ピッチャーへの挑戦⑧
「今度はより実際の動きに近くなるぞ。歩きながら投げるんだ」
「歩きながら?」
「そ。ピッチングって、プレートから一蹴りで投げないとだろ? 胸が前を向いた状態から、横、そんでまた前を向く。この動きをその一歩の中で、タイミング良く連動させないといけない。で、それを効率よく練習するために、歩きながら投げるんだよ。最初はよくわかんないだろーから何歩歩いてもいいけど、理想は三歩だな。いち、に、さん、の三で投げる。まっ、やって見せた方が早いな」
そう言うと明崎は視線をネットに向けた。立っていた位置から「いち、に」と呟きながらやや太腿を上げた歩みで二歩進むと、「さん」の掛け声と共にグルリと右手を回した。
足の引きつけ、ネットへと向いた胸。先程までの練習と同じ体制で前方へ伸ばされた右手の先で、白線をひいた球がボスリとネットから跳ね返った。
「こんな感じだな」
ニッと笑う明崎に古義は大きく頷いて、転がってきた球を拾い上げた。
歩く、というより、本当に最後の『さん』の為に、タイミングをとっているように見えた。
明崎と位置を入れ替わり、古義は意気揚々と顔を前方へ向ける。左手にはめたグローブのポケットへボールを掴んだ右手を差し入れて、胸元で構えのポーズをとってから左足を踏み出した。が。
(いち、に、あ、あれ?)
三歩目で右手を回そうにも、どうにも形が悪い。足の動きと胸の位置が、バラバラとなっていて腕が回せない。
結局、五歩程歩いてから困惑気味に明崎を見遣ると、予想通りだと言わんばかりにクツクツと笑みを噛み殺しながら、明崎が教えてくれた。
「引き付けんのは右足だろ? 左足を『いち』にしてみ」
「最初っから教えてくださいよ」
「自分で気づくのと、言われたまんまやるのとじゃ全然違うだろ?」
(そうだけども)
釈然としないまま古義は再度構えの体制をとる。
左足が、いち。先程よりも心持ちネットから距離をとって、ひだり、みぎと踏み出した。三歩目の左足で、「いち」と数える。
(に、さんっ!)
今度はグルリと回せた腕。そこから停止時の練習のように、右足を引きつけた。
まっすぐ、とはいかなかったが、ギリギリネットの範囲にぶつかった球がポンッと地面に跳ね返る。
「投げる時、胸が上を向かないようにな。けどま、やっぱ上手いもんだわ」
「っ、あざす!」
明崎の言葉には煽てたような響きがない。だから古義は、歓喜に素直に頭を下げた。
時折細かな注意を受けながら何度か繰り返しているうちに、古義は自身の放る球に、何となく違和感を覚えた。
その正体がわからないまま提示された『一応のノルマ』を達成すると、明崎は「んじゃいよいよだな」と組んでいた腕を解いた。
「お待ちかね、本当のっ、て言ったら変か。正式なピッチングに移るぞ。……恭」
「っ」
明崎の呼んだ名に、古義は跳ね上げるように蒼海を見た。途中からすっかり存在を忘れていた。とはいえ、蒼海もよく黙っていたものだ。
絶対怒ってるだろうな、と思った通り、蒼海は眉間に深い皺を刻んでいた。不満と、怪訝。その二つを混ぜ合わせたような目で明崎を見遣る。
古義ならば即剤に「すみません!」と腰を折っていただろう。だが明崎はやはり、物怖じする事無く微笑みを携えたまま、実に気軽な調子で言う。
「ちょっと、投げてくんないか?」
「……」
(あああああさすがにヤバイだろそれは!?)
このタイミングの『投げてくれ』は、古義に見せる為だとすぐにわかる。
ただでさえ古義がピッチング練習をしているという事態が機嫌を低下させているだろうに、更に協力しろいう明崎の提案は無謀に思えた。
蒼海がスッと古義を見る。古義はその視線にビクリと身体を跳ね上げたが、目は、逸らさなかった。




