完敗に乾杯(酒)
翔太がうっすら目を開くと見慣れない天井があることと強い日差しが差し込んでいることに気づいた。しかしカーテンを優しく揺らす心地良い風が部屋に入っていたため寝苦しいということはなく、むしろ気持ち良く感じた。このまま横になっていてもよかったがとりあえず起き上がろうと上体に力を入れた翔太は自分の身体に違和感を覚えた。それは上半身は異様に重く感じ、下半身に至っては言い様のない気持ち悪さがあったことだ。足には既に筋肉痛があり動くことができなかった翔太は大きく息を吐きだしながら力を抜き素直にベッドに身を預けた。
そこで唯一まともに動く首を回し周囲を見渡すとベッドの横にあったサイドテーブルに水差しとコップが二つあったことに気づいた。力を振り絞って再び体を起こし上体をひねりながら鉛のように重くなった腕を必死に伸ばしてやっと、異様に重く感じる水差しとコップを掴んだ翔太はそのままコップに水をそそぐと、サイドテーブルに水差しを戻さずすぐに水を喉に流し込んだ。
「なんだか蜜に引き寄せられる蝶の気持ちが分かった気がするな…」
一杯分の冷たい水が喉から胃に流れ込んで来る感覚がはっきりと分かった翔太はそんな独り言をつぶやくとすぐに二杯目を飲み干した。水はキンキンに冷えていたわけではなかったが、それでも乾いていた身体を満たすには十分だった。そんな精神的余裕が出てきたところでやっと自分と同じくベッドですやすやと眠っているアリスと枕をベッド代わりにしているテイルに気づいた。
「テイルもこんな風に黙っていれば可愛いのに…もったいない。…それにしても俺こんな可愛い子たちと自然に話してるんだよな、以前の俺ならありえなかったな。それになんだろうな、この気持ちは?ずっと見ていたいというか見ていてほっとするような…」
じっとアリスたちを見つめると少し考え込んだ翔太は再び独り言をつぶやくと普段は言わないことを次から次に口に出していた。しかし同時にわずかながら一人という寂しさを感じていた。
そうしてアリスたちを見つめていると後方からドアが開く音がした。その音を聞いた翔太が振り返るとそこには一人の若い女性がいた。
「あら!目が覚めたんですね。けど私たちが気づいたとき既にあなたたちが倒れていたんですから、本当にびっくりしました」
「え?あ…すいません、ありがとうございます」
翔太はその女性からの言葉に返答するがうまく口が動かないような感覚だった。翔太はそこで初めて自分の意識がまだはっきりしていなかったことに気づいた。水を二杯も飲み干していたにもかかわらず意識がはっきりしていなかったことに驚いていた翔太を見たその女性はそのことを察したのか、一言お礼としっかり休息をとるようにと言ってすぐに部屋から出て行った。少し呆然としていた翔太だったがベッドに横になるとすぐに瞼が重くなり、そこで翔太の意識は途切れた。
次に翔太が目覚めた時きれいな夕焼けが見えた。そこでようやく翔太は自分の服が変わっていることに気づいた。泥だらけの服だったから誰かが着替えさせてくれたのだろうと思った翔太はゆっくり体を起こしたところで二人から声をかけられた。
「あ!やっと起きたわね、お寝坊さん」
「起きたのなら早く行きましょうよ、翔太様!」
声をかけてきたのはなぜか元気そうなテイルとそれ以上にテンションが高いアリスだった。テイルの「行く」という言葉の意味が分からなかった翔太は二人に連れられるままに外に出ると、そこには村人たちが大量の食材と樽を準備していた。
「これはいったい…」
「この度は本当にありがとうございました」
翔太の疑問に答えるように現れたのは髪をスカーフで覆い、前を紐締めして腰をほっそりとさせた赤いワンピースを、白い長袖の下着の上に着ている女の子だった。翔太は声からその女の子が誰なのかすぐに分かったが困惑していた、何せ最初にその姿を見た時と比べてかなり印象が変わっていたからだ。
「…どうしたんですか、翔太さん?」
「いや、リナはそういう服が似合っているなと思っただけだよ」
「翔太様は幼女趣味でしたか?」
「誰がロリコンだ!?そういう意味じゃねえよ!」
「…そうなんですか?」
「なんでそっちを信じるんだよ!?」
リナに向けた純粋な称賛に茶々を入れるテイルの言葉に即座に否定した翔太だったが、その後にリナが引き気味の表情を見せたことで、翔太はもう一度「違う」と言う羽目になった。それを見た他の村人たちも笑い出し、その場の空気が一気に晴れやかになった。
リナも最初は今まで自分が思ってきた事を全て話したうえで改めてお礼を言おうとしていたのだが、テイルの言葉につっこみを入れる翔太の姿を見て笑みを浮かべた人たちを見た時、しんみりとした空気ではなくもっと明るい方がいいと感じたのだ。だからリナはテイルの冗談に乗っかり、笑いを優先した。
そしてその流れのまま見た未成年以外の全員に酒が入った木のコップを配られ、村長らしき男が長ったらしい前置きをすっ飛ばして、大声で音頭を取った。
「乾杯!」
その声に合わせて全員がコップを空に突き上げ、どんちゃん騒ぎが始まった。いつの間にか日が落ちていたが、大きな篝火を焚いていたため夜でも明るいまま、村人たちはその周りを囲うように酒を飲んでいた。
といっても翔太にとっては初めてのお酒、高まる気分を抑えつつコップを少し覗き込んでから勢いよく喉に流し込んだ。そのお酒を口に含むと甘酸っぱさが口いっぱいに広がり、それが喉元を通り過ぎるまで続き、後味は爽やか。一杯飲んだらもう一杯飲みたくなるような、そんな気分にさせられるこのお酒は、そのあたりの知識が乏しい翔太でも分かる。
「どうですか、我が村の名産品であるアムリ酒のお味は?」
「初めて飲んだお酒ですが、とても美味しい酒だっていうのは俺でも分かりますよ」
翔太が酒を飲むのを待っていたようなタイミングで話しかけてきたのは先ほど乾杯の音頭を取った村長だった。それに対して飲んでみた感想を言う翔太だが、村長がわざわざそれを聞きに来たわけではないことを察していた。村長の目には誰が見ても何かあると思うほどの気概を感じたのだ。そしてゆっくりとその口を開く。
「…この村は今まで争いごととは無縁でした。しかし、いやだからこそ唐突にやってきた脅威にどうすることもできず、色々なものを奪われました。そこで私たちが取った行動は仲間に怪我を負わせないために無駄な抵抗はしないことでした。仲間を守るためと言えば聞こえは良いですが、詰まる所私たちには暴力に抗う力が無かっただけでした。そのために流さずに済んだ涙がどれだけあったことでしょうか…」
「…仲間を守ろうとしたのに、その行動が返って仲間を傷つけてしまったというわけか」
「本末転倒というのはこの事を言うんでしょうね。私たちは何もできなかったから何もしなかったんじゃない、何もしなかったから何もできなかった。しかしもうこれ以上自分たちの弱さから目を背けるのはやめます」
「力には力で対抗するわけか」
翔太のその言葉で今まで続いた会話が一瞬途切れた。翔太が自分たちみたいなよそ者でも歓迎してくれるような優しい人たちから殺伐とした空気が流れるかもしれないことを危惧していることを村長が察したからだ。しかし村長は翔太の予想とは裏腹に優しく微笑みながら答えた。
「私たちは暴力と大切なものを守る力を分けて考えることにしたんです。だから一発殴られたら一発殴り返すぐらいの力で十分ですよ。翔太さんには私たちの覚悟を聞いて欲しかっただけなんです。今までの私たちを否定する気はありませんが、それでも変わらなければいけません、二度とこんなことが起きないように」
村長、いや村人たち全員の中で答えは既に決まっていたのだ。翔太にそのことを伝えたのは余計な心配をさせないためだった。
「そうか、それならまたうまい酒が飲めるな」
「そんな酒飲みみたいなセリフはまだ早いですよ、翔太さん。あなたにはこれから浴びるほど飲んでいただくのですから。…私たちはこんな形でしかお礼ができませんが、それでもこの村と孫娘を助けていただいて本当にありがとうございました」
そう言ってその場を後にする村長の背中は心なしか大きく見えた。
完全な敗北をしたにもかかわらず笑顔で答えを出した村長を含めた村人全員は良い経験をしたと言わんばかりの晴れやかな笑顔を見せていた。その真意は自分たちが納得できる答えを出すことができたからだが、それでも翔太は彼らが完敗から目を背けない強さを持てたことに祝福の乾杯をした。
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