第9話 抗う残り火と、白銀の残響ー2
「――が、あ、ああああああああっ!!!」
洞窟の天井を震わせるほどの、アレンの絶叫が響き渡った。
ベッドの脚を凍り付かせ、同時にシーツを焼き焦がす凄まじい魔力の奔流。
その中心で、一人の男がアレンの右腕へと手をかざしていた。
「おっと、動かないで。暴れると魔法の術式がズレちゃうからね。」
軽薄なほどに飄々とした声。
だがその手から放たれるエメラルドグリーンの魔力光は、アレンの『白竜の炉心』が放つ狂気的なエネルギーを、まるで緻密なパズルを解き明かすように、一本ずつ丁寧に解きほぐしていく。
「くっ、アレン、耐えな!!」
エルザは渾身の力でアレンの両肩をベッドに押し付けた。
常軌を逸した熱と冷気が彼女の肌を焼くが、決してその手を離さない。
「ふぅ……よし、こんなもんかな。術式結合、完了。
暴走因子の一時的な封印、これにて終了っと。」
男が指をパチンと鳴らすと、アレンの右腕の赤黒い脈動が、嘘のように静まり返った。
アレンはそのまま泥のように深い眠りへと落ちていく。
「……ハァ、ハァ……。治った、のか?」
エルザが息を荒くしながら顔を上げると、そこにはアレンを治療した男と、そして自分たちをここまで案内してきた「不滅の残火」の男が佇んでいた。
案内人の男が、煤けた布のフードを外す。
その瞬間、エルザの息が止まった。
男の顔の左半分には、かつて凄惨な業火に焼かれたであろう大きな火傷の痕があった。
大柄な体躯、黒い毛並みが混じる無骨な容姿。
そして、何よりも特徴的な――鈍く鈍色に光る鋼鉄の左腕。
「……嘘、だろ……。ガロウ……! あんた、生きて、いたのか……っ!」
ガロウ。
黒狼の血を引く亜人族の戦士。
かつてイグニスとバルザック率いる第二師団の侵略によって故郷を焼かれた幼いエルザを救い出し、戦う術のすべてを叩き込んでくれた、もう一人の恩人だった。
「数年ぶりだな、エルザ。少しは見れる面構えになったじゃないか。」
ガロウは顔の右半分だけでニヤリと不敵に笑った。
「あんたがこのレジスタンスの隊長なのか……? それに、なんでドラグニル軍の軍服を着た男がこんなところにいるんだい。」
エルザがアレンの隣で白衣を整えている男を鋭く睨みつけると、男は肩をすくめて両手を振った。
「おっと、誤解しないでよ。僕はただの通りすがりの親切な医者さ。……まぁ、表向きはね。自己紹介が遅れたね、僕はカイル。これでもドラグニル軍第三師団の主席魔導参謀をやらせてもらってる。」
「こいつは俺たちの内通者――いや、命懸けのダブルスパイだ。」
ガロウが静かに、だが重い声で語り始める。
それは、ドラグニル軍の内部で進行している、恐るべき亀裂と陰謀の真実だった。
「数年前、ある作戦で俺は第一師団の遊撃隊長、レイラに追い詰められた。殺されるのを覚悟したが、彼女は竜王イグニスの『逆らう亜人は女子供であれ全て灰にせよ』という狂気の命令に絶望して剣を引いた。そして、その場に現れたのが、このカイルだ。俺の致命傷をあっさりと治療した上で、『僕たちと取引をしないかい?』と笑いやがった。」
カイルは第三師団(魔導兵器・後方支援大隊)の最奥で、イグニスが進める非道な実験データを見てしまったのだという。
イグニスはドラグニルにある遺産、白竜の『心臓』の膨大な熱量を兵器として暴走させ、大陸全土を消し去るほどの焦土兵器を造ろうとしている。
「あのトカゲの王様にこれ以上おもちゃを持たせたら世界が溶けちゃうからね。」
カイルは眼鏡の奥の瞳を冷徹に光らせ、眠るアレンを見つめた。
「『禁忌の書状』が回っていることをガロウにリークし、君たちを逃がす手引きをしたのはレイラ。そして僕の解析によれば……この少年の右腕こそが、イグニスが狙う『心臓』の真の力を引き出せる唯一の鍵だ。」
ガロウとカイルの言葉に、エルザは言葉を失い、ただ横たわるアレンを見つめることしかできなかった。 世界を滅ぼしようとする竜王。
それを内側から覆そうとする二人のスパイ。
その中心に立たされている、この少年。
その時、ベッドの上で、アレンの指先がピクリと動いた。




