ピッチャーへの挑戦③
「ええーっと……つまり、大好きな『お兄様』がソフトボールに取られたのが悔しくって、当て付けに敵のマネージャーになったってコトでおーけー?」
まるで母さんの好きな恋愛ドラマに出てくるワンシーンのようだ。女性関係でゴタゴタするやつ。コイツの相手は人間じゃないけど。
これじゃあ恋人が出来た時に苦労するだろうな、と会ったこともない『お兄様』に同情心を抱いていると、叶華がキッと古義を睨みつけた。どうやら違ったらしい。
「私はお兄様を救いたいの」
「救う?」
「お兄様は今、完全に目が曇ってしまっているわ。だから妹の私が、正しい道へ連れ戻さないと」
「……敵のマネージャーになって?」
訝しんだ古義に叶華がふっと笑みを作る。
細められた瞳が、怪しく光ったように見えた。
「『説得』は、心の弱まった時が一番効果的でしょ? お兄様は、ただ勝負に負けたぐらいでは揺らがないわ。けれども今まで『味方』だと信じていた『私』に負けたなら、多少なりとも響くと思わない?」
(こ、こえぇぇぇぇぇぇぇーーーーー!!!!!!)
つまり叶華は大好きな『お兄様』の心の隙を突こうと、わざわざ敵チームのマネージャーになったのだ。
用意周到さ、というか、その考えに至る彼女の執着心が怖い。
古義は顔面蒼白のまま「こりゃヤバイのが来たな」と冷や汗を流し続けた。
ロングティーを終えた蒼海が投球練習に入ったのは、それからそう経たないうちだった。
幾重もの小ぶりな移動ネットに守られた投球スペースは、もはや彼専用と言っても差し支え無いだろう。
その中へ踏み入れる間際、通りざまに古義の姿を目だけで確認した彼は、睨むというより「何をしてるんだ?」といったふうだった
蒼海は古義が思っていたより好戦的ではないらしい。入部時のように怒りを顕にするのは、自身にとって納得のいかない出来事があった時だけなのだろう。
とはいえ、蒼海は他の部員のように気軽に話しかけてくるような性格ではない。
叶華のように、サボっていると思われていなきゃいいけどと、古義はただただ胸中で祈り続けた。
(……そういえば)
古義はふと思い当たり、叶華へと視線を上げた。
「なぁ、敵の学校を選んで来たってコトはさ、伊集院って試合観に行ったことあんの?」
「あるわよ、何度も」
「蒼海さんって、やっぱスゲーの?」
「……そうね」
叶華は記憶を辿るように、拭っていた手を止めた。
「ソフトボールのピッチャーって、努力だけで何とかなるポジションじゃないの。"通用する"球を投げられるのは、元よりセンスがある人間だけよ。ただでさえ競技人口が少ないんだから、逸脱したピッチャーなんて当然ほんの一握り。そして私の知る限り、蒼海さんはその"一握り"の人間よ」
「ほぇー……やっぱそうなんだ」
「やっぱ?」
「アレだけキレッキレのドロップ投げれるヤツが、わんさかいるワケねーよなーと思って」
向かってくる威力の飲み込むような重圧、視界から消えたかのように落ちていった球。
蘇ってきた感覚に古義が思わず口角を上げると、叶華はふと複雑な顔をした。
「蒼海さんのドロップは一級品よ。全国に行ったって、あのレベルのドロップが投げられるピッチャーは数人だわ。でも……」
「なんだよ?」
叶華がキュッと唇を引き結んだ。
「……いえ、なんでもないわ。ともかく、蒼海さんがは凄いピッチャーよ。お兄様も、ずっと注目しているわ」
(おっと、出た出たお兄様)
叶華の贔屓目を抜いたとしても、"翡翠高校の伊集院"について語る上級生達の雰囲気からして、中々の実力者なのだろう。その伊集院が注目するほど、蒼海の投手としての技術は高いということだ。
古義はこっそりと投球を初めた蒼海を盗み見る。
(……スッゲーなぁ)
叶華が言っていた"センスが必要"という話しは身を持って痛感している。だが"センス"だけでは駄目なコトも、よくわかっている。
その技術に胡座をかかず努力を積み重ね続けてきたからこそ、蒼海は今もその技術を維持し続けており、部員からの信頼も厚いのだろう。




