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とりあえず神様を殴るためにはどうすればいいですか?  作者: タコガマ
第3章 人間の研究者編
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人の弱さ(脆)

翔太が無事目を覚ました。

 男が目を覚ました時、そこは薄暗い牢屋の中だった。しかもそこは一般的な鉄格子で閉じ込めておくものではなく、対魔法用の特殊なものだ。その魔法耐性と頑強さの前では、力任せによる脱獄は難しいだろう。

 さらには、アリスの麻痺毒の効果がまだ切れていないのか、彼の身体にはまだ若干の違和感が残っていた。腕を動かすだけでも一苦労といったところだろう。


 そんな今の彼にできる事と言えば、鎮静剤が抜けて冷めた頭で考えるだけしかなかった。


「……私は間違っていたのだろうか」


 不意に漏れた言葉はその場に反響することなく消えていく。


    ◇◆◇


 男はこの世界でも有数の大都市、魔法都市スペランディアで生まれた。とはいえ、彼が生まれたのはその発展に恵まれた街の中心部ではなく、貧しさが目立つ郊外だった。

 それでも彼はその事で自分が不幸だと思ったことは一回もなかった。なぜならそこには大事な家族や友、愛する者たちがいたからだ。


 そして年月が過ぎて彼が20歳になった時、彼は結婚した。相手は同じ場所で育ってきた、いわゆる幼馴染の女性。

 さらに年月が過ぎると、彼と彼女の間に娘ができた。その子は甘えたがりの可愛い女の子だ。


 そうして娘が5歳になった頃、秀でた才能を買われた彼は都市の中心部で日々、都市の発展に尽力していた。最初は郊外出身の彼を良くないと思う者たちもいたが、彼の挙げた功績を見てそう考える人も少なくなっていった。

 それでも異なる考えを持つ者との衝突や郊外と都市の長距離の移動により、流石の彼も目に見えるほどの疲労が蓄積していった。

 しかし彼にはそんなことがどうでもよくなるような楽しみがあった。


 そのうちの一つは、玄関先で愛する妻と愛しい娘の「おかえり」という言葉を聞くことだった。その温かい笑みと優しい言葉があれば、彼は明日も頑張れると心の底から思っていた。

 また、家族と話をするのも楽しみの一つだった。今日あったことや娘の成長について、話題は何でもよかった。彼はただ、家族とのつながりを感じることができればそれだけで良かった。


 彼もそんな幸せの日々が続くと思っていた――あの時までは。


 その日もいつも通り、妻と娘に朝の挨拶をしてから職場に向かった。片道2時間ほどの距離にある職場に到着すると、一休みすることなく仕事に取り掛かろうとした。


 しかしその時、都市内にけたたましい警報が鳴り響く。


 それは都市に魔獣が襲来してきた事を意味している。ただ、こういった事情はスペランディアでは数年に一度あるかないかという頻度で起こっていたため、普段ならば彼も慌てることはなかった。

 しかし今回は違った。


 それは見張り役の兵士が魔獣たちの襲来に気づくのに遅れてしまったため、郊外で暮らしていた市民の避難が間に合わなかったという知らせを聞いたからだ。

 その知らせが届いたのは警報が鳴ってから一時間ほど経った頃だったが、それでも彼はすぐに職場から飛び出した。


 彼は願った、愛する家族の無事を。

 それで妻と娘が無事ならば、何人もの人が犠牲になっていても構わないとさえ思っていた。


 しかし彼の願いは聞き届けられなかった。


 急いで現場に駆けつけた彼が見たのは、破壊された住宅の残骸と生き物の死骸だった。魔獣に関しては駆けつけた兵士たちにより、すでに退治されていた。

 しかしそこに住んでいた人に関しては、わずかな生き残りしかいなかった。一縷の希望を持って生き残っている人を確認するが、そこに妻と娘の姿はなかった。


 すると彼は周りの制止を振り切って、既に形を失っていた我が家の中に入り瓦礫をどかし始めた。手や顔に汚れが付き、所々に擦り傷を作りながらも彼は必死に探した。それは明確な根拠があってした行動ではない、もしかしたらここではないどこかに出かけていたかもしれない、こんな自分を見て「そんな泥だらけになって、どうしたの?」と和やかに笑ってくれるかもしれない、そんな願いからの行動だった。

 しかし、彼はその場所で彼女たちを見つけてしまった。


 まだ幼い娘を庇ったかのように妻の背中には大きな爪痕が残っており、当時の状況を察するのは難くなかった。しかしそんな彼女が自らの命を賭してまで守ったはずの娘の胸には瓦礫の一つが突き刺さり、既に絶命していた。


 彼はその場に崩れ落ち、子供のように大声で泣いた。冷たくなっている妻と娘を抱きしめながら、涙を流すことしかできなかった。


 なぜ妻と娘がこんな目に遭わなければいけなかったのか。

 家にいたということは彼女たちは普段と変わらない生活を送っていたということだろう。そんな日に突然現れた化け物たち。

 彼女たちにとってそれがどれだけ怖かっただろうか、それは彼の想像をはるかに超えることだろう。


 彼は彼女たちを傷つけたものと守れなかったもの、そして何よりもそんな彼女たちを守れなかった自分自身を心の底から憎んだ。

 しかし彼はそう思いながらもそれを口に出すことなく彼女たちを埋葬した。そうして彼に残ったのはやり場のない怒りだけとなった。しかしそれも果てしない虚無感に飲み込まれ、いつの間にか彼は何もかもを失っていた。


 そうして大事な者たちを失ってから数日が経過した頃、彼はようやく出されていた食事に手を付けた。

 この数日はずっと妻と娘のことを考えていて、食べ物はおろか水でさえ喉をまともに通らなかったのに、今頃になって温かいスープの香りに誘われ、腹の虫が騒ぎ出したのだ。


「こんな時でも腹は減るものか……」


 彼は嘲笑気味に笑いつつも、置かれていたパンを一口大にちぎってそれを口の中に入れた。しかしパンの風味を感じることができず、口の中に残っていたわずかな水分もそれに吸い取られるだけとなった。


 味のないガムを噛み続けるような気分でパンを食べながらも、彼の頭の中にあったのはそれに対する不快感ではなく、先日の事だけだった。


 彼女たちはあんな死に方をするようなことをしたのだろうか。


 同僚たちからは「運が悪かった」、「今はゆっくり休め」と彼を励ますために言葉を掛け続けた。彼もそんな同僚たちの気持ちを察し、生気を感じさせるものではないにしろ返事だけはしていた。

 その時に印象に残っていたのは「運が悪かった」という言葉だった。


 神と呼ばれる者が「これが彼女たちの運命だった」と言うのならば、狂信者であれば納得したのだろう。しかし彼らに信仰心はない。祈っているだけで彼女たちが死ぬ未来を回避できるというのならば、それこそ彼は狂ったように祈り続けただろう。


 しかしこれは運命ではない。


 じゃあ何が悪かったのか。

 運という曖昧な考え方を除いたうえで、彼は少しの間考えた。それは彼女たちが死んで以来、初めてまともに頭を働かせた瞬間だった。

 そうして彼はその答えを導き出した。


「……人が弱いからか」


 それは彼女たちが未熟だったことを言っている訳ではない。彼が言ったのは人間という生物の脆弱さのことだ。

 一度気づけば、今までなぜ気づかなかったのかと自分を馬鹿にするほど当たり前のことだ。


 人間は身体を鍛えれば鍛えるほど、頭を働かせれば働かせるほど、その能力は向上していく。そして高い能力を持った人間は誰からも「強い」と呼ばれることになるだろう。

 しかしそれは同じ人間だからこその評価だ。


 どんな生物にも能力の限界が存在する。とくに、人間においては身体能力の低さがそれに当てはまるだろう。

 確かに、人はその種族差を高い知能で補うことで、他の生物と互角以上の戦いをしている。しかしそんな自慢の知能でも人よりも遥かに高い知能を持つと言われているエルフから見れば、人間が知能に長けた生物と主張するのはなんと烏滸がましいことかと思うだろう。


 強いて言えば、他の種族より数が多いのが人間の強みといったところだろうか。しかしそれも混乱していては、その高い知能も数も意味をなさなくなる。

 そんな人族(もの)を果たして「強い」と言えるのか。


 じゃあ、そんな足りないものだらけの生物を強くするためにはどうすればいいのか。

 答えは単純明快、足りないものを足していけばいいだけだ。


 その時、彼が足りないものとして最初に思い浮かんだものこそ「野生」だった。「本能」とも言い換えても良い。人間は野生の生物のような危機察知が足りないのだ。

 ならば今から「野生」を手に入れるために適当な人間を森に放り込めばいいのか。


 それは断じて否だ。確かに、そうすれば人間の中にある「本能」が目覚めるだろう。しかしそれはあくまで「逃走」のためのものであり、彼が求めていたものはそんなものではない。


 じゃあどうすればいいのか。その答えもまた単純なもの、ほしい能力を持つ生物から奪えばいいのだ。

 猛獣の鋭い爪、索敵も可能な優れた嗅覚、刃物でも貫くのが難しいほどの強靭な肉体。ただの獣ではなく、魔獣もその中に含めるならば、その可能性はまさに無限大。

 仮定の話をするのならば、それができていたらどこぞの門番は遠くにいる魔獣たちをいち早く見つけることができていただろう。どこぞの兵士たちはいち早く住民の危機に駆けつけ、少しでも多くの人たちを救うことができただろう。


 その答えに辿り着いた時、彼の目には慰楽の光が戻っていた。そこでようやく彼は空腹を再認識した。そして残っていた食事を完食すると、実に晴れ晴れしい表情で部屋から飛び出していったのだった。


 そこから彼は周りの人の心配をよそに研究を始めた。しかしそれは早い段階で、中止を命じられる。

 それは彼が行っているのが、どんなお題目を並べようとも紛れもない人体実験だったからだ。しかもその目的は曖昧で、傍からは自己満足のようにしか見えない。周りの誰もが彼の研究を非人道的な行いだとみなし、やめさせようとした。


 しかし彼はもう止まれなかった。それが彼の生きる理由であり、何よりもどんな結果になるのかと一人の研究者として気になって仕方がなかったからだ。

 そうして彼は自分を認めない人間たちから距離を取り、スペランディアから出ていった。


 その数年後、研究を続けていた彼はそこで「脳」と「神経」という仕組みを知ることになる。そこから彼の人体実験の日々が始まる。


 最初は人間に必要だと考えたから、そうしようと思った。しかし次第に彼の中でこうしたらどうなるのかという好奇心が大きくなっていき、最終的には研究の結果だけを見るようになっていた。

 目的が変わっているのに、それがおかしいことにすら気づかない。


 だから、彼は止まろうとしなかった。そして邪魔する(もの)は誰であろうと排除するようになった。


    ◇◆◇


 そして現在に至る。


「……私は間違っていたのだろうか」


 誰かが間違いを具体的に指摘してくれれば、どれだけ楽だったことか。しかし、彼の考えをまともに聞き、なおかつ理解してくれる人はいない。


 一生答えが分からない問いに、男はただ絶望するしかなかった。


読んでいただきありがとうございます。

確か、先週の水曜日辺りに投稿したはずなのに……最後の投稿ボタンを押し忘れたみたいで投稿されていなかった事実にとてもショックでした。(夜遅くまで取り組んだ宿題を家に忘れてきた学生の気分)

言い訳すみません。こんな自分ですが、これからもよろしくお願いします。

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