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セシルが、アランと共に踊りの輪を離れると、駆け寄って来たのは、蒼の皇子ティーリゥだった。ティーリゥは、セシルに向かい一気にまくし立てた。
「セシル、右役(女性のパート)も踊れるって事、私に隠していたとはひどいではないか」
「か、隠してって……。ティー、俺は別に……」
隣に立つアランは、蒼の皇子の登場に胸に手を当て礼をとったが、皇子ティーリゥは、ちらりと視線だけをくれた。
引き際を悟ったアランは、今度は、セシルに向かい礼をとった。
「それでは、殿下、失礼いたします」
「ア、アラン、……また、会えるよね」
アランは、静かに笑顔を浮かべると、「いづれまた」とだけ言いその場を去って行った。
「まったく、嫌味なほど派手な奴だな。セシル、あいつは、何者だ?」
「ティー、アランは、俺の友達だよ。そんな風に言わないでほしい」
「友だち?……フン。なら私とも一曲踊ってくれ。そうしたら、もう言わない。もちろんセシルが、右役だからな」
「ええっ。だって、それは、無理だよ」
ティーリゥは、セシルより頭半分ほど背が低い。おまけに成年式前の十四歳――言わば子どもで、蒼の民の特徴といえる華奢な体は、がっちりとした黒の民からみると更に幼く見える。そのティーリゥに左役(男性パート)をさせて踊るのは、さすがに辛いものがある。
「無理じゃない。私は、兄弟の中で一番ダンスが上手いんだ。セシルのこともうまくリードする」
「……でも」
セシルは、なんとかティーリゥに諦めさせようと考えを巡らすが、良い案が浮かばない。もともとセシルは、こういう事は、苦手だった。
その時だ。セシルは、ふと視線を感じた。近くではない。重なる人々の間を縫うように一筋に自分を捉える視線。その筋をたどり、一瞬道があくように開けた先に見えたのは……。
「……カイト、兄さん……」
しかし、その名を口に出した途端、列席者が交差し何も見えなくなってしまった。
「セシル、どうしたのだ?」
「うん。いやなんでもない」
セシルは、頭を振った。幼馴染のカイトとは、もう十五年も会っていないのだ。今、目の前に現れても直ぐにわかるかどうか。それに今日の祝宴は、皇族貴族しか入れない。ならば、あれは、カイトではないのか。
否。否定する確信もセシルにはなかった。
「おいセシル、そのカイトとは誰だ?」
「……カイト兄さんは、……俺の、とても、とても大切な幼馴染。……子どもの頃、いつも一緒にいた。……あ、そうだ」
セシルは、まだ腑に落ちなそうにしている蒼の皇子の肩に手を添えた。
「ティー、ティーの背が俺を追い越したら、俺が右役(女性パート)で踊るよ」
このセリフは、カイトが、セシルによく言っていたセリフだ。
口を尖がらせた蒼の皇子が言う。
「……わかった。そのかわり、私の言うことも一つだけきいてくれ」
「うん。いいよ。ティーのお願いってなに?」
「ここでは、話しにくい。二人でテラスにでも行かないか」
「……いいけど」
セシルは、視線を巡らした。一人で広間の外に出てはいけないと言われていたのだ。誰かに繋ぎをと見回すと、前家令のムロトと侍医長モーリスのコンビと視線が、合った。二人は、セシルの意図を理解すると、静かに頷いた。
セシルと蒼の皇子が、テラスへ出ると、そこは、大広間の喧騒が幾分和らいでいた。
人影もまばらで、今日の祝宴の為に飾られた花や彫刻をやわらかな月の明かりが照らしていた。
セシルは、蒼の皇子に促され、彫刻の影にある二人掛けのベンチに腰をおろした。
彫刻は、大きな台座に裸の女性が横座りしていた。裸である理由がセシルには解らなかったが、ちょうど目の前に女性特有のふくよかなお尻が月明かりで浮かび上がり、作り物とわかっているのだが落ち着かない。
「……シル、セシル、私の話を聞いているか?」
「……え、えっと。……ティーが、畑で別れてから公務に頑張ったって話だよね」
「確かに一言で片づければ、そうだが……。今日も黒の皇帝と壇上から降りて来たとき、直ぐにでもセシルの側に行きたかったんだ。でも、黒の皇族貴族と交流するのも私の役目だから……」
「そうか。ティーは、ちゃんと皇族の務めを果たしていたんだね。俺よりずっと立派だ」
「本当に、本当にそう思うか?」
「もちろんだよ」
セシルの言葉を聞いたティーリゥは、ベンチから立ち上がり、そして跪きセシルの手をとった。
「ティ、ティー?」
「セシル、二年だけ待って欲しい。二年すれば、成年式を迎え、婚儀を上げることも出来る。そうしたら、迎えに来る」
「え、ティーどういうこと?」
蒼の皇子は、大きく息を吸った。
「セシリエス・シドウ・ロウダン、私と結婚して下さい」
「え、えええええぇぇぇぇぇーー」
セシルの驚愕の声が響く。
そのベンチの傍らにある木の裏側には、老老コンビの二人がいた。
「……これは、これは……」
「モーリス、若いということは、なんとすばらしいことぞ」
「しかし、ムロト。陛下は、どうなる」
「簡単に結ばれては、おもしろくないではないか。障害が多いほど、強く結ばれるというものだ」
地上の波乱もなかったように、月は相変わらず、やわらかな光を降り注ぐ。
その中に、耳障りなほど疳高い笑い声と、品のない笑い声が響いた。
「おやおや、今度は、狸が現れましたか」
「真っ赤な紅をつけた雌の子狸も一緒だ」




