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古義の突撃とマネ志望⑥


「おっせーなぁ……」



残っている生徒も疎らになった教室で、終業からすっかり十分は経っているぞ、と古義は息をつく。

今日は溜息が多い。いかんいかん幸せが逃げると頭を振ると、その衝撃で首から肩にかけての筋肉がミチチと痛む。

なんだか朝よりも酷くなる一方だ。揉み解せば多少はマシになるかと手持ち無沙汰に肩を揉んでいると、「古義!」と高い声が斜め後ろから飛んでくる。

やっと来たか。



「おま、おせー……って?」



振り返り、開いた扉横に立つ伊集院の姿に古義は目を丸くする。

彼女は先程の制服姿ではなく、学校指定の一年ジャージを着用していたからだ。



「ボサっとしていないで行くわよ! 遅れちゃうでしょ!」

「え? あ、おお……」



いや、遅れた原因は完全にあなたにあるんですが、とは勿論言えず、早足で先を行く伊集院を後ろから追いかける。



「……なぁ、伊集院さん」

「"さん"はいらないわ」

「……じゃあ、伊集院」



振り向かずにサラリと言われ、古義は面食らいつつも言い直す。



「なんでジャージ?」

「女子用の部室なんてないでしょ」

「まぁ、聞いたコトないけど……」



聞きたかったのは"理由"ではなく"目的"なのだが、上手く伝わらなかったらしい。難しいな、と古義は頬を掻く。

下駄箱はクラス毎に別れている。履き替え、再び合流すると、伊集院の足元は真新しい運動靴。

手にした手提げにローファーを収めているので、体育用のものか、今日の為に持参したものなのだろう。

不思議に思いつつも「こっち」と先を急いで、昨日案内された部室棟の一室の前に立つ。

すりガラスの奥では青い影が蠢いている。どうやら、間に合ったらしい。



「開けっぞ」半歩後ろに控える伊集院が頷いたのを確認して、古義は思い切ってガラリと扉を開ける。



「スミマセン、遅れました」

「なんだ、日直だったの……か?」



ポカン、とした顔で静止したのは黒い半袖姿の宮坂だ。



「なになに、って、アラ?」

「女子が来るなんて珍しい事もあるもんだな!」



言葉を発したのは風雅と岩動だが、その他の部員も一斉に狐につつまれたような顔をする。

その中で、「げ」というような顔をしたのは勿論日下部で、蒼海も不可解そうに眉根を寄せている。



「え? なになに、かずちゃんの彼女?」

「違いますって勘弁してください!」



確かに"彼女"を作るのは長年の夢だが、俺にだって好みはある。そんな意図が態度に出てしまっていたのか、伊集院にギッと睨みあげられて古義は必死に首を振る。



「んーと、ウチは男子ソフト部なんだけど……」



暗に"間違いでないか"と揶揄した明崎に、伊集院はすました顔で「ええ、知っておりますわ」と一歩前に出る。



「私は一年の伊集院叶華と申します。つきましてはここ、男子ソフト部のマネージャーにして頂きたくお願いに参りました」

「……へ?」



たっぷりの沈黙の後に、間の抜けた声が重なる。



「いや古義、連れてきといてなんでオマエまで初耳みてーな顔すんだよ」

「や、連れて来いって脅されただけだったんで……」

「失礼ね、脅した覚えはないのだけど?」

「スミマセン!」



やはりこの伊集院という女子、可愛い顔立ちをして眼力が鋭い。

こええーっ! と縮こまった古義からフイと視線を逸らして、凛と背筋を伸ばしたまま伊集院は部室内を見渡す。



「あの、部長の方がいらっしゃらないのなら待たせて頂きたいのですが……」

「ああ、悪い悪い。部長は俺です。二年の明崎優。いやー、マネージャー志望なんて初めてだから、ビックリしてな。でもまたどうして……」

「……伊集院、と言ったな」

「深間さん? ん? 伊集院?」



まさか、と凝視する明崎の奥から顔を覗かせた高丘が、伊集院に柔らかい笑みを向ける。



「もしかして、翡翠高校の伊集院君はキミのお兄さんかい?」

「ええ、ご推測の通りですわ。翡翠高校男子ソフトボール部の伊集院司いじゅういんつかさは、私の兄です」


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