迫真の演技(声)
翔太の作戦により崖下の川に落ちた盗賊たちは必死に手と足を動かし浮上したのだが再び水中に潜り直した。
浮かび上がってすぐに彼らが見たものとは落下してくる黒い塊、というよりは全体像が見えないためその影を見たと言った方が良いだろうか、ともかく盗賊たちに驚いている暇はなく、足を全力でばたつかせ大岩の落下予測地点から離脱した。大岩の落下にいち早く気づいたおかげでなんとか岩と川底の間で圧迫死することを回避できた盗賊たちだったが、大岩が落下したときの衝撃により砕け散った無数の岩石と勢いが増した川の流れに体の自由が奪われていた。そんな満足に呼吸ができない状況のなか、死に物狂いで目を見開き浮き沈みを繰り返しながら盗賊たちは運良くすぐに川岸を見つけ、九死に一生を得たような気持ちで川岸に上がった。
「…全員無事か?」
「はい。なんとか…」
身体を引きずるように上がった団員に同様の動きをする団長が無事を確認するが団長自身を含めた全員がかなりぐったりしていた。しかしそれでもこれでやっとあの恐怖から解放されたと思った盗賊たちはつい安堵の息を漏らしてしまった。しかしそれに待ったをかけるようにあの憎ったらしい声がその場に響き渡る。
「愚か者どもよ、我が力の一端を思い知ったか」
その声を聞いた者の中には先の出来事を思い出したことで発狂し神様は本当に存在すると狂信的な目になりかけている者もいたが、当然そうではないものもいた。
「てめえ、どこにいやがる!出てきやがれ、ぶっ殺してやる!」
「くそ!!声が反響しててあいつがどこにいるのか特定できねえ!」
その声を聞くと同時に目を血走らせ、怒りを露わにしている者がその気持ちを爆発させていた。それと共に盗賊たち全員は川を背にしつつ所持していた武器を構えると同時に耳に意識を集中させ、声が聞こえてくる方向を探ろうとしていた。
しかし彼らはこの行動が結果的に自分たちの首を絞めることになることをまだ知らない。
「少しは汝らの戒めになったか言うところだが、その様子では大して意味はなかったらしいな。しかしこれは汝らの行いが故の罰、恐怖と絶望を抱いたままこの地を去れ。これが最後の忠告だ!」
「こそこそとふざけた真似しやがって!絶対見つけ出してやる!」
神の使いとやらの言葉を聞いた何人かが自身の見える範囲に何発も魔法による攻撃をするが、彼らにそれらしい手ごたえはなかった。そんな焦りが見える彼らは高ぶる気持ちを必死に殺しながら神の使いの位置を探りしばらく沈黙が続いたが、突然不自然すぎるくらい優しい風が吹き始める。その風に巻き上げられた周囲の木がざわめき、葉がこすれる音がその場の静寂をかき乱すが風が止んだ途端、一瞬忘れかけていた未知への不安と恐怖が戻ってくる。それに加え「最後の忠告」以来沈黙を続ける神の使いが次に何をするか予測できないため迂闊に動けないうえに、耳に意識を集中させている分小さな音でさえ過敏に反応してしまう、四重苦の彼らはその精神力を大幅に消耗させていた。
これ以上後手に回ることがどれだけ愚かなことなのは彼らも十分承知している。しかし周囲は背後にある川を除き崖に囲まれている。この状況で彼らが攻撃する側なら崖の上から矢を放ち仕留める、一種のマンハント状態。それも相手は自分たちの常識をはるかに超える者、どんな手で仕掛けてくるのか分からないような状況で精神的ストレスが限界を超えそうになった時だった。
「我が慈悲を無下にした愚かな者たちよ、この山を守護する獣に喰われて死ね!」
何の前触れもなく、しかも今まで以上の大音量で感情がこもった声が彼らの耳に届く。驚きのあまり思わず心臓が止まりそうになるがそれをわずかに残った気力を振り絞ることでぎりぎり耐えたと思った盗賊たちだったが、その直後に聞こえてきたある音が彼らの行動と思考を放棄させた。
彼らが聞いたのは生物の本能に直接訴えかけてくるような力強い獣の咆哮。今まで聞いたことすらないその動物の「声」は盗賊たちに未知の恐怖を与えていた。いや恐怖が彼らの意識を取り戻させたと言ったほうが良いだろうか、しかし彼らは何もできない、何も考えられない。彼らはただ震えていた、何も言えない彼らに聞こえてくるのは小刻みに動きぶつかる歯の音だけだった。
しかも今さっき聞いた咆哮とは別の咆哮がどこか別の場所からも聞こえ、獣同士が互いを鼓舞するように咆哮を連ね、重ね始めた。未知の生物の集団に取り囲まれている状況を想像した彼らの頭の中は既に一つのことで埋め尽くされていた。
「…逃げろ、ここにいたら喰い殺される!」
盗賊たちの心が折れた瞬間だった。その声を筆頭に盗賊たちは全員背を向け川へ飛び込み、我先にと逃げ出した。未知に踏み込もうとする者は誰一人おらず、先の者を押しのけ自分だけ助かりたいという姿は彼らの姿を一言で表現するならば「無様」がふさわしいだろう。そして誰もいなくなった川岸に再び夜特有の静寂が訪れた。
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作戦が成功し、盗賊たちの慌てふためく様子を終始見ていたリナはかなり息が乱れていた、つまり自分が想像していた以上に高揚していたのだ。それを落ち着かせるため、ゆっくりと深呼吸をしていたところで後ろから賞賛が飛んできた。
「やったな、リナ!」
「本当にお疲れ様!」
翔太とアリスの言葉に一気に緊張が抜け、リナはその場に崩れ落ちた。それを見て駆け寄って来た二人にリナは大丈夫だと言ったが、足に力が入らずうまく立てない状態だった。ひとまずここで休憩することに決めた翔太たちはリナの震えが止まるまで自分たちの行動を振り返ることにした。
「どうでしたか私の演出?なかなかのものでしょう」
「あぁ、ばっちりだったぜ」
タイミングよくひらひらと飛んできたテイルにも翔太は賞賛を送った。この作戦においてテイルの役割は翔太が全力疾走する時盗賊たちへの妨害などのサポートとは別にもう一つあった。それはリナの演技を引き立てるための下準備、恐怖を駆り立てるための演出だった。お化け屋敷などでもよくしている手と同じでただ物音をたてるだけだが、その場の雰囲気から不気味さを感じさせるには十分だった。
「しかしあいつら予想以上に驚いていたわよね。まぁ気持ちは分かるけど…」
「まあな、いきなりあんな咆哮を聞いたらそりゃびっくりするだろ!」
アリスの言葉に翔太がドヤ顔をしている。あの咆哮を出したのはまぎれもなくリナなのだが、これは翔太が思いついた考えから新たな特質な才能“威嚇音”へと成長させたから出来たことと関係している。
“威嚇音”
聞いたことがある動物の声を真似することができる。
作戦実行前にこの能力に気づいた翔太はさっそくリナにこのことを教えたのだが、ここである一つの問題が発生した。それはリナが恐怖を覚えるような動物の声を聞いたことがなかったことだ。この周辺にはそんな動物はおろか肉食動物すらいないうえに、リナはずっと村に住んでいたため動物を見る機会が多くなかったため仕方がないことだが、翔太はその事でどうするかかなり頭を悩ませていた。
翔太なら元の世界で動物園など、そういった動物の声を聞く機会が多々あったため問題ないが、リナに自分の役割を代わってもらうわけにはいかないうえにそれでは意味がない。ならばどうすればいいのか考えた時、思いついたことがあった。
それは翔太が“威嚇音”で獅子の咆哮を出し、それをリナに聞かせるという考えだった。しかし正直言ってその声は「獅子の声」としてカウントされるのか不安だったのだ。
だがリナは問題なく翔太が教えた声を出すことができたため、取り越し苦労だと一安心した翔太は早速鳴き方の練習をした。またただ声を出すのではなく、鳴き方にいくつかパターンをつけた。
「それにしてもリナの“威嚇音”での咆哮が聞こえてきたと思ったら、いきなり翔太も“威嚇音”で叫び出すんだもん。すごくびっくりしたわよ…」
「あいつらもリナの能力を知っているからな、もしかしたらリナの仕業だとばれる可能性があった。だけど複数の咆哮が聞こえてきたら少なくともリナの仕業ではないと思うだろうし、神獣様の信憑性も増すだろ?」
「確かにそうですが、私も聞いていた作戦にはない事だったのでびっくりしました…」
「それでも咄嗟に合わせたんだからすごかったわ、本当に息ぴったりだった」
ドヤ顔で語る翔太に、呆れ半分のアリスとリナはその時の気持ちをそのまま言葉にした。しかし翔太がこれを思いついたのはリナの咆哮を聞くほんの少し前、つまりこれは完全に翔太のアドリブだったのだ、アリスの言葉もあながち間違っていない。
リナも落ち着いてきたみたいで、そのことをなぜ自分に言ってくれなかったのかと翔太に聞いたが、翔太は笑って「敵を騙すにはまず味方から」と言ってはぐらかした。あれだけの啖呵を切ったのに今更自分の作戦に決定的な穴があったとは口が裂けても言えなかった。その様子を見ていたテイルは翔太の意図に気づき、笑いをこらえていたのだがそれを口に出すことはない。
そんな調子で翔太たちはしばらく会話を続け体力を回復させた後で当初の目的を達成するため出発した。それから数時間が経ち、思わず目を細めてしまうような輝かしい朝日が顔を出した頃、翔太たちはついにエンジュマウンテンを越えた。そしてリナの言う通り山を越えてすぐのところに村があった。
翔太たちが村の入口に立った時、日頃の習慣なのか早起きし既に何人かが外に出ていた。そんな彼らは翔太たちの姿を確認するとある女の子の存在に気づいた。すると村人の一人が騒ぎ出し、別の一人がどこかに走っていった。
もちろん翔太たちには彼らが何を言っているのか聞こえない。しかし彼らが騒ぎ出した理由に察しがついた翔太はリナの背中を軽く押した。それに驚いたリナは一瞬翔太の方を見たが突然聞こえてきた、ずっと聞きたかった声に反応してその声がした方に向かって迷わず全力で走り出した。
「リナ?…本当にリナなの?」
リナは自分の名を呼ぶ女性に止まることなく飛び込んだ。今まで溜め込んでいた涙を全て出し尽くすような勢いで泣きながら母親との再会を喜んだ。そして騒ぎを聞きつけた村人がその周囲に集まりながら「今までどうしていたのか」「あの盗賊団はどうなったのか」などを聞こうとしていたが、彼女たちの感動の再会を見てしまっては何も言えずに黙ったままその光景を見続けた。
彼女たちにつられ涙を流し鼻水を啜る者もいるなか、すっかりその存在を忘れられていた翔太たちがその場に倒れていたことに気づいてもらえたのは、翔太たちが倒れてから十分以上経ったころだった。
読んでいただきありがとうございます。投稿が一週間も遅れてすいませんでした。リアルが趣味に没頭できないほど忙しくて…そんな自分ですが、これからもよろしくお願いします。




