明崎未咲⑩
「へぁ!?」
突如轟いた古義の素っ頓狂な声に、何事かと視線を投球先へ移す。
見れば大した距離でないというのに、古義の手を離れた球は風雅の足元へと斜線を描き落ちていく。ワンバウンドするかしないかの瀬戸際。受け手が迷う軌道だ。
けれども風雅には関係ない。だから蒼海も、「ああ、」程度の反応なのだ。
伸ばされる風雅の左足。両の太腿が地面に着くのではないかというほど開かれて、足首の上で赤いグローブがパシリ! と鳴る。
「ンもう、最後が雑なオトコは嫌われるわよ?」
顔半分を覆った前髪を指先でかき上げながら不満を漏らす風雅に、放心していた古義は慌てて「っ! スミマセンッ!!!」と謝罪する。
衝撃に、つい固まってしまった。
「風雅センパイ! 身体! めちゃくちゃ柔らかいっすね!?」
驚きの声を上げる古義に、体制を戻した風雅がウフフと得意気に笑む。そう、風雅が古義の投球を地面スレスレで受け止められたのは、常人離れした身体の柔らかさのお陰である。
こんなファースト、初めて見た。
新しいオモチャを目にした少年の如くキラキラと目を輝かせる古義に、アラ可愛いと風雅は上機嫌に人差し指を自身の頬へ添える。
「そうよ。アタシの身体で届く範囲までは捕ってあげられるから安心なさい……と、言いたいトコだけど、キッチリ投げれるにこしたコトはないわ」
「しっかり頑張ってちょーだい」。優しく笑んで明崎へ球を放る風雅に、古義は「あざっす! 頑張ります!」と直角に腰を折る。
なんだアレちょうヤベェ。未だ渦巻く興奮に古義は鼻息荒く右手をグッパッと開閉しながら、不機嫌そうに眉間に皺を寄せ腕組で立つ宮坂の元へ。
「やっちゃいました」
怒られるだろうか。
そんな不安を抱きつつへにょりと苦笑した古義に、宮坂は「いーんだよ」と乱雑に言い捨てる。
「今日始めたばっかの初心者だろーが。オレや岩動だって未だに暴投すんだ。初っ端から上手くいかねぇって気に病んでたら使いモンになんねーよ」
そう言い置き、守備位置へと駆けて行く宮坂の背を見送りながら、今のは励ましてくれたんだよな? と古義は首をひねる。
分かり難いが、多分そうだろう。不機嫌の理由は咎めた風雅への不満だ。
どっちもありがたい。ホクホクとした温かな気持ちが胸いっぱいに広がるのを感じながら、和んでる場合じゃないなと古義は思考を切り替える。
再び視線を落とし、見つめた掌。ゴムの摩擦か、皮膚は赤みを帯びている。
捕球からステップまで、明崎からのアドバイス通り高丘の動きを"手本"にした。
"見た"のは二度だけ。それも、高丘は左利きのため使用する腕が古義とは反対だったが、明崎が"綺麗"と賞賛する特徴は掴んだつもりである。
グローブは捕球箇所と耳後ろを繋いだ線状に真っ直ぐ引き上げ、利き手で球を掴む時には既に肘が上がっていた。所謂、"つ"の形。同時に行うステップは上半身が安定し、だからこそブレずに球を放れる。
効率よく、滑らか。そんな動きが出来るというのに経験者ではなく、野球もかじった程度だと言うのなら、元より運動神経が恐ろしく良いのだろう。
羨ましい。そう思いつつ出来るだけ細かに動きを"重ねて"はみたものの、高丘と古義では肩の強さが違う。
それをすっかり失念し、高丘の"呼吸"のまま右手を振り下ろしてしまった事で、指に"かかり"過ぎてしまったのだ。
(うーん、難しい)
調整が必要だ。これはもう回数をこなすしかないなと嘆息しながら、響いた金属音に白球を探す。
どうやら思考に沈みすぎて、未咲と明崎の声を聞き逃してしまったようだ。
(どこだ?)
守備陣の顔の向きから方向を探る。と、「はいっ!」と高めの声が通り、両手を開いたまま上空を見つめる日下部の姿が目に入る。




