明崎未咲⑦
「姉貴」
古義と宮坂が入れ替わった様子に、声を潜めて明崎が言う。
「次、高丘に打ってくんね?」
弟がこうして次のノック先を依頼してくるのは珍しい。
「いいけど、なんで?」。同じく声を潜めた未咲に、明崎は策士の顔でニッと笑う。
「ちょっと、確かめたいコトがあってさ」
理由を指し示すようにその視線がチラリと古義の姿を捉えたのに気づき、未咲は「ふむ」と思考を巡らせる。
どうやらこの弟は、本日入部の新人くんに何かを感じ取っているらしい。
面白いじゃん。「わかった、いいよ」と口角を上げ、未咲は次の声を上げる。
「ツーアウト、ランナーなし!」
「オールファースト! 一本集中!」
(さて、古義。よく見といてくれよ)
祈るような気持ちで明崎はマスクの奥から古義の姿を伺う。
古義が明崎の言葉を覚えていて、ボールの行方よりも高丘の動作に注意を向けてくれなければ、何の意味もない。
ファールラインの外へ出ている時ではなく"古義が守備している時"を選んだのは、少しでも近くで見られるようにだ。
カキーン。軽快な音を響かせた白球は依頼通りショートへ。
二度ほど地を叩くと正面に回った高丘に食い止められ、明崎の指示通り、ファーストへと送られる。
パシリッ! 風雅の伸ばした腕の先に綺麗に吸い込まれた送球。
「さっすが、ピッタリね」。ウットリと呟く風雅に、「ああ、調子は悪くないみたいだ」と高丘が微笑む。
ファーストカバーへ入った古義の視線は--高丘を捉えている。
(どう、だ?)
ふ、と高丘から視線を外した古義がそのモーションを"視て"いたのか、明崎からは判断がつかない。
チラリと深間を伺うが、明崎と同様に判別が付かないのだろう。じっと古義を観察するも、向けられた明崎の視線に緩く首を振る。
そんな二人のやり取りに、蒼海が気付く。なんて事無い今のワンプレーに、明崎と深間による共通の"意図"があるようだ。
今のノックの前、明崎と未咲が何やら言葉を交わしていたが、それも関係しているのだろう。
だとしたら確実に、古義絡みの件である。
とはいえ、今回のプレーに古義は関与していない。
なんなんだ。眉を顰めながら明崎を伺うも、口元をキャッチャーミットで隠しながら再び未咲と言葉を交わしている。
別に、ワザワザ隠さなくとも古義には聞こえないだろうに。本人は無意識なんだろうが、目の前の自分には不自然に映る。
蒼海は嘆息しながらも無言を貫き、未咲の次の指示を聞く。
「ワンナウト! ランナーは三塁!」
「内野はサードチェックしてからファースト! 外野はオールバックホームな!」
飛び交う守備陣の声。明崎がマスクを被りしゃがんだのを確認して、蒼海はピッチングモーションを行う。
次の守備は古義ではなく宮坂だ。ライトに打球が飛ぶことは、ない。
カキーン!
蒼海の予想通り、打球の向かった先は蒼海の右側。強い打球で駆け抜ける球に、投球後の蒼海は追いつけない。
センター前ヒット、といった辺りか。打球を追って後方を見遣った蒼海は、捕球した人物に思わず息を詰める。
(また、高丘……?)
ショートの守備位置から遥かに二塁ベース寄りの打球にも、高丘は微笑みを携えながら足軽に追い付き、グローブに収める。
「サードチェック!」。周囲からの声に応えるように高丘は顔だけで仮想のサードランナーを見遣り、その間にグローブを左耳に引き寄せ、ステップを踏みファーストへ。
「バックホーム!」
どうやらランナーがスタートしたらしい。
ワンナウトにしては随分強引な判断だと思わないでもないが、練習なのだからプレーを切るのは勿体無いという事なのだろう。
高丘の投球を捕球した風雅が一塁ベースを蹴り即座にホームへと投げる。メットを放るように外した明崎がキャッチすると同時に膝を折り、滑りこんだ仮想ランナーの足元を叩いて完了だ。




