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第8話 抗う残り火と、白銀の残響ー1

赤茶けた荒野を走りながら、アレンはフードの隙間から、容赦なく照りつける太陽を睨みつけた。

喉を焼くような熱風が吹き荒れ、遠くの景色は陽炎で歪んでいる。


「ハァ、ハァ……! 流石にこれだけ走れば、関所の歩兵は撒けたろ!」

エルザが大剣を背負い直しながら息を荒げる。


「いや、まだだ。ここは敵陣のど真ん中だからな。」

アレンは走りながら、リガルドの古文書館で手に入れた『創世竜の黙示録』の記述を思い出していた。

 500年前に創造主は深淵の闇を封印し、世界の均衡を保つため自らの「心臓」をこの地に隠したという。

さらに、アレンの右腕に宿る『白竜の聖鱗』――それが、ドラグニル領の最奥、万物が燃え尽きる果てにある『竜の墓場』がある方向に反応してかすかな共鳴の波動を発している。

白竜の記憶がアレンの脳裏に直接「そこにある」と告げたのだ。

だからこそ、二人は迷わずこの狂熱の地へと足を踏み入れた。


ピィィィィ――ッ!!

 

突如、鼓膜を突き刺すような鋭い鳴き声が、遙か上空から響き渡った。


「くそ、上だ! エルザ!」

 アレンが見上げると、陽炎の向こうから、巨大な翼を広げた二足歩行の飛竜――火竜(ワイバーン)が3頭、猛烈なスピードで急降下してくるのが見えた。

その背には、先ほど突破した「黒鉄の門」の追撃兵たちが跨っている。


「見つけたぞ、侵入者め! 竜王イグニス様の領地を汚す不届き者が!」

兵士の号令とともに、ワイバーンたちが一斉に大きく口を開いた。


「くるぞ!」


ドッ、ドッ、ドォン!!


 上空から放たれた無数の火炎弾が、二人の周囲の地面を爆破する。

飛び散る溶岩のような火の粉と、巻き上がる熱波が体力を容赦なく奪っていく。

ただでさえ立っているだけで目眩がするほどの灼熱だ。

一歩足を踏み出すごとに、ブーツの底が焦げるような熱を感じる。


「動くな! 抵抗すれば焼き尽くす!」

ワイバーンが低空で旋回し、アレンたちの退路を断つように着地した。

その瞬間、激しい地響きとともに、赤茶けた大地が割れた。


グルルルル……!


火炎弾の衝撃に刺激されたのか、地底からこの荒野の主たちが姿を現す。

全身が燃え盛る岩石でできた魔獣――フレイム・ゴーレムが3体、マグマを滴らせながら起き上がったのだ。


「おいおい、最悪のタイミングだな!」

エルザが大剣を引き抜き、不敵に笑うが、その額からは大粒の汗が流れている。


「追手だけじゃなく、現地の魔物まで歓迎してくれるとはね!」

前方は炎の魔獣、上空からはワイバーンの騎兵部隊。

逃げ場のない灼熱の荒野で、二人は完全に包囲された。

アレンは右腕をそっと抑える。

服の下で、白銀の鱗がドクン、と熱く、強く脈動を始めていた。


「私に任せな!」

エルザが背後から引き抜いたのは、並の戦士では持ち上げることすら不可能な、身の丈を超える漆黒の剛大剣『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』だった。

幾多の戦いを経て無数の傷が刻まれたその巨刃は、荒野の烈日にさらされ、どす黒い鈍光を放っている。

エルザは一歩踏み込むと、その大剣を爆風の如き速度で水平に一閃した。


「ハァァァッ! 『剛嵐(ごうらん)・連斬』!!」


ガギィィィィン!!


凄まじい金属音とともに、フレイム・ゴーレムの頑強な岩の脚が粉砕される。

自重を支えきれなくなった巨体が、地響きを立ててその場に崩れ落ちた。


「アレン、こいつの後ろに隠れな!」

エルザはすかさず、崩れかけたゴーレムの胴体部へ大剣の腹を叩き込み、盾の形に固定した。

その直後、上空のワイバーンから 激しい火炎放射が 降り注ぐ。

ゴオォォォッ!!と、凄まじい轟音とともに紅蓮の炎が周囲を焼き尽くすが、燃え盛る岩石でできたゴーレムの死骸は、その熱線を完全に遮断する完璧な遮蔽物(シェルター)となった。


「助かった、エルザ。見事な剣技だ。相変わらずその大剣の威力は凄まじいしな。」

炎の照り返しで顔を赤く染めながら、アレンが短く礼を言う。


「へへ、礼ならこの窮地を脱してからにしてくれ!」

エルザは不敵に笑いながら、熱を帯びた大剣を再び構え直した。

炎の壁の向こうでは、ワイバーンの騎兵たちが「仕留めたか!?」と目を凝らしている。

視界を遮る爆炎と煙の中、二人は次の一手に向けて動き出す。


「仕留めたな。」

上空で旋回する騎兵の隊長が、冷酷な笑みを浮かべて呟いた。

三頭のワイバーンが吐き出した火炎は、標的のいた一帯を完全に溶岩の海へと変えている。

並の人間なら、骨すら残らず灰になっているはずだった。

だが、爆炎と黒煙が燻るその中心で、異変が起きる。


「……おい、あれを見ろ!」

一人の兵士が 怯えた声を上げた。

紅蓮の炎を割るようにして、純白の冷気を含んだプレッシャーが 凄まじい勢いで膨れ上がっていたのだ。


「そんな馬鹿な、ワイバーンの炎をかき消すだと!?」

煙が晴れた。

そこには、エルザが固定したフレイム・ゴーレムの死骸を盾に、無傷で佇む二人の姿があった。

いや、無傷なだけではない。

アレンの右腕は、上着の袖を完全に焼き切り、白銀の鱗が眩いばかりの閃光を放っていた。

その光は、周囲の熱気を強引に凍りつかせるかのように、周囲の気温を急激に低下させていく。


「エルザ、一気に決める。あのゴーレムの塊を、あいつらに向けてぶっ飛ばせるか?」

アレンの言葉に、エルザは琥珀色の瞳をギラリと輝かせた。


「ふん、誰に言っている! 竜人族の怪力を侮るなよ!」

エルザが剛大剣『竜殺し』を大きく振りかぶる。

白煙の谷を覆っていた深い霧は、その日、魔獣の血と燃え盛る炎によって完全に吹き飛ばされていた。 

アレンはその背後から、光り輝く右腕をエルザの背中へとそっと添えた。


「『白竜の炉心』――出力三割。身体強化を同調(リンク)させる!」

「なっ……おおおおおッ! 力が、湧き上がってくる……!?」

 アレンの純白の魔力がエルザの体内に流れ込んだ瞬間、彼女の全身から白いオーラが爆発的に噴き出した。

ただでさえ規格外だったエルザの筋力が、白竜の加護によって何倍にも膨れ上がる。


「ハァァァァァッ!! 吹っ飛べぇぇぇ!!」

エルザの咆哮とともに、大剣の腹がゴーレムの巨大な岩塊を捉えた。


ドゴォォォォン!!


大砲をも上回る速度で打ち出された炎の岩塊が、上空で油断していたワイバーンの一頭に直撃する。


「ギャァァッ!?」

悲鳴を上げて 墜落していくワイバーン。

陣形が乱れたその一瞬の隙を、アレンは見逃さなかった。


「次は俺の番だ。――『白竜の咆哮(ブレス)』!」

アレンが右拳を突き出すと、触れてもいない空間が激しく歪み、純白の衝撃波が光線となって天空を貫いた。

それは熱を奪い去る絶零の衝撃。

残る二頭のワイバーンは、翼を衝撃波に射抜かれ、たまらず高度を落として荒野へと不時着した。


「く、くそっ! なんだあの力は……! 撤退だ、一度引いて体制を――」

地面に叩きつけられた騎兵たちが、恐怖に顔を歪めながらワイバーンを急き立て、命からがら関所の方角へと逃げ去っていく。


「ふぅ……。やったな、アレン!」

エルザが息を切らしながらも、勝利の笑みを浮かべてアレンを振り返る。

だが、アレンは応えなかった。


「……がはっ……!」

 唐突にアレンが膝を突き、地面に鮮血を吐き出した。

右腕の白銀の鱗が、まるで内側から燃え盛るように赤黒く変色し、蒸気を上げている。


「アレン!? おい、しっかりしろ!」

エルザが慌てて駆け寄り、その体を支える。

アレンの身体は、驚くほどの熱を持ってガタガタと震えていた。

他者への魔力譲渡と、高出力の技を同時に放った反動が、彼の肉体を蝕んでいた。


「……すまない、少し……力を込めすぎた。炉心が……暴走しかけている……」

意識が遠のきかけるアレンの視界の端で、赤茶けた大地の向こうから、いくつかの怪しい影がこちらに向かって近づいてくるのが見えた。

追手ではない。

 それは、この過酷なドラグニル領で、密かに生き延びている者たちのようだった。

 

「……アレン! おい、目を開けな!」

エルザの焦燥に満ちた声が、遠くの霧の向こうから聞こえるようだった。

アレンの右腕の脈動は、今や凶悪なほどの熱を帯び、白銀の鱗の隙間から赤黒いマグマのような光を漏らしながら、ジチジチと彼の肉体を焼き焦がしている。

『白竜の力』を過剰に引き出した反動――魔力の拒絶反応が、身体の内側から彼を破壊しようとしていた。


「ハァ……ハァ……くっ……!」

荒い呼吸を繰り返すアレンの視界は、激しい眩暈と熱で歪んでいる。

だが、その朦朧とする意識の端で、陽炎が揺れる赤茶けた大地の向こうから、複数の影が確実にこちらへと近づいてくるのが見えた。

カツン、カツン、と乾いた足音が響く。


「……追撃兵ではないな。関所の連中なら、もっと足音が重いはずだ。」

エルザがアレンを庇うように『竜殺し』を引きずり、鋭い眼光をその影へと向けた。

 煙と陽炎の向こうから現れたのは、全身を遮熱仕様のボロ布や煤けた革鎧で覆った、数人の男女だった。

彼らの顔は布で覆われていて窺い知れないが、背負っている独特な形状の採掘道具や、腰に下げた古びた魔導銃が、彼らが軍人ではないことを物語っている。


「おいおい……ワイバーンの部隊をたった二人で撃退したって噂は本当だったか?」

フードの隙間から、濁った、だが確かな知性を宿した瞳が二人を値踏みするように見つめる。

その声は、この狂熱の地で長年砂を噛み続けてきたような、ひどく掠れたものだった。


「何者だ。お前たちも、あの『黒鉄の門』の犬か?」

エルザが凄まじい威圧感を放ちながら大剣を構えるが、男は両手を軽く上げて敵意がないことを示した。


「まさか。俺たちは、竜王イグニスの圧政から逃れ、この死の大地で泥をすすりながら生き延びている『不滅の残火(レジスタンス)』さ。……それより、そこの坊主、かなりヤバいんじゃないか?」

男の視線が、アレンの暴走する右腕に注がれる。


「『白竜の炉心』の暴走だろ。このまま放置すれば、そいつは内側から凍りつくか、あるいは魔力の過負荷で木端微塵に爆発するぞ。」


「なっ……!白竜の炉心の事を何故知っている!?いや、そんな事より治し方がわかるのか!?」

エルザが身を乗り出す。


「ここで立ち話をしている暇はないぞ。ワイバーンの別動隊が戻ってくるのも時間の問題だ。坊主を助けたいなら、俺たちの隠れ家へ来い。……信用するかどうかは、お前たちが決めな。」

 男はそう言い残すと、背を向けて歩き出した。

アレンの意識はついに限界を迎え、エルザの腕の中でぐったりと崩れ落ちる。


「……チッ、選択肢なんてないってわけかい!」

エルザは気絶したアレンを背負い、大剣を握り直すと、怪しげな影たちの後を追って、陽炎の彼方へと足を進めた。



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