明崎未咲⑧
「ナイス風雅! けどもーちょい右!」
「ゴメンなさい。にしても、シンちゃんの投球が乱れたワケでもないのにワンナウトで走るなんて、随分とおマヌケなランナーね?」「可能性はゼロじゃないだろ? 追い込まれた場面でテンパってれば、走ってくるヤツだっているさ」
言う明崎に、「それもそうね。出来ればそんな初歩的なミスのない相手と戦いたいトコだけど」と風雅が肩をすくめる。
メジャーとは言えず、野球とは違い少年時から携われるような風土が少ない男子ソフトボールの部員集めに躍起するのは、一部を除く各校の共通事項である。その為、対戦相手には当然初心者も多い。明崎や風雅達のように経験者からしたら"絶対に有り得ない"プレーでも彼らからすれば"絶対"ではなく、試合中に何度も目にするのである。
そうでない相手。つまり、技術のある強いチームと戦いたい。
経験者側として蒼海の本音も正しく風雅の言う通りだが、なんせ高校男子ソフトはその数の少なさ故、関東大会ですらトーナメントの山が二つ程度どいった具合である。
蒼海の知る限り、その中で張り合いがいのあるチームはたったの一校。つまりその、"県内きっての強豪"と呼ばれるチームと相見えるまでには、"そうでない"相手と競い合わなければならないのだ。
女子側の潤沢なトーナメント表を見て、羨んだのは一度や二度じゃない。何故男子だというだけで、これほどまでに見向きさないのかという疑問は少年時から常に付き纏い続けている。
だが高校まで進み、変わらず増えない山数を目にすれば、"もしかしたら"という一欠片の期待もさっぱり消え失せ、ただ現状を享受するのみである。
「……」
それよりも、今はコッチか。
チラチラと自然を装いつつ古義の様子を確認する明崎に、蒼海は確信する。飛んだ打球の先が二度とも高丘だったのは、間違いなく明崎の指示による"意図的"だ。
なんのつもりだ、と怪訝に思うも、過ぎった明崎の言葉に薄く息を詰める。
『アイツ、他人の動きをコピーすんの得意っぽいんだよな』
(まさか)
思わず明崎を凝視する。
あの二球が、古義に高丘の動きを"見せる"為だったとしたら。
(コピーさせようと、しているのか)
馬鹿らしい。そう、蒼海は思いつつも、肩越しに横目で古義を見遣る。
先程まで守備についていた宮坂とすれ違い様に短く言葉を交わし、そのままライトの定位置付近まで歩を進めると肩幅よりもやや広く足を開く古義。軽く折り曲げた両膝にそれぞれの手をつき、これから指示を行うであろう未咲へと視線を向けるかと思いきや、集中するように一点をじっと見つめ続けたまま微動だにしない。
ふ、と。静かに閉じられた瞼。数秒おいて開かれた眼の奥に、"知らない"色が宿る。
「っ、」
ゾクリ、と。蒼海の背筋を登ったのは、未知への畏怖か興奮か。
わからないままも蒼海は殆ど反射的に古義から視線を外す。
そもそも、だ。高丘は左利きの為、動きをコピーさせるにもそっくりそのままという訳にはいかない。
反転させて尚写せというには、いくら野球の経験があるとはいえ初心者の古義にはハードルが高いだろう。
それも、たった二度。指導もなく、二度"見せた"だけで、そうも上手く。
「ツーアウト、ランナーは一塁!」
「っ」
響いた未咲の声に、ハッと思考を切る。
有り得ない、と言えるのに、こうも考えてしまうのは"もしかしたら"と思っている証拠だ。
(何を、期待しているんだ)
グッと奥歯を噛み締め、「オールファースト! センター、レフトはセカンな!」と声を張る明崎の指示にピッチャープレートを踏む。




