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グランは、耐えていた。兄の祝宴を成功させるために耐えていた。
隣に立つ違う意味でこの宴を利用する宰相イオリと共に、取るに足らない列席者の相手をし、最愛の兄と離れてここにいる。
千人の群衆がうごめく大広間で兄の姿は見失ったが、兄の置かれた状況は、数分のずれはあるが、逐一グランの耳に届いていた。
愚かな貴族どもに囲まれたこと。悪たれ者ゲオリュマに絡まれたこと。
兄の為に万全を期し、なんとか大事にならずに済んだが、兄の気持ちを想うと、兄を傷つける全ての輩を討ちとってくれようかと思ったが、かろうじて耐えた。
その後、公爵家のアランと踊った姿は、この目で見た。胸の奥が煮えたぎり、直ぐにでも二人を引きはがしに突っ込んで行きたかったが、耐えていたのだ。しかし、そろそろ限界だ。
そうこうしている内に、今度は、蒼の皇子が、兄をテラスへ連れ出したとの報告が入った。
―― くそガキがっ ――
心内で、毒づく。
次いで間をおかず入った報告は、一番厄介なウオッパ家のギヌダ大公とその娘ミラも兄のいるテラスへ向かったというものだった。
足は、すぐに兄の方へと向かった。とりあえずは、皇帝としての義務は果たしたはずだ。引きとめようとする宰相イオリに「後は、任せた」と告げ、その場を後にした。視界の端で、代りに皇子リオンが、グランの位置に立ったのが見えた。
足早に進む皇帝に、宴に酔いしれている者たちもすぐさま道を開け、その行く先を見送った。
女の声は、よく通る。夜ならば、より通る。
グランが、大広間の外に出ると聞き覚えのある女の声が、耳に届いた。更に聞き澄ますと、品のないだみ声も聞こえてくる。この声も、知りに知っている。
「……しかし、蒼のリュイファ帝国も遣わされたのが、貴方様とは」
「ギヌダといったな。失礼だぞ。私では、この祝いの席に不足だと申すのか。」
どうやら既に、ギヌダが、仕掛けているらしい。ギヌダにとって、権力に関係ない他国の第五皇子など、ゴミに等しい。
グランが、様子をうかがえるそばまで行き、足を止めると、隣に叔父のリュードが並び立った。後ろを付いて来ていたのは気付いていた。共に息をひそめ目を向ければ、月明かりの中、裸婦像を挟み、セシルたちと、ギヌダ大公親子が向き合う。
その中の異様にテカる唇が弧を描いた。
「あら、父様。色なし殿下には、よくお似合いではなくて」
「いやいやどうして。加護がなくても殿下の先程の舞いは、素晴らしかった。ミラよ、お前も一曲お相手願ったらどうだ」
「いやよ。私が踊るお相手は、陛下だけ」
そう言うと、ミラは、今度は、ねめつける様な視線をセシルに向けた。
「セシリエス殿下、御存じ?私ミラ・ウォッパ・ローダンは、最も有力な皇后候補。この先、グランジウス皇帝陛下の隣に立つのは、この私だけですわ」
ミラの言葉に、グランは、飛び出しそうになるが、叔父リュードに「まだ早い」と抑えられた。
仕方なく視線を戻すと、セシルは、下を向き、ミラは、勝ち誇ったように口角を上げた。わずかな沈黙の後、顔を上げたセシルは、「そうですか」と、ただ言った。そこには、何の表情もなかった。
その横で、蒼の皇子が、聞えよがしに吐き捨てた。
「黒の皇帝、趣味悪すぎだろ。こんな阿婆擦」
「なんですって」「なんだと、この小童が」
わめく親子に蒼の皇子が言った。
「だから、『黒の大地』は、野蛮だといわれるんだ。いいか、セシルも知らないかもしれないが、本当の精霊の子は、瞳も髪も白だったんだ」
『蒼の大地』は、『黒の大地』より進んだ技術を持つが、一方で古くからの教えを守り伝えている。
「ティー、それって、それって本当の話?」
「ああ、そうだ」
驚きに目を見開くセシルに、蒼の皇子は続けた。
「『黒の大地』で迫害されている白の民は、『蒼の大地』では、少なくとも普通に暮らしているんだ。自分たちと違うものを受け入れることもせず、生まれ持った色だけで差別をするなど、次元の低い野蛮と言う以外ない。まったくこんな愚か者しかいないところにセシルを置いとけるか」
「馬鹿なのは、あなたの方よ。こんな汚らわしくて、卑しい白……」
「そこまでだミラ」
「ひぃっ」
噛み付くミラの鼻先に月明かりに反射する剣が付きつけられた。
「それ以上我が兄を愚弄するなら、この剣は、お前のそのおぞましい唇を切り落とす」
グランの片手は剣を持ち、もう片手は、セシルを抱き寄せた。
「兄上、不快な思いをさせました」
展開について行けなかったセシルは、我に返った。
「グ、グラン、そんなこといいよ。それより、女性に剣を向けちゃ駄目だよ。早く剣をしまってっ」
セシルが言うが、グランは、剣をおさめる素振りもみせない。気が付けば、ミラは、腰を抜かし土の上に尻を付いている。その様に親のギヌダもうろたえた。
「そうですぞ、陛下。色な……いや、セシリエス殿下の言うとおりです。剣をお納め下さい」
さっきまで見下していたセシルの言葉にすがるギヌダを、グランは、じろりと睨みつけるだけで、相変わらず、剣は、ミラの鼻先にある。たまらなく、ギヌダは、がなりたてた。
「陛下、陛下、ここで剣を抜くなど、折角の祝宴が、台無しですぞ。ただでさえ、リュイファ帝国の遣いが、この小僧ということで、重きをかいているというのに」
「ティーは、ティーリウは立派な大使だ」
自分のしたことを棚に上げ、従兄弟でもあるティーリウを軽んじるギヌダの言葉に、セシルは、怒りを抑えられなかった。だが、そんなことで萎えるギヌダではない。
「セシリエス殿下、あなたは、なにもご存じではない。殿下は、この蒼の皇子に誑かされているのです。そうです。全てこの皇子が、悪いのです」
この場に蒼の同胞のいない皇子を悪ものにし、問題をすり替えようとするギヌダにセシルたちは、呆れかえった。
更に、もう一人。
「ギヌダ、相変わらずよのう」
現れたのは、数日前ティーリウと共に畑にやって来た古老の蒼の近侍だった。
「き、貴様、近侍ごときが、私を呼び捨てにするなど無礼だぞ。それにここは、お前が入れる場所ではない」
「ギヌダ、わしの顔を見忘れても仕方あるまい。かれこれ十六年ぶりだ。それに自慢の髭も今回の為に剃ってしまったのでな」
蒼の古老は、髭のない顔をさすった。
十六年前
――ロウダン帝国とリュイファ帝国が、十年に渡る戦争を終わらせた年――
周囲の者が、突然の侵入者の顔を覗き込む。
まず叔父のリュードが、胸に手を当て敬意を示した。次いで、木の影に隠れていた前家令ムロトと侍医長モーリスが姿を表し、やはり胸に手を当てた。
そして、ギヌダは、腰を抜かしひっくり返った。
「ウィ、ウィ―フォン陛下っ」
「ギヌダ、今は、隠居の身だ。リュードもムロトたちも久方ぶりだ」
戦争が、始まるまで、両帝国は、親しく行き来していた。
蒼の皇子は、唇を尖らした。
「祖父上、出てくるなって行ったのに」
「え、祖父上って、……ティーのお祖父さん?」
やっと理解できたセシルの問いに、老人は、にこにことセシルたちの前に歩みを進めた。
「黒の皇帝、初めてお目にかかる。わしは、リュイファ帝国前皇帝ウィ―フォン」
「遠い道のり、よくぞ参られた。歓迎しようぞ」
蒼の前皇帝は、頷くと、セシルを向いた。
「セシリエス」
「……すみません。……俺、知らないとはいえ、随分とこき使って……」
「いやいや、初めての経験でなかなか楽しかったぞ。それに、ティーが、世話になった。……それからセシリエス、いやセシル。お前が苦労したのは、わしのせいなのだ。許してもらえるだろうか」
「……許すだなんて、……俺、お会いできてうれしいです」
「……ありがとう」
二人が、感動に浸っている隙に、ギヌダとミラの親子がその場を逃げ出そうとしていた。一旦下げられていた剣が、再び、ギヌダ親子の前に掲げられた。
「ひぃー」
悲鳴を上げ、四つん這いで逃げようとするギヌダを蒼の老君は見下ろした。
「黒の皇帝よ、こやつは、終戦の時、なんでも言うこときくから、自分だけは助けてくれと、わしに言ってきてな。もちろん、こんな信用ならん男のいうことなど蹴ってやったが」
そう言うと、今度は、ギヌダに向けて言い放った。
「ギヌダよ、今後、我が孫に手を出すようなことがあれば、リュイファ帝国全土を敵に回すことになると覚悟せよ。わかったら、さっさとこの場をされ」
「はっ、はーっ」
二人は、這うように逃げて行った。
蒼の老君ウィ―フォンは、セシルに向き直った。
「セシルよ、ギヌダではないが、今宵は、折角お前のための祝宴じゃ。残りの時間は、ゆっくりと楽しむがよい。隣の弟とな」
「はい」
「老人、良いこと言うではないか」
グランは、口の片はしを上げ答えた。
「ちょっと祖父上、あなたは、いったいどちらの味方ですか」
「ほっほっほほほ。ティーよ、大切なものは自分の手で掴むものじゃ」




