EP19
人ではない相手に紗月は何も言えず、場の空気がぎこちなく感じて身の置き場に困る。
「ああ、ごめんね。この池には来たことはある?」
「え? あ、いえ。でも清原の屋敷にも池はありましたが」
「玄武殿がいるからね。知ってる? 朱雀の鳳家には森林があって、白虎の剣持家には岩場があるんだ」
「そうなんですね」
清原家もこの九条家の屋敷は広大だ。きっとあと二つの屋敷も似たようなものなのは、容易に想像できる。
「やはり神獣様を従える四家は凄いです」
「知ってる? 実は神獣は俺たちだけじゃないって」
「青龍様たちにご兄弟がいるんですか?」
さわさわ風が吹き、池の水が小さなさざ波を起こす。そして風が止まると「あはははははっ!」と青龍が盛大に笑い始めた。
何か、おかしなことでも言ったかな。背中を小刻みに何度も跳ねさせながら、しばらく青龍は笑い続けていた。
「あーごめん。突拍子もないことを紗月ちゃんが言うから」
「突拍子もない、こと?」
「俺たちに兄弟がいる……ふふふ……兄弟はいないからね」
「はあ」
何となく兄弟がいそうな気がしたけど、そうじゃないんだ。でもそれはどうやら人の感覚であるらしい。
「聞いたことはないかい? 麒麟殿の話しを」
そう言えば昔、母からそんな言葉を聞いたような覚えがある。でもどんな内容だったかまでは、はっきりと覚えていない。紗月の様子を感じたのか、青龍は続けた。
「麒麟殿が現れる時、時の帝は賢帝の証であり、世の中の穢れを全て浄化し安定した時代になると、言われているんだ。まあ、現帝では絶対に現れないね」
そうだ。母も同じようなことを言っていた。その時紗月はふと不思議に思い「浄化は、玄武の清原でもできますよね?」と、当時と同じ言葉を青龍に投げかけた。
「確かにそうだね。浄化や治癒は玄武殿、清原でもできる。でも麒麟殿はこの世の安定、浄化で、規模が違うと言えばいいのかなあ」
青龍もどう説明していいのか迷っている。紗月は少し考えてから「根本的、ということでしょうか?」と聞いてみた。
「うん! そうだね。そういう事だ。清原は応急処置専門とすれば、麒麟殿は根源から正常に変えてしまう。玄武殿が聞いたら、落ち込んでしまうかな」
ふふふ、持っていた扇子で口元を隠しながら笑っている。
「麒麟様は今、どこにいらっしゃるのですか?」
「さあね。麒麟殿は我々四神獣よりも上のお方。おまけに気難しいんだよね。だから滅多に姿を現さない。というよりも、麒麟殿のお眼鏡に叶う人間が出てこない限り、姿を現さないだろうね」
「麒麟様は前に姿を現したのは、いつなんでしょうか?」
青龍は指を下りながら「うーん、二〇〇年? 三〇〇年くらい前だったかなあ」
そんな前に現れてから一度も姿を現していないのであれば、人の記憶からも薄れてしまうのは当たり前かもしれない。
「麒麟様のお眼鏡に叶う方って、どんな方なんでしょうか?」
青龍は眉間に皺を寄せ、視線は宙をさ迷っていた。そして「あの方の趣味?」と首を傾げながら返ってきた答えに「そう、ですか」としか紗月は返せずにいた。




