ピッチャーへの挑戦①
古義が不思議に思ったのは、ネッティーが終わり、少し遅れていた深間と日下部のペアを残し、ロングティーに移行した時だった。
叶華の件でキャッチボールの開始が遅れた蒼海と明崎は、これからネッティーを行うらしい。
黄色いカゴを両手で抱えた明崎が、高丘を呼び止めた。
「高丘。古義、先に打たしといてくれるか?」
なぜだろう、と思ったのは高丘も一緒だったようで「ああ、構わないが……」と首を傾げていたが、古義とは違い、暫くして何かに思い至ったように、はっと目を見張った。
「明崎、まさか」
明崎がニヤリと笑う。
「ああ、その"まさか"だ」
「……大丈夫なのかい?」
「どっちのこと言ってる?」
「どっちもだ。……明崎、キミはまたどちらにも話してないな」
「いやだって、こーゆーのは勢いが大事だろ? 特にアイツには」
「言いたい事はわかるが、ちゃんとフォローしておいてくれよ。この件は僕には勿論、他の部員の手にも負えないだろうから」
「わかってるって」
(え、え、なに!?)
全然話しが見えないんですけど。
高い位置で交わされるやり取りに古義がオロオロとしている間に、話が済んだらしい明崎は「よろしくな」と踵を返し、高丘は仕方ないといった風に「ああ」と頷いていた。
訊いてもいいのだろうか。一応、オレも関わってるっぽいし。
古義はおそるおそる高丘を見上げる。
「あのー……高丘センパイ」
「ああ、古義。聞いた通りだ。先に打席に立ってくれるかい」
「それはいいんすけど、またなんで」
「それは……」
高丘が困ったように眉根を寄せる。
「直ぐにわかる」
結局明確な答えは貰えないまま、古義は一番打者として打席に立った。
高丘から伝言を受けた他の部員が揃って目を丸くしていたが、既に打席近くに立っていた古義には尋ねることすら出来ない。胸中のもやもやに耐えながら、意識をバッティングに集中させる。
四本目あたりで日下部と深間が守備に合流していたのを横目で捉えながら、古義はノルマの十本を打ちきった。
次は蒼海と明崎が順に打席に立つらしい。乱雑に転がるバットの横に、二人が立っていた。
先に終わらせて、ピッチング練習に入るんだろうな。
そんな予測をつけながら古義がバットを置きに向かうと、蒼海が歩を進めてきたので、背を丸めながら会釈してすれ違う。
蒼海はチラリと一瞥しただけだったが、正直、「おつかれ」などと声をかけられるさまも、会釈を返される光景も浮かばなかったので、古義は特に何も思わかなった。
「おつかれ、結構安定してたな」
明崎に微笑まれ、古義は「あざす」と背筋を伸ばす。
「んじゃ、悪いけど、あっちで待っててくれるか?」
「守備に入んなくていいんすか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。たぶん皆、わかってるだろーしな」
(わかってないのはオレだけか……)
少しだけ悲しさを感じながら明崎に了承を返し、古義は言われた通り、よく蒼海の利用している投球場の横にある、ヘルメットやら部員の運動靴やらが散乱する一角へと向かう。
その後ろ姿を日下部が複雑な表情で見ていた事には、全く気が付かなかった。
これまでならば部員全員がレフト方面に集まっている今、古義は用具に囲まれひとりポツンと手持ち無沙汰に明崎を待つしかなかっただろう。
だが誰もいなかった筈のその場に、今はもうひとりいる。
紺色のジャージの袖を肘下までまくり上げ、汚れも気にせず膝をつき、不釣り合いなボロタオルで熱心にボールを拭いている押しかけマネージャー様だ。
足元にいくつものボールを従えて、ひとつを拭き終わると傍らの小袋に収めている。どうやら"マシな"ボール達を全部ひっくり返したらしい。




