ピッチャーへの挑戦②
「手伝おうか?」
叶華は古義の声に顔を上げると、怪訝そうに小首を傾げた。
「サボり?」
「んな堂々としたサボりがあってたまるか。明崎さんから待機めーれー」
とんだ言いがかりだと叶華の前にしゃがみ込み、グローブを外した古義は「ほれ」と片手を差し出す。
余っているボロタオルを渡されるものだと思っていたのだが、古義の手に乗せられたのは拭き終わったボールだった。
「んんん?」
眉根を寄せた古義に、叶華は転がるひとつを手に取りながら言う。
「初心者なんでしょ。少しでも長く触って、慣れたほうがいいいわよ」
「お、おお……なんか聞いたコトあるセリフだ……。やっぱそーゆーもんなん?」
「当然でしょ? ほんの数ミリの誤差で結果が変わってくるのよ。けど実際は頭で考えてる余裕なんてないんだから、身体に覚えこませるのが一番手っ取り早いに決まってるわ」
「そ、か……」
(なんか鬼教官みてーだな)
視線を古義に向けることなくボールを拭き続ける叶華の言葉に、古義は脳内でいつぞや観た洋画の女性教官の姿を浮かべた。
たしかアレは、戦場へ向かう戦士達を僅かな時間で磨き上げようと、過酷なトレーニングを強いている場面だった気がする。
(戦場。戦場、ねぇ……)
緊張に震える足、向かってくる打球。外野から頼もしく見えた仲間の薄汚れたユニホームの背と、ベンチから見届け続けたいくつもの誰かの青春。グローブもバットもなく、握りしめた空の手。
フラッシュバックした切り取りの映像に、古義はひどく納得した。
強い者が生き残る。確かにアレは、戦場だ。
「古義?」
「ああ、ワリ。なんでもない」
訝しむような視線に、古義は乾いた笑いを貼り付ける。
叶華が特に深くを訊かず、「そう……」と再び視線を手元に戻した事を、ありがたく思った。
別に、隠すつもりは毛頭ないが、たぶんこの場で話すような内容でもないだろう。
ニギニギと両手でボールをもてあそびながら、訪れた無言の間に古義は次の話題を探す。どうにも沈黙に耐えられない性格なのだ。
ふと、思い当たったのは数時間前に彼女が宣言していた台詞。
『私は、兄の"夢"が砕け散る様をこの目で見たいんですの』
訊いてもいいのだろうか。
いやでも、家庭の云々ってデリケートな話しだし、せめてもう少し親しくなってからのほうが……。
「……なに?」
「へ!?」
「目の前でそんな変な顔されたら、誰だって気になるわよ」
(どんな顔してたんだオレ)
呆れたように息をついた叶華は、言ってみろといわんばかりに手を止め、待ちの姿勢で古義を見ている。
このまま誤魔化しても、それこそ機嫌を損ねかねない。
古義は視線を彷徨わせながら「ああー……」と頭を掻いた。
「あのさ、別に、ちょーっと気になっただけで、言いたくなかったら、全然、いいんだけど」
「前置きが長い」
「サーセンっ!」
(ああもう、こうなったら勢いだ!)
「兄ちゃんと、仲悪いのか!?」
よし、言った、言い切った。よくやったオレ、頑張った!
逃げ出したくなる自身を鼓舞するように胸中で並べ立て、古義は勢いに閉じていた瞼をそっと開ける。
途端に飛び込んできた叶華の表情に、ギョッとした。それ以上は無理だろうと思う程に見開かれた瞼の奥で、深いあかの瞳がうっすらと潤んでいたからだ。
叶華はボールを叩きつけるように地面に手をつくと、前のめりで古義を見上げた。
「っ、違うわよ!」
声には焦りよりも怒りが強い。
「お兄様のコトは大好きよ! 昔も、今も! ずっと憧れていたわ、お兄様の全てに! でも、だからこそ……っ!」
弱まった声。叶華がうつむく。
「……お兄様は、変わってしまったわ。その人生をソフトに捧げる覚悟なの。……ずっと私が、一番だったのに」
(なるほど、本音はそっちか)
古義はおそるおそる言葉を紡ぐ。




