた試し切り用の丸太を適当な場所に設置した。
ちなみに、その丸太は翔太が普段使っているナイフでは刃が食い込む程度で切り裂くには至らなかった。
そんな丸太を前にして短剣を取り出した翔太だったが、ここで彼はある間違いを犯した。
それは彼が危険性よりも‘狂化’という未知の力に興味を持ち、なおかつ「少しだけなら」という人の興味を増長させる魔法の言葉を持ち出したことだ。そしてそう思ってしまっては、人はその衝動を止めることはできない。
そんな軽い気持ちで翔太は‘狂化’を発動させた。
と言っても能力を発動させる方法は受け継がれる能力によって異なり、翔太もその方法をテイルから知らされてはいない。だから本来ならば、「発動!」と大声で言ったり、それらしいポーズをしても発動させることはできないはずだった。
しかしその時翔太が取った行動は、何も言わずに短剣で自分の指先を少し切り付け、そのまま刃を傷口に押し付けたことだった。
彼自身、どうしてそうしたのか分からない。
ただ「発動させたい」と思った瞬間、まるで光に引き寄せられる虫のような、何かに導かれるように身体が勝手に動いたのだ。
そうして傷口から滲み出た血が刃を紅く色づけた瞬間、何か別のものが翔太の身体に入り込み、瞬く間に全身へと伝わっていった。
指先から痛みを感じてようやく意識を取り戻した翔太は当然、その正体不明な存在の侵入に抗うことはできなかった。それ以上に、短剣から流れ込んでくる力の勢いがあまりにも強すぎるため、翔太も咄嗟に短剣を手離すことができなかったのだ。
その結果、翔太は一時的に精神と肉体を分離されたような感覚に陥った。
しかしすぐさま意識を取り戻すと、翔太はゆっくりと丸太に近づき、彼自身でも認識できないほどの速度でいきなり切りつけた。
その瞬間、丸太に一線が刻まれると遅れて真っ二つに割れた。その断面は実に綺麗なもので、僅かな抵抗の後すらも感じさせないものだった。
それは短剣の切れ味もさることながら、翔太は自分の身体能力も飛躍的に上昇しているからとなんとなく理解していた。
これこそが‘狂化’の力である。
そうして良好な実験結果に喜んでいた翔太はここで終わりにしようと、能力を解除しようとした。
しかしここで問題が発生した。
それは能力を解除できないことだった。正直に言えば、この問題自体は翔太も予想していたことだった。
しかし彼が焦っていたのは、発動した時とは違って能力の解除の仕方が思い浮かばなかったからだ。あの時はなんとなくこうしたら発動できる気がするという直感にも似た感覚だったが、今はそれすらもないため何の手掛かりもなく事に当たらなくてはいけない。
ここで翔太はいつもの思考を失い、完全に力に飲み込まれた。
本来ならばこれは緊急事態で危険な状態である。しかし翔太は万が一自分が暴走状態になった時の保険を用意してあった。
それは翔太が少しでも怪しい行動を取ったら、付近に隠れて見ているアリスに薬で一時的に眠らせてもらうというものである。
もちろん、タオの時に使った強力なものではなく小一時間で意識を取り戻すというものである。
だからこそ翔太には少しだけ余裕と言うものがあった。しかし、いやだからこそそれが油断だったということに気づくことができなかった。
‘狂化’に支配された翔太は真っ先に一本の木のもとへ向かった。翔太自身、この行動が‘狂化’による破壊衝動によるものということだけは理解できていた。
しかしこの時ある疑問が生まれた。それはなぜ自分の周辺にある木ではなく、その木に向かったのかということである。
自分の行動に疑問を持った翔太だが、それでも彼は歩みを止めようとはしなかった。
そんな感情の矛盾を孕んだまま、その木のもとに辿り着いた翔太は短剣でその木を撫でるように二、三度切り付けた。
その瞬間、木は輪切り状態になり、一瞬で崩れた。
しかしこの時、翔太が驚いたことはその技と力ではなく、その上からアリスが降ってきたことだった。
「嘘でしょ!?」
アリスが驚嘆の声を上げるが、それも無理はない。
それというのも、アリスは翔太に自分が潜んでいる場所を知らせていなかった。そうしなければアリスが不意打ちできないからだ。
被害者が快諾したうえでの不意打ちというのもおかしな言い方だが、とにかく翔太の暴走を止めるために少しでも条件を有利にしたはずだった。
しかし今の翔太はなぜか一発でアリスの居場所を特定した。
もちろん、実は翔太から彼女の姿が丸見えだったという凡ミスは元盗賊である彼女からは考えられない。何なら、彼女は翔太の風上にいたため獣のように匂いで気づいた可能性も低い。
少なくとも視覚や嗅覚、聴覚で場所を判別したわけではない。ではなぜアリスの居場所を特定できたのか。
そんな謎が深まり困惑していた翔太だが、それを考えている暇はなかった。
翔太は落ちてくるアリスに短剣で斬りかかろうとした。アリスは咄嗟に煙魔法で作った擬似手で近くの木に捕まることで刃を躱し、そのまま翔太から距離を取った。
武器の性能で言えば、翔太の方が圧倒的に上だからアリスは避けるという選択肢しか取れないのだ。
そしてアリスは自身の高い敏捷性と周囲の地形を生かし、ひたすら翔太の攻撃を避け続けた。しかし翔太はその高い身体能力に物を言わせ、アリスに体当たりするように半ば強引な手で彼女を捕らえると、そのまま地面に押し倒して馬乗り状態になった。
「翔太、目を覚まして!」
逃げられなくなったアリスは翔太にそう呼びかけるが翔太の反応は変わらず、彼は飢餓の獣のような血走った眼で彼女を睨みつけていた。
翔太に自分の声が届いていないことに歯痒い思いをしつつも、アリスは即座に懐から強力な眠り薬を取り出した。それは作戦にはなかったことだが、そうしなければ自分がやられるとアリスは考えていた。それほどまでに彼女は追い詰められていたのだ。
しかし翔太は過去の記憶から知っていたのか、それとも獣としての勘なのか、迷うことなくその薬を弾き飛ばした。
そしてそのまま翔太は短剣を逆手に持ち替え、とどめの一撃を加えようと高く振り上げた。
投稿が遅くなってすみません。
自分で書いていてなんか長くなるそうだから前編としました。でも回想で前編に分けるって何か違和感がありますね。
まぁ、こんな自分ですがこれからもよろしくお願いします。




