実験開始(薬)
タオが全戦力を集結させる。ハルトの攻撃で戦意を取り戻した翔太たちはタオたちに作戦を仕掛ける。その作戦が上手くいき、タオは戦闘不能状態となる。追い詰められたタオは最悪手段を取ることを決意する。
それはタオが面白半分で作ったものである。その時は絶対にそれを使うことはない、いや使わないほうが良いだろうとさえ考えていた。ましてやそれを自分に使うことになるなんて夢にも思っていなかった。
翔太の作戦により負傷したタオは最後の力を振り絞って懐から注射器のようなものを取り出した。これを一度使えば元に戻れる保証はない、そして確実にすべてを失うだろう。そんな戸惑いがタオの動きに躊躇を生む。しかしそんな彼を突き動かしたのは翔太たちに一泡吹かせたいという意地ではなく、研究者としての純粋な探求欲だった。たとえそれがどんなに危険なものだったとしてもいったいどんな結果をもたらすのか、1人の研究者として知りたかったのだ。
腕を動かすことさえ困難ななか、タオは不敵な笑みを浮かべる。この結果に関しては全く予想ができない。それすなわち、未知。あらゆる可能性を持ちながらも、それすら凌駕する可能性も秘めている。そんな楽しみと期待を込めてタオは自分の腕に薬を撃ち込んだ。
「……実験開始だ」
「お前、今何をした!?」
煙が晴れたことで、タオが倒れているのを見て敗北したことを悟った狼たちは戦意を失っている。それによりアリスとエミルは翔太たちと合流していた。そんな時、タオが何かしているのに気づいた翔太は急いでタオの元まで行き、行動を止めさせた。しかし取り上げた注射器の中身は既に空で、タオも狂気じみた笑みを浮かべている。それはもう嫌な予感しかしなかった。
「答えろ! 今打ったのは何だ!?」
翔太はタオの胸倉をつかみながら問いただすが、タオは何も言わずただ笑っているだけだった。そんな様子からタオが何をされても話さないことを悟った翔太は周りに危険だと警告しようとした時、タオの様子が急変した。
「うっ……か、身体が熱い!」
「どうしたんだ!? おい……」
突如タオの身体を襲ったのは身体の内側にある何かが爆発しているような感覚。その時のタオはこれが痛みだと思い、胸を押さえて苦しんでいた。しかし実際はタオの脳がアドレナリンを多量分泌していたため苦痛を認識するはずがなかった。タオが感じている熱さの正体は文字通り、身体の急激な変化。薬を注入したことで身体の骨や筋組織、細胞までもが変化し、その影響が表れていたのだ。そしてそれは今もまだ続いている。
タオの悲鳴を聞き、駆けつけたアリスたちは翔太に何があったのか聞くが翔太も何が起きているのか分からなかった。
「今の悲鳴は何!? 何があったの!?」
「いや、俺も何が何だが……いきなりこいつが身体に何か注入したみたいなんだが、そしたら急に苦しみだしたんだ!」
状況を把握できずに焦っていた翔太たちとは裏腹に、タオはいつの間にか静かになっていた。それはもちろん息をしなくなったという意味ではない。ただそれほど静かになっていたタオは今まで以上の不気味さを醸し出していた。
そんな時、突然その沈黙を破るようにしてタオの身体が脈打つ。目の前にいるタオは誰が見ても戦闘不能な重傷者、この場で最も弱っているのは間違いなくタオだろう。それにもかかわらず新たな生命が誕生するような予感と圧倒的な存在感があった。
そしてその身体から大量の赤色の物体が飛び出し、タオの身体を覆っていく。それは筋肉のように引き締まっているが、水のように柔軟に形態を変化させていく。その瞬間、全ての狼とゴーレムがタオのほうへ引き寄せられる。彼らはその見えない力に抗おうとするが、狼たちはおろか、ゴーレムたちまでもがその力に為す術がなかった。そして彼らの身体が赤い物体に接触すると、大小関わらず全員が赤い物体に飲み込まれていった。それはまるで赤い物体が成長するために栄養補給をしているようだった。
そうして構成されていった物体は最終的にさっきのゴーレムよりも一回り大きい、15mほどの大きさまで肥大化し、頭部のない人体のような形に収まっていく。そして上部にゴーレムのものと似た黒い宝石のように輝く部分が浮き出る。その部分が人の眼球のように周囲の状況を見て確かめるような動きを見せると、すぐに翔太たちに狙いを定めた。そこでようやくその物体の動きが止まった。
タオが使用した薬は狼やゴーレムたちの中でのリーダー格に使うのが正しい使い方と言えるだろう。脳を移植されて生まれたゴーレムとは違い、この薬は摂取した者の肉体そのものを変化させる。もちろん、ただ肉体を変化させるものではない。その薬の真骨頂はリーダー格が文字通り司令塔となり、部下にあたる者を自身の血肉に変えて力を得ることである。その者の地位が高ければ高いほど薬は効果を発揮し、得る力も大きくなる。今のタオは肉体的強さを獲得したのだ。
しかしこの薬にも副作用がある。それは一つの目的しか考えられないことである。その意味は決して暴走状態になるというわけではなく、むしろ薬に含まれている鎮静作用によりタオは今までにないほど落ち着いている。しかしそんな状態でも薬が効果を発揮した瞬間に考えていたことを自分の使命だと錯覚するほど、何をおいても最優先されるものと認識してしまうのだ。それは司令塔としての高い知力を持っているにもかかわらず、その目的以外に使用することができないということである。
当然、タオはその薬に高い知力に制限をかけてしまう効果があることを知らない。だからこそたちが悪かった。なぜならタオが考えていたことが「欲しい」だけだったからだ。それは翔太の存在や知恵、敵や役立たずの命など、その時のタオの中では様々な意味合いを1つの言葉で表している。しかしそれは殺すと手に入らないものもあれば、殺すという意味合いもあるため、今のタオの中では生かすか殺すかの線引きができずに混在していた。そして至った結論が自分の手中に翔太たちを収めることだった。それは翔太たちの命を握るということではなく幼児が人形を扱うような、文字通り翔太たちを捕まえるということである。
そんなタオは無造作に翔太たちに片手を伸ばした。それは攻撃というわけではなく、翔太たちの手前で動きを止めるとそこで手を開きそのまま待機している。
「さぁ、早く乗りたまえ」
「何の真似だ?」
「君たちは私のものだ。だから早くしてくれ」
「……俺たちはあんたのものじゃない」
「君たちは既に私のものと決定している。君の意見は聞いていないよ」
「何度も言わせるな! 俺たちはあんたのものじゃない!」
頭部のあたりから聞こえてくるタオのくぐもった声で発せられた言葉と奇妙な行動に、恐怖よりも不気味さを感じていた翔太は恐る恐る質問したが、返ってくる言葉は我儘な子供のようなものばかりで、タオがまともに会話する気がないということしか分からなかった。もちろん翔太たちはタオの言うことを聞くはずがなく、強い拒否反応を示す。
その時、何の前触れもなく巨大な拳が翔太たちめがけて飛んでくる。風を切る音が尋常ではないその一撃は翔太とエミルに“反射壁”で防ぐという選択肢を与えなかった。アリスとハルトもそのことを何となく理解できていた。全員が全力で横に飛んだことでなんとかその一撃を避けた翔太たちはさっきまで自分たちがいたところを見てみると、そこには拳の痕がくっきりと残っていた。訓練所とも言われている場所だから足場も相当に頑丈なはずなのに、それさえも軟らかいと錯覚してしまうほどの痕が残っている。それほどの攻撃力は今のタオが持っていてはいけないもののうちの1つだった。
「……君たちが私のものだと言うまで許さない」
静かにそう告げたタオは怒りを隠しきれていなかった。そんなタオは我儘な子供のように力任せに翔太たちを踏みつけようと足を高く上げ、それを躊躇せずに振り落とした。その攻撃はただの踏みつけ攻撃だが、下から見ていた翔太たちにとっては岩盤の崩落、自然災害と何ら大差はなかった。
そんななか不幸中の幸いと言えるのはタオが標的だと定めていたのが4人だったということだ。仮に1人、2人ならばその分攻撃の密度は跳ね上がる。それに加え、今のタオは冷静ながらもその判断力は歪んでいる。それ故に4人全員を標的として平等に扱い、集中的に誰かを狙うということはなかった。しかしだからこそ、そのために回避し続けている翔太たちも反撃に移る隙がなかった。
その時、辺りを大量の煙が包み込む。それがアリスの援護だとすぐに理解した翔太はタオが足を上げた瞬間、“反射壁”で無防備になっている片足を攻撃した。相手が豹変しても翔太がやることは変わらない。足元から崩して突破口を見つけようとした翔太に続いて、エミルとハルトも倒れかかっているタオに攻撃を仕掛けようとする。
そんななか、タオは倒れそうになる流れにあえて逆らわずそのまま地に背を付ける。その瞬間、タオはブレイクダンスのようにその巨体を回転させた。遠心力が加わった分、その攻撃は純粋な力技よりも強力になっている。当たれば間違いなく挽肉状態にされるだろう。その時、運が良かったことといえばアリスの近くにはエミルが、ハルトの近くには翔太がいたこととエミルと翔太がほぼ同時に“反射壁”を発動させたことである。
タオの思わぬ攻撃で虚を突かれた翔太とエミルは無駄かもしれないと思いつつも“反射壁”を発動させた。それを別々のタイミングで発動させていてもこの攻撃に対しては紙の盾と変わらず、時間稼ぎにもならなかっただろう。しかし偶然とはいえ、ほぼ同時に発動させたことでわずかながらタオの回転が妨げられたのだ。結果として、発動させたタイミングの微々たる差が翔太たちを窮地から救った。タオの攻撃をなんとかバックステップで避けた後に巻き起こった嵐のような風が攻撃の恐ろしさをさらに引き立てる。それを感じて翔太たちのなかで安堵がこみあげてくる。
翔太の行動すらも攻撃に利用したタオに悔しい感じた翔太だったが、それ以上に腑に落ちないことがなかった。それはタオの機能性である。4人に対して全体攻撃をしているのに、避けるので精一杯なほどの攻撃密度というのは明らかに異常だった。それができるということは、タオが今の自分の身体を完全に使いこなしているということである。
他のゴーレムたちは自分たちの身体が変わったことで動きの精密性が下がっていた。しかしタオはそれ以上の変化をしたにもかかわらず短時間で適応している。タオの感覚が優れていると言うのならばそれで納得するしかないが、そうじゃなかった場合タオのなかで何が起こった、いや何が起こっているのか。そんな事実と予感を認めたくはなかったが目の前で起きている以上認め、想定するしかなかった翔太は苦虫を噛み潰したような表情を見せ、悪態をつくことしかできなかった。
読んでいただきありがとうございました。
投稿が遅れてすみません。こんな自分ですが、ぜひ評価をお願いします。
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