ピッチャーへの挑戦⑦
「腰が回転しきれれなくても、背中側には回らないようにな」
「っす」
頷き、ボールを受け取った古義が、強い目を保ったまま構えの体制をとった。
たかが足の引きつけ。たかが腰の小さな回転。簡単なように見えるが、実は"センス"の問われる動きなのだ。
これが出来ると出来とないで、ピッチャーの伸びしろは大きく変わる。出来ない場合は大きく分けて二種類。誤魔化し誤魔化しやっていくか、そもそも型を必要としない異端のタイプかだ。
(さて、お手並み拝見だな)
腕を組んで見守る明崎の目の前で、古義の右手が振り下ろされた。
「っ」
時間にすればほんのコンマ数秒の出来事。だがその僅かの刹那で、古義はその内に眠る"可能性"を開花させた。
緑のネットに受け止められた白球がコロロと転がる。静寂と、沈黙。
自身でも信じられないというように、古義がポツリと呟いた。
「……で、きた?」
その声にはっとしたように、明崎もまた呆然と呟いた。
「……できた、な」
「……よろこんで、いいんすかね、コレ」
「……まぁ、まだ序盤っちゃあ序盤だけど、喜んでいいと思うぞ」
明崎が言うなり、古義がグッと右手を握りしめた。
「ッシャア!!!」
轟く声に肩を跳ね上げた明崎には気付かずに、古義は自身の右手を開いて見つめる。
頬にさす興奮の朱色。
(心臓、バクバクしてる)
血液が体中を駆け巡って、沸騰しそうなほど脳が熱い。
なんだろう、この感じ。楽しい、だけじゃない。達成感? それと、腹の底からもっともっとと、訴えかけている感じ。
「明崎さんっ!」
「おう!?」
「これあと何球やったら次いけますか!?」
ガバリと顔を向けた古義に、明崎はしどろもどろ答える。
「ええーっと……とりあえず三十やってみっか」
「っす!」
言うなり駆け足でボールを拾ってきた古義が、再び構えの体制を取った。
あまりの勢いに適当に数をこなし始めるかと思いきや、きちんと一球一球集中して放る様に、明崎はやっぱり真面目なヤツだと安堵の息をつく。
それにしても。
(ったく、なんつー顔をすんだか)
新しい技術を知った歓喜。予想外の結果への驚愕。古義の顔にはその二つがありありと浮かんでいたが、明崎が一番強く感じ取ったのは"必死"だった。
まるで、手繰り寄せた一筋の"可能性"に、縋るかのような。
(……もっと素直に喜べばいいのにな)
それが出来ないのは、きっと古義の"これまで"が関係しているのだろう。
過去は変えられないからこそ、自分で折り合いをつけていくしかない。それでも、縛らていた過去から歩み始めた古義ならば、これからもっと様々に、変わっていけるのだろう。
明崎はそっと視線を流す。未だ練習を止めたままの蒼海は、複雑な表情で古義を見つめていた。
嫌悪ではない。戸惑いを多分に含んで揺れる瞳は、いつもの堅い表情を弛緩させ、すこしだけ幼くみえる。
そして明崎はまた、蒼海の戸惑う理由もよくわかっていた。わかっていて、古義に投げさせたのだ。
それがこのチームに、蒼海に、必要だと判断したから。
明崎の視線を感じたのだろう。蒼海が視線を明崎に向け、途端に睨むように目を細めたので、明崎はヘラリと苦笑を返す。
ここで掴みかかってくれば、中断せざるを得ないというのに。そうしてこない蒼海に内心で嘆息して、明崎はすいと古義へ視線を戻す。
蒼海は感情的なようで、理知的なのだ。止めさせたい、と思う一方で、チームに投手が一人しかいないという現状はマイナスでしかないと理解しているから、動けないのだろう。
暫くして、古義が手を止め明崎を仰いだ。息が僅かに乱れている。
「コンパクトな動きだけど、案外疲れるんだよな」と笑った明崎に、「まだ全然よゆーっす」と鼻息荒くボールを渡してきた。
「よし、じゃあ次な」
明崎は今まで立っていた場所から、数歩下がる。




