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とりあえず神様を殴るためにはどうすればいいですか?  作者: タコガマ
第3章 人間の研究者編
36/64

人の強さ(縁)

タオの過去。タオは人間という生物が弱いから、人間を強化する必要があると考えていた。しかし今になって、その考え方が正しかったかどうか悩んでいる。

「それでは、報酬を渡します」


 きちんと整理整頓が行われているギルドの執務室で、受付嬢は笑顔でそう言うと翔太たちに小袋を渡した。その笑顔に対して翔太はようやくかと、苦笑いをしながらそれを受け取った。

 何しろ、報酬の話になるまでにそれなりの時間がかかっていたのだから、そう思ってしまっても無理はないだろう。



 脱出直後にもかかわらず、街まで休みなしで助けを呼びに行ったハルトのおかげで翔太たちは無事街に戻ることができた。しかしそれは三日前の話である。

 街に到着後、翔太たちはすぐにギルドに向かって事の顛末を伝えたのだが、報酬はすぐには出されなかった。それは翔太たちの話の内容をすぐに信じられなかったからだ。

 当たり前のことだが、翔太たちの話はこの世界の者にとって突飛すぎたのだ。「行方不明の人たちは発見できたが人の姿をしておらず、自分たちが連れてきた男に吸収されて命を落としていた」という報告を受けてもギルド側の人たちからすれば、どういうことなのか理解できなくても仕方がないだろう。


 そういった事情により、翔太たちの証言の裏が取れるまで報酬は認められず、当然彼らも勾留という形でギルドに留まることになったのだ。

 ただ幸いと言うべきか、翔太たちを地上まで誘った魔道具の机の中に研究資料がいくつか残っていたため翔太たちの話にも信憑性が生まれていた。

 それともう一つ、翔太たちがいた場所から少し離れた場所、正確にはタオが使っていたであろう搬入路があるところに生えている木の幹からエミルたちと同様に依頼を受けた冒険者たちが発見されたのだ。


 もちろん、死んだと思っていた者たちが生きていたというのは吉報と言っていいだろう。ただ唯一の不幸は、その報告を受けた時がギルド内で翔太たちの証言の裏取りや現地調査とするべきことが多すぎて手一杯といった状態だったことだ。そんな時に仕事がさらに追加となればギルド側もさぞや苦悩しただろう。


 その結果、翔太たちは「報酬の話は待ってくれ」と言われ散々待たされた挙句、勾留されているため外にも出られない状況、まさに暇だったのだ。

 ただその間は翔太も蓄積していた疲労が吹き出たのか本調子ではなかったため、ある意味では都合が良かったとも言えるのだが、それでも彼らには疑いがかかっているため気が気でなかったとしても不思議はないだろう。



 渡された小袋を見ながら翔太が今までの出来事を懐かしそうに振り返っていると、受付嬢の隣にした男が真剣な表情で翔太の方を見ていた。

 タンクトップにロングパンツととてもシンプルな恰好で、そこから見える引き締まった筋肉は見せかけではないことがよく分かる。何より、彫りの深い顔に刻まれた傷痕が彼の勇猛さを雄弁に語っていた。

 こちらが何も悪いことをしていなくても、とりあえず謝ってしまうほどの雰囲気が彼から出ていた。

 それがこのギルドの長である、ジルバ・カートンに翔太が抱いた印象だった。正直に言うとかなり強面の男だが、内心を悟られないように翔太は毅然とした態度で彼と目線を合わせた。すると、ようやく彼も口を開いた。


「ところで、報酬の件とは別に君たちに、正確には翔太君に話がある」

「どうしたんですか?」

「……実は君たちが捕らえたタオ・メイクンについてだ」


 ジルバの話は、一言で言えばタオの事情聴取が難航しているということだった。何を聞いても黙秘を続け、一向に先に進まないといった状況で、ギルドも苦労していたのだ。

 そんな沈黙の中、ようやく口を開いたかと彼は虚ろな目をしながら「翔太君と話がしたい」の一言だけを最後に再び口を噤んでしまった。


 本来ならばそんな要求が通るはずもないのだが、ギルド側もこれ以上仕事が増えるのは正直なところ避けたかった。

 それに、ずっと真顔だったタオが翔太の名を口にした時だけ表情が変わったところを見てしまっては、苦労していた聴取も円滑に進むかもという期待が高まる。


 そう考えたギルド側は特例として、タオの要求を受け入れたというわけである。


「分かりました」


 ジルバから話を聞いた翔太はあっさりとそれを了承した。しかし周りの者たちは翔太の代わりと言わんばかりに驚いていた。


「えっ!? そんなあっさりと了承していいの?」

「……確かに、私から持ち掛けたこととはいえ君にも拒否権はあるよ?」

「まぁ、そう言われるとそうですね……」

「……君はもしかして私をからかっているのかな?」

「あ、いえ、そういうわけじゃなくて……ただ俺もタオと話したかったような気がしたので……」

「……それはどういう意味かな?」


 ジルバに睨まれた翔太は戸惑いながらも答えた。ただ、最後の言葉を聞いて全員は、とくにジルバは困惑していた。

 その言葉はタオと通じるところがある、ひいては彼の脱走を手助けする気があるのかと深読みされても文句は言えないほどの言動である。

 その言葉を発した本人も内心では驚いていた。しかし彼にとってその言葉自体に大きな意味はない。ただ、翔太はタオが話ができると聞いた時、ほんの少しだけラッキーと思ってしまったのだ。また話ができる事に喜びを感じたのか、彼自身も分かっていない。


 そんな戸惑いと不安を抱えながら、翔太はタオがいる牢屋に向かった。


    ◇◆◇


 そこは魔法が使えない空間であり、さらには重工な扉で部屋を隔離している。また、食事を出す際も扉の隙間から渡し、他者との接触を極力禁じている。

 そのため、そこはこれ以上ないほどの静寂に包まれていた。


 ただ、その日だけは違った。扉を開ける時の重苦しい音がその部屋に響いているのだ。ゆっくりとしながらも確実に開いていく扉を耳で感じ取り、期待が高まっていく。そしてその音が止んだ時、少し怒りを含んだ声で名を呼ぶ声がその場に木霊する。


「タオ・メイクン! お前の要望通り、翔太君を連れてきたぞ」


 普段ならばその声を聞いても五月蠅いとしか感じなかったが、この時だけは彼も心が躍った。

 何しろこの世界で唯一と言っても過言ではないほどの理解者が自分の前に現れたのだから、玩具を渡された時の子供のように高ぶってしまうのも仕方がないだろう。


 タオはそんな気持ちを必死に抑えるように水を一杯飲み干すと、沈黙を破るように口を開いた。


「……彼と二人だけで話がしたい」

「何だと!? 貴様調子に乗るな……」


 タオの言葉に怒りを爆発させ、ジルバは身を乗り出そうとした。しかしそれを腕で遮ったのは翔太だった。そして一回頷くと、彼は渋々その場を後にした。

 そうして再び静寂が訪れる。しかし今度はすぐにその沈黙が破られる。


「調子はどうかな?」

「……あんたがそれを聞くのか?」


 翔太はタオの質問に質問口調で返した。何しろ、今目の前にいる彼は最初に見た時の健康そうな見た目ではなく、顔は蒼白で身体も痩せ細っているのだ。

 出されている食事は一応食べているらしいが、薬の影響が大きいのは誰の目にも明らかだった。


「それもそうだな」

「なんだそりゃ? まったく……あんまり我儘が過ぎるとジルバさんに怒られるぞ?」

「ははっ、やはり会話と言うものは今みたいに軽口から入る方が楽しいな。それに比べて彼らは駄目だ。こちらが軽口を叩こうものなら、恐ろしい形相でこちらを睨んでくる」

「あれ? 聴取をしても何もしゃべらなかったって聞いてるけど……」

「彼らの目が言っていたよ。『余計なことを言ったら殺すぞ』ってね」

「ハハハ! 確かにジルバさんの顔ってかなり怖いからな。でもそんな人の聴取でもしゃべらなかったなんてそっちこそ随分余裕だな?」

「顔に似合わず彼は優しいみたいで、私が病人だからということで拷問をしないんだ。その代わり、私への当たりがどんどん強くなってくるんだがね」

「いや、まぁ、物事が順調に進まないっていうのはイライラするものだからな。……あんたも少しぐらいしゃべっても良かったんじゃないか?」

「確かにその気持ちはよく分かる。……でも知ってるかい? 彼は基本的に物騒な顔を維持しているが、こちらがちょっと口を動かすだけで彼も眉をぴくっと動かすんだ。その反応が面白くて少し没頭してしまったのもまた事実だ」

「本当に余裕だな」


 翔太の呆れた声を聞いて、タオもまた笑みを浮かべた。そんなタオを見つつ、翔太もこんな会話をしていて良いものなのかと少し悩んでいたが、その時タオの言葉と今の状況を整理してようやく気付いた。

 それはタオが翔太との面会時間に制限を掛けていないことだ。本来、こういった形式の面会は時間を制限しているものだが、タオは最後まで時間を指定しなかった。だから翔太も最初はある程度時間が経ったらギルド側から「そこまで」とストップがかかるものだと思っていた。


 しかしそれでタオが満足しなければ、彼はまた沈黙に戻るだろう。そして彼は拷問で口を開くタイプではないうえに、ギルド側もそういったことは望まないだろう。だからギルド側はタオが満足するまでその我儘を聞き入れるしかなかったのだ。


 そこまで考えていたのかと、翔太は内心でタオの腹黒さに呆れていた。

ただ、翔太も会話を長引かせたいわけではない。すぐに真剣な表情で、タオに尋ねた。


「タオはなんでこんな実験を始めようと思ったんだ?」

「随分唐突だな。君は話の転換が下手だね」

「怒られたいのか?」

「……分かった、話すよ。でも君は私がしたことではなく、その動機を聞くのかね? 彼らならば、そんなことはどうでもいいと聞き流すだろうに」

「あんたがしたことはもう知ってる。でもどうしてそんなことをしたのかは分からない。だから聞くんだ」


 そう言った翔太は力強い瞳をしていた。タオもそんな翔太を見て、観念したかのように自らの過去を打ち明けた。

 それは翔太にとって、真顔を維持したまま聞いていられるものではなかった。話が続いていくのに比例してタオの表情が変わっていくのを目にするとなおさら辛く感じる。


 そして話の最後に、タオは弱々しい声で翔太に尋ねた。


「……私は間違っていたのだろうか」


 独り言のように漏らしたその問いは、タオが今まで心の奥底に隠していた本心のように聞こえた。

タオ自身、それを誰かに言ったことはない。言う相手がいなかったのもそうだが、それ以前に言ったとしても誰も答えてくれないと思っていたからだ。


 ただ、なぜそれほど隠していたことを出会って間もない年下の男に打ち明けてしまったのか本人でさえ分からない。もしかしたら彼ならば、想定を超える行動を取る人間ならばあるいは、そんな淡い期待があったのかもしれない。

 タオがそんなことを考えながら俯いていると、今度は翔太が口を開いた。


「……途中までは合ってたよ、あんたの考え方は」


 翔太は先ほどより落ち着いた声で答えた。そんな翔太の落ち着いている様子に対して、タオの心中は穏やかではなかった。

 驚きのあまり、反射的に顔を上げて翔太の方を見たが、彼の顔は嘘や冗談を言うようには見えない。

 だからこそタオは余計に分からなくなった。


 誰かに質問する時、その人の中ではある程度の答えが出ているものだ。それはタオも同様であり、彼の中ではすでに「間違っている」という結論が出ていた。

 しかし翔太から返ってきた答えは明らかな「否定」でもなければ沈黙という遠回しの「否定」でもない、明確な「肯定」だった。それが一部の「肯定」だったとしても、それはタオにとって予想外の事だった。


 いっそのこと強く「否定」してくれれば、どれだけ楽だったか。そうすればこんなに惑うことなく、素直に罰を受けたというのに。


 彼はなぜそんなことを言ったのか。

 そんな不満と疑問がタオの頭の中で膨らんでいく。


「……いや、まぁ、動物を模倣するっていう考え方は武術でも取り入れられてるわけだし、考え方自体はおかしなことではないと俺は思うが……」


 あからさまに動揺しているタオに、これまたあからさまな詭弁を並べる翔太。ただ、タオの耳にはそんな翔太の言葉はすでに届いていなかった。


「……どうして?」


 その時、放心状態だったタオは再び独り言のような小さな声で翔太に尋ねた。途端に翔太の表情も真剣なものに戻る。


「……あんたは人が弱いと言ったよな。それは間違ってない。人には足りないものが多い、これも間違っていない。でもな、弱いからこそ人は強いんだ」

「君はまだ詭弁を続けるのか?」

「これは詭弁なんかじゃない! 弱いからこそ人は誰かとつながり、その人のために限界以上の力を発揮することができる。そしてそのつながりが大きければ大きいほど、より強くなれる」


 翔太の矛盾めいた言葉に流石のタオも理解できなかった。翔太はずばり、たった一人でも誰かがいれば人は強くなれる、そんな弱さが人の強さと言っているのだが、内容を要約できてもやはりタオは理解まではできなかった。

 翔太が「肯定」したものはタオが最初に「否定」したもの、最後にはどうせ烏合の衆になり果てるもののどこが強いのか、到底理解できるはずがなかった。


「……そんなのはただの綺麗事だ。現実はそんなものが通用するほど甘くはない」

「そんなことは分かっている。その見えないつながりがどれだけ脆いかってことも含めてな」

「だったら……」

「それでも、人は心のどこかでつながりを求めている。今のあんたなら理解できるだろ?」


 翔太の言葉で、タオは妻と娘のことが頭に浮かんだ。

 彼女たちと過ごした楽しい日々、どれだけ疲弊していても彼女たちのためならば頑張ることができた。それは「弱い」はずなのに限界以上の力を発揮していること、つまりは「強さ」の証明だった。


「その様子だと心当たりがあるみたいだな」


 タオの表情が荒々しいものから優しいものに変わったのを見て、翔太は笑みを浮かべた。タオもそんな翔太の表情で彼に自分の心の中を見透かされたと思い、恥ずかしさのあまり顔を背けた。

 それと、翔太の感情論にも似た非論理的な考え方に納得してしまったことに少し悔しいと感じていた。


「まぁ、『弱さ』とか『強さ』なんて長所と短所と同じで表裏一体、捉え方次第で変わるもんだ。俺だってアリスたちには常識知らずだなんだの言われるが、それって凝り固まった概念に囚われない柔軟な考え方を持っているとも言える。……こう考えれば俺ってかなり知的に見えるな。タオはどう思う?」

「……フフフ」

「え? 笑うところあった?」

「ハハハハハ!」

「いや、あの『ハハハ!』じゃなくて……ちょっと?」


 翔太の軽口に、タオは吹きだして大声で笑った。それは決して翔太の冗談が面白かったわけではない。

 ただ、翔太の言い分を聞いてタオは理解したのだ、どれだけ自分が空回りをしていたのかということを。


「いや、すまない。ただ、今まで私は考えすぎていたんだなと思ってね」

「……そうだな。そういう時はいったん原点に戻るのが手っ取り早いな」

「原点か……」


 翔太に諭されてタオは自分の原点が何かを考えると、意外にもそれはすぐに頭に浮かんだ。


「……人に必要なものをつくる」

「……そうか」

「しかしこんな私に今更何ができるというのか……」

「……だったら義手や義足を作るのはどうだ?」

「そんなもの魔法があれば問題ないと思うが……」

「確かに魔法なんて便利なものはあるが、魔法でもできないこともあるだろ。腕や足を失った人を救えるはずだ。それに義手とかは見たことあるけど、あんたの技術に比べれば拙いものだったよ」

「……私が世間から離れていた間にそんなものができていたとはね」

「あんたの研究も無意味じゃなかったってわけだ」


 明後日の方向を向きながら翔太はそんな言葉を放った。するとタオは言葉に詰まり、恨めしそうな表情で翔太の方を見た。


「……君はそういうことを平気で言うから困る」

「俺は事実を言ったまでだ」

「まったく君というやつは……」


 得意げな顔をしている翔太に呆れつつも、タオもまた笑みを浮かべた。それは誰にも理解されずに孤独だった者が友人に送る、純粋な笑顔だった。


 その笑顔は本来ならば、できるはずがなかった。それは本人が一番理解している。しかしそんな彼を変えたのは他とは少し違うだけのただの少年。結果論だけで言えばそうだが、そもそも全く異なる人生を送ってきた両者が出会ったのはなぜか。それを一言で言うのならば「運命」という言葉が簡潔であり、適切だろう。

 二人を引き合わせたのは見えないつながりがあったから、たったそれだけのこと。本来出会うはずがなかった両者をつなげたその不思議な力を世間では縁と呼ぶ。


 そう思った時、彼は自然に笑みを浮かべていた。それは「運命」と言う言葉を嫌っていた彼が初めて運命に感謝した瞬間だった。


 そうして気が合う者同士の会話は終わり、翔太も役目を果たしたようにあっさりと部屋から出た。

 そして重苦しい扉が閉じられた時、タオは静寂が戻った部屋で外にいる者に聞かれないように嗚咽する声を必死に殺しながら、何度も何度も心の中で感謝の言葉を告げたのだった。


読んでいただきありがとうございます。

今回のを書き終わって、「今回結構書いたな」とか思っていたんですけど文字数を見てみたら、過去最高……じゃなくて逆に驚きました。おかしいな?

こんな自分ですが、これからもよろしくお願いします。

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