明崎未咲⑤
「ありゃ、残念。読まれてたかー」
ジャンケンに負けたような軽い調子で未咲が言う。
「性格わっりんだよ!」
叫ぶ宮坂にもどこ吹く風で「せっかく後輩の前でミスらせようと思ったのに」と茶目っ気たっぷりに笑うが、確かに余り趣味が良いとは言えない。宮坂の"鬼"と揶揄していた一面を見た気がして、古義はああーなるほど、と顔を引きつらせる。
それにしても。宮坂の口の悪さは部員全員が承知済みとはいえ、弟である明崎の目の前で堂々と姉の人格を否定するよるような言葉を叫んで平気なのだろうか。
遠目ながら明崎を伺うと、「まっ、今のは全員分かってたな」と呆れた様子で未咲に球を受け渡している。
「え!? 嘘!?」と勢い良く首を回した未咲に小鳥遊が「うん」と頷き、風雅は「そうね」と肩を竦め、苦笑する高丘の斜め前で深間が息を付く。
その中で唯一「そうなのか!? オレは分からなかったな!」と笑い声を上げているのは岩動で、日下部は表情を変えないまま成り行きを見守っている。というか、ほぼ無視だ。
「しかも真正面ってのがまたタチ悪ぃんだよ」
何の変化もなく真っ直ぐ伸びる、真正面の打球。素人判断でも"捕れて当然"であるが故に、脳裏に"ミスれない"と猛烈なプレッシャーが過る。そこまで未咲は"わかった"上で、敢えて打ってきたのだ。
背に感じる古義の期待の眼差し、前方からは打球の重圧。それらに飲まれ、未咲の思惑通りまんまと宮坂がミスをすれば、やっと得た"先輩"としての面目が丸つぶれになると見込んで。
だがこれは、単なる"嫌がらせ"ではないと一年を共にした宮坂には分かっている。勿論、"ミスったら面白い"という思考は多分に含まれてはいるが(むしろ九割こちらが本音だろうが)、この状況がプレッシャー対策に抜群だと踏んだのだろう。
練習試合の少ない現状で、貴重な経験の場。未咲は、見逃さない。
そしてそこまで深読み出来るようになってしまったという事実もまた、宮坂を苛立たせる要因の一つである。
(クソッ)
チッと忌々しげに舌打ちした宮坂に「ほら古義、交代だ」と促され、古義は慌てて先程宮坂が構えていた守備位置へと駆ける。
その様子に未咲が「お、来たね新人くん」と口角を上げるので、明崎は「まだ止めといてやってくれ」と苦言を零す。開始早々、古義が縮こまってしまっては判断するものも出来ない。
そんな弟の心境を知ってか知らずか、未咲は「わかってるって」とカラリと返すが、"いい獲物を見つけた"と言わんばかりにニヤリと笑う顔は我が姉ながらとても安心出来たもんじゃない。
「頼むよ」。心の中でだけで重ねて、明崎はマスクを押し上げる。
「次! ノーアウトランナー、一塁!」
響いた未咲の声に、古義は思考を巡らせる。
(一塁、ってコトは、二塁でフォースアウト狙いか)
ランナーが詰まっている状態でバッターが球を打った場合、走者は必ず進塁しなければいけない。その為、守備陣は走者へのタッチではなく、進塁先のベース上で捕球するだけで走者をアウトにする事が出来るのだ。
点数となるホームベースに近い走者からアウトにしていく。これは野球でもソフトでも共通の鉄則だろう。
「バックセカンッ! ファーストチェック忘れるなよ!」
届いた明崎の指示に古義は「お?」と首を傾げる。
(ファーストチェック、というと、一度走者を見るのか?)
そんな古義に、宮坂が早口で言い切る。
「フライん時は小鳥遊に返せよ!」
「っ、ハイ!」
(そうだった)
ノーアウトでフライが上がった場合、ランナーは野手に捕球される事を見込んで進塁しない事が多い。(フライの際は、"野手の捕球後"でないと、走者はベースから足を離せないのである。)
その為バックセカンドではなく、ファーストに残った走者のチェックが必要になる。走者がうっかり飛び出していた場合、狙うのは一塁でのタッチアウトだ。
そして。古義の守備するライト側に打球が上がった場合、二塁ベース上に入るのはショートを守る高丘である。古義は捕球したら、一塁の走者の状況をチェックしつつ、目の前の小鳥遊に返せばいい。




