現代の主流(燃)
まだ太陽が真上に昇り切っていないにも関わらず強い日差しがフギリ大森林に降り注ぎ、若干の蒸し暑さを感じさせる。そんななか翔太たちはエミルたちの情報通り、大森林にある木造の2階建ての民家を発見し、様子を窺っている。その民家の周りだけ木や草が無く、茶色い地面がむき出しになっていることと、今や危険地帯になっている場所に立地していること以外はどこにでもあるような建物だが、だからこそ得体のしれない不気味さを感じさせていた。
昨夜、エミルたちの部屋で情報を共有した後で今後の方針を話し合った結果、出来るだけ早くギルドからの依頼を行うべきだという結論になった。本来、体力を回復させると共に色々と準備を整えるべきだが、そんな結論に至ったのはエミルたちが受けた依頼が「フギリ大森林にある木造の建物とその所有者について調べること」だったからである。
この依頼は1か月ほど前から様々な事情でフギリ大森林に向かった人たち計30人以上が行方不明になったことと、その行方不明者が出たのとほぼ同時期にできたと思われる、以前にはなかった木造の建物が彼らの捜索中に発見されたことで、ギルドがこの木造の建物と行方不明者の因果関係を調査するために冒険者に現地に向かわせたことが始まりである。
しかし行方不明になった人もいれば何の問題もなくフギリ大森林から返ってくる人もいたため、ギルドはこの案件をそこまで危険視せず、行方不明者の捜索と救助という戦闘が発生しない依頼として評価していた。そんな依頼が危険視されるようになったのは、エミルたちが受ける前にその依頼を受けた何人もの冒険者たちがチームを組んで大森林に向かったのに、ギルドに帰ってきたのがたった1人だけだったからである。
虚ろな目をしていたその者は森林に入って報告にあった建物に向かって進んでいたところ、突然狼のようなモンスターに襲われ、自分以外が殺されたとギルドに伝えた。しかしその場にいた誰もがフギリ大森林でモンスターが出るという話をほとんど聞いたことがなかったため、モンスターではなく本物の狼に襲われたのではないかと考えたが、その考えはすぐに否定されることになる。
生き残った者が自分たちを襲ったのがモンスターだと証言する要因は2つ。まず1つ目は襲ってきた狼たちの闘い方にあった。
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「おい……向こうの茂みで何かが動いたぞ」
「噂の行方不明者かもしれないが…念のためだ、ゆっくり近づいていくぞ」
彼らが大森林に入って1、2時間ほどたったころ、茂みから何かの気配を感じた冒険者たちがその茂みに慎重に近づき、その気配の正体を確かめようと身構えつつ近づいていった時だった。物音をたてないように慎重に茂みに近づくほど全員の意識がその茂みに集中し、そしてあともう少しで茂みの向こうを確認できると思った時、突然周囲の茂みから何匹もの狼たちが飛び出し、冒険者たちを奇襲した。
「何!? いつの間に……」
「全員、戦闘準備を…ぐぁ!」
「こいつら、俺たちの目を狙ってるのか!?」
「痛ぇ……くそ、目をやられた! 何も見えねえ!」
奇襲された冒険者たちが一番驚いたのは狼たちが自分たちに気づかれることなく接近していたことではなく、奇襲に成功した狼たちの最初に取った行動がその首元に牙を突き立てることではなく、研ぎ澄まされた爪で目を引っ掻き視界を奪うことだった。奇襲をされた上に即座に視界を奪われた冒険者たちは目元を手で押さえながら苦痛の声を漏らすが、そんな無防備な状態を狙いすましたかのように狼たちが襲い掛かった。そんな流れるような展開に冒険者たちは連携を取るといった指示を出すことすらさせてもらえなかった。
しかしそんななかでも鎧を着用していた者たちは狼たちの攻撃からかろうじて身を守ることができたため比較的まだまともに動けていたのだが、彼らが武器を使おうとすると何匹かがその刃や腕に噛みつき武器が使えないようにすると共に、他の何匹かが彼らの上に乗り、自身の体重で地に伏せさせた。そして頭部や膝裏、鎧の関節部分など防御が薄い個所を的確に攻撃されたことで、彼らは抵抗むなしく次々に倒されていった。
「て、撤退だ! 全員撤退しろ!」
何人もの冒険者が倒れていく凄惨な状況で撤退命令を出して逃げようとする者が出てきた時、そんな彼らを見た狼たちは倒れている者への攻撃を中断し、逃げている者を優先的に襲い始めた。そしてその強靭な爪で手首や脚の腱を集中的に狙い次々に冒険者たちを行動不能にしていった。少しして動けずにいた者たちに抵抗する力がないのを確認した狼たちは彼らにゆっくりと近づき、その喉元に牙を突き立て頸動脈のみを綺麗に引き裂いた。
ギルドに帰って来た彼が生き残れたのは彼だけが偶然、強烈な刺激臭を放つ玉を所持しており狼たちの嗅覚を一時的に麻痺させたこと、そして走って逃げるのではなく即座に木に上って姿を隠すことを選択したからだ。そんな彼は木の上から一部始終を見て確信していた、狼たちが冒険者たちの喉元に牙を突き立てようとすると動きが止まり人間の反撃を食らう可能性があるから爪で攻撃していたことや、常に動き回ることで的を絞らせないようにして隙あらば人体や防具の弱点を攻撃することが効率的で有効だということ、そして何よりも人間という生き物の行動や心理、弱点を理解したうえで行動していることを。
しかしこれだけなら知能が高い1匹が他の狼にそう指示しているのではないかということも考えられるが、彼がそうではないという根拠はもう1つの要因。
それは冒険者たちの血で大地が赤く染まり、その場に噎せ返るような鉄の匂いが充満していたときのことだった。彼が震える身体を必死に押さえつけながら息を殺して様子を窺っていると、突然先ほどまで四足歩行をしていた狼たちが二足歩行で立ち上がり、殺した冒険者たちの手足を持って運ぼうとし始めた。そしてその時彼が見たのは、狼たちの目元が緩み口角が上がる、まるで人間のような愉悦を含んだ笑みを浮かべていた瞬間だった。
表情筋は人間のような生物にしか発達していないもの、それにも関わらず浮き出た笑みからは狂喜しか感じられなかった。それを見てしまった彼の頭の中には既に狼という種の生物ではなく、化け物という言葉しか思い浮かばなかった。
不気味さを感じさせる狼たちはなぜか少し戸惑った様子で再び四足歩行に戻ると冒険者たちの手足を咥え、まるで体に傷が付かないように細心の注意を払って運んでいるようにゆっくりと体を地面と平行になるように持ちながら森の奥へ消えていった。
生き残った彼の頭の中には仲間を殺されたことへの復讐心や、あの化け物たちの正体が何なのかという疑問は全くなかった。あったのは純粋な恐怖と自分の幸運へのわずかな感謝だけだった。そのまま1時間その場を動くことができず、ただ震えていた。
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彼の話を聞いて行方不明者の件との関係性はまだ分からないが、ギルドは人を殺しその身体を持っていった生物を無視することはできないという結論を出したため、エミルたちが受けた依頼と並行して他の冒険者と共に調査することになった。そのため他の冒険者も別ルートから調査しながら木造の建物を目指している。
「しかしエミルさんから聞いた話と今まで起きたことから考えると、翔太が言ってたあのゴーレムとかいうモンスターとその知能が高い狼みたいなモンスターを使役している人が同一人物である可能性があるってことよね? それってどんな最悪の展開よ……」
「あぁ、確かにそうだな。じゃあとりあえずテイル、あの家見てきてくれ」
「ワタシはツネニ翔太様トイッショデスノデ」
「うわぁ、棒読み感がすげ~」
「皆さん、仲が良いのは分かりますが依頼の最中なんですからもう少し緊張感を持ってください……」
建物の様子を窺っているが全く変化が無いため、痺れを切らしたアリスは愚痴をこぼすように周りに語りかけると、それに同意する翔太が何だか余裕そうにしているテイルに無茶ぶりをしている。そんなお笑いのムードをつくる翔太たちに流石のエミルも注意した。
「でもここまで何もないと、こっちから動かないと相手も動かないんじゃないか?」
「しかしそれでまたゴーレムがやってきたら、昨日と同じパターンです」
ゴーレムが1体だけではないと考えているエミルたちは前回と同様の罠が発動するのではないかと危惧していた。もちろん翔太も1体だけではないという考えには同意しているが、翔太が本当に危惧していることは別のことだった。しかしこの時の翔太は確証の無い事、予感に近い事をむやみに口にすることは余計な混乱を招くだけだということを理解していたためそのことをアリスたちに伝えようとは思っていなかった。
それと同時にこの時の翔太は嫌な予感ほど当たりやすいことをまだ知らなかった。
「しかしそれにしても他のチームが来た気配がないんだけど、これは俺が気づいていないだけ?」
「いえ、おそらく彼らはまだここに到着していないと思います。他のチームが来ていれば、私たちが先行して囮になるっていう手もありますが……」
「僕たちより先に来て、すでに建物内にいるっていう可能性は?」
「いえ、ここに着いたら調べるより先に合流するっていう手筈ですから、おそらくそれはないでしょう」
「それじゃあひとまず、家の周りを散策しながら他のチームを探すってのはどう?」
他のチームと合流するはずだったが肝心の人たちが来ないことに疑問を持つ翔太に、これからどうするか色んな意見を出し合っているエミルとハルトだったが、最終的にはアリスの意見を採用し、入れ違いが無いようにそれぞれ翔太とアリスとテイル、エミルとハルトの二手に分かれて建物を中心に円を描くようにまわりながら他のチームを探すことにした。
しかし時間をかけて探してみても誰の姿も目にすることはなかった。さらに建物の周りも見てみたが何かが建物に向かった跡すらなかった。それはエミルたちも同様だったようで、頭を悩ませていた。
「さて、これは行くしかないのか? エミルさん、ちなみに前回はどのタイミングでゴーレムが現れましたか?」
「……どのタイミング? あぁ、私たちがあの民家のドアを開けようとした時です」
「じゃあ行くか! エミルさんたちはここで何か起こった時すぐに動けるように待機していてください」
「はい!? ちょっと待ってください! 翔太さんは昨日もそうやって……」
「まあまあ、落ち着いて、ちゃんと話しますから。俺が行く理由は主に2つ、1つ目は俺にも“反射壁”があるから何かが起こっても自分の身は守れるから、2つ目は俺には遠くから誰かのサポートができるほどの技術はないからです」
どうしようか悩んでいるエミルたちの沈黙を破るように話を切り出した翔太が、そのままエミルに素朴な質問を投げかける。翔太の意図が分からなかったエミルは素直にそれに答えた。すると次の瞬間、翔太が自分が様子を確認してくると言ったためひどく驚いていた。
しかしエミルは翔太の言い分に、翔太が考えなしにそんな危険なことをしようとしている訳ではないことを理解した、というよりは翔太の考えで少し納得してしまう部分があったのだ。
提案した張本人である翔太も囮という危険な役目を担うのは嫌だというのが本音だが、ただこの状況から客観的に見ればこれがベストだという結論に達してしまったのだ。しかし翔太の中ではエミルに言ったことがあの建物に近づくための建前だったと言えば否定できないのもまた事実、翔太としては手っ取り早くこの依頼を達成したいという願望があり、その方法を既に思いついていた。
「……確かに少し納得した部分もありますが翔太さんが囮になることには変わりません、やはりここは私が行きます!」
「この役を任せられるのは……信じられるのはエミルさんたちだけなんだ。だからエミルさんたちも俺を信じてくれ!」
翔太は意外と頑固なエミルを真っ直ぐな瞳で見つめ、力強い口調で答えた。翔太自身、我ながら嘘くさいかなと思いつつエミルを見てみると、エミルは何かを悟ったような顔をしていた。
「……分かりました、何が起こっても私たちが翔太さんを守ります! でも翔太さんも無理はしないでくださいね?」
「はい、では行ってきます!」
熱血ぶりを見せるエミルをちょろいなと思いつつ、翔太は警戒しながらゆっくりと建物に近づいていった。その時、我が子を送り出すような情熱的な瞳をしているエミルに対してアリスたちは少し呆れた様子で翔太を見つめていた。
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何事もなく建物に到着した翔太は周囲を警戒しつつ、手っ取り早く終わらせるための準備に取り掛かった。翔太はまず朝にとある店で購入したある液体を建物に振りかけた。離れた場所にいるアリスたちは現時点で翔太が何をしているのかは分からない。
次に同じく購入していた着火剤を近づく途中で拾った木の棒に付着させ、それに火をつけた。
「あの…翔太さん、いきなり火をつけて何をする気でしょうか?」
「いや、そんなまさかね……いくら翔太でもそんなことはしないでしょ」
「そうですよね!翔太さんの言葉を信じて、私たちはここで待機してましょう」
翔太の行動に疑問を浮かべているアリスとエミルは、木造の建物と火の組み合わせで最初に思いついたことについて口にはしないが、無表情で火を見つめる翔太がそれをしないことを物陰から見守っていた。
そんなアリスたちの心配をよそに翔太は何も言わず、火のついた木の棒を無造作にためらうことなく建物に投げつけた。
「何をしているんですか、あなたは!」
「え!? いや、敵の拠点が分かっているならこうした方が手っ取り早いし、今はこの方法が主流だから……」
「何の話をしているんですか!? 『俺を信じてくれ』とか言っときながらあなたは……」
「落ち着いて、エミル! 今は先に消火しないと……」
「翔太は本当に常識知らずね……」
翔太が常軌を逸した行動を取ったのとほぼ同時に走り出したエミルは翔太の肩を掴み、前後に激しく揺さぶった。そんなエミルをハルトが止めに入るが、それでもエミルの勢いを止めることができず、翔太もエミルの勢いに押されていた。そんな翔太たちの様子をみたアリスは頭に手を当てながら深いため息をついた。
カオスな状況になりながらも、火はどんどん燃え広がり建物の形が徐々に崩れていく。雲一つない青空に大森林の中で発生する灰色の煙が狼煙のように空高く上がっていった。
読んでいただきありがとうございます。
今回の内容で回想の中に回想が入る形になっている部分があるんですけど、読みにくいと感じていたらすみません。
それと今回から数字は算用数字にしたので、以前の文との統一感がなく気持ち悪いと感じていたら、再びすみません。
そして、私事により次回の投稿は10月7日過ぎになると思います。
こんな自分ですが、これからもよろしくお願いします。




