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第7話 燻る国境と、ふたりの距離

 交易都市リガルドを後にしたアレンとエルザは、烈火の竜王国「ドラグニル」へと続く荒涼とした山道を歩んでいた。

南へ進むにつれ、緑は影を潜め、地面の至る所から硫黄の匂いを含んだ白い煙が立ち上るようになる。

肌を刺すような熱気が、容赦なく体力を奪っていった。


「……おい、少し休むぞ。」


アレンが足を止めると、すぐ後ろを歩いていたエルザが、待ってましたとばかりにその場へ座り込んだ。

 

 エルザは19歳。アレンより二つ年上だ。

日に焼けた健康的な肌に、燃えるような真紅の髪をポニーテールに結わえている。

 頭部から生えるふたつの漆黒の角と、革鎧の隙間から覗くしなやかで引き締まった肢体は、彼女が屈強な竜人族の戦士であることを物語っていた。

だが、大剣を抱えてふうふうと息を吐く姿は、年齢相応の少女らしさも残している。

アレンは懐から水筒を取り出し、エルザへと放り投げた。


「ほら。」


「あ、すまない……。ぷはっ! 生き返るな。……お前、本当にタフだな。この暑さの中で涼しい顔をしていられるなんて、やっぱりその『白竜の力』のおかげなのか?」


エルザは水を拭いながら、アレンの右腕に視線を向けた。

アレンは無言で上着の袖を捲る。

そこには、日光を反射して鈍く輝く白銀の鱗があった。


「それもある。だが、一番はこれの制御が少しずつ分かってきたからだ。」


 アレンが目を閉じ、意識を右腕の奥へと集中させる。

すると、心臓の鼓動が高鳴ると同時に、右腕の鱗から淡い純白のオーラが立ち上った。

アレンがその手を近くの巨大な岩へと突き出すと、直接触れてもいないのに、風圧だけで岩の表面が粉々に砕け散る。


「なっ……触れずに岩を砕いたのか!?」


エルザが驚愕して目を丸くする。


「リガルドを出てからの夜、密かに特訓していたんだ。この腕は、ただの武器じゃない。俺の魔力や身体能力を何倍にも増幅する『炉心』みたいなものだ。出力を絞れば、こうして体温を一定に保つこともできるし、身体強化の効率も上がるみたいだし。」


アレンは拳を握り、光を霧散させた。


「だけど、まだ完全に馴染んでるわけじゃない。下手に力を込めすぎると、右腕が焼き切れるような激痛が走る。バルドのじいさんの特訓より何倍もキツいな。

」


少しおどけたように肩をすくめるアレンを見て、エルザは小さく吹き出した。


「ふふ、お前にもそんな人間らしいところがあるんだな。最初に出会ったときは、何を考えているか分からない冷血漢かと思ったぞ。」


「冷血漢で結構。お前みたいに、無鉄砲にドラグニル軍へ突っ込んで死にかけるよりはマシだろ。」


「うぐっ……それは、返す言葉もないが……」


エルザは気まずそうに視線を落とし、大剣の柄を愛おしそうに撫でた。


「でも、嬉しかったんだ。私の故郷を滅ぼしたドラグニルに、一矢報いるチャンスが巡ってきたと思って、頭が血に上ってしまってな。……あの時、お前が助けてくれなければ、私は今頃奴らの奴隷か、あるいは……。だから、本当に感謝している。」

 

 真っ直ぐな、嘘偽りのない瞳。

アレンは彼女の視線を少し気恥ずかしく思い、ふいっと顔を背けた。


「……言っただろ、気まぐれだ。お前の復讐に付き合う気はないが、目的地が同じ間は、盾くらいにはなってやる。」


「あぁ、頼りにしてるぞ、相棒!」


エルザはニカッと悪戯っぽく笑い、アレンの背中をバシバシと叩いた。

 アレンは嫌そうな顔をしながらも、それを拒絶することはしなかった。

二人の間にあった緊張感は、この過酷な道中で、確かに少しずつ解きほぐされていた。


「――よし、そろそろ行くぞ。この先が、ドラグニルとの国境だ。」

 

 アレンの言葉に、エルザの表情が戦士のものへと引き締まる。

山道を抜けた先、切り立った崖の合間に、巨大な鉄製の城壁が立ちはだかっていた。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 


 ドラグニル王国の首都へと繋がる関所「黒鉄の門」。

ドラグニルの首都「城塞都市マグマリア」へと続く唯一の玄関口だけあって、警備の数はリガルドにいた比ではない。

全身を赤い甲冑で固めたドラグニル兵が十数名、さらに門の上には弓兵が並び、厳重に目を光らせていた。


「どうする、アレン。流石に正面突破は無謀だぞ。私の角も目立つし、お前の髪も目立ちすぎる。」

 

エルザが岩陰から様子を窺いながら、声を潜める。

アレンはフードを深く被り直し、白銀の髪と赤色の目を隠した。


「正面から行くさ。ただし、まともに戦う必要はない。エルザ、俺が合図したら、一気に門を駆け抜けろ。」


「え? おい、ちょっと待て――」

 

エルザが止める間もなく、アレンは岩陰から堂々と姿を現し、関所へと歩き出した。


「止まれ! 何奴だ!」


すぐに鋭い声が響き、数人の歩兵が槍を構えてアレンを取り囲む。


「ただの旅人だ。通してほしい。」


「ふん、怪しい奴め。フードを外せ、素性を改めさせてもらう!」

 

兵士の手がアレンのフードへと伸びた、その瞬間。

アレンの右腕が、服の上からでも分かるほどの爆発的な白い光を放った。


「――しまえ。」


低く呟くと同時に、アレンは右足で強く地面を払った。

白竜の力で極限まで強化された一撃が、足元の硬い土壌を爆発させる。

ドォン!!と激しい轟音と共に、凄まじい砂煙が巻き起こり、関所全体が真っ白な視界に包まれた。


「な、なんだ!? 敵襲か!?」


「前が見えん、弓兵、撃て!」


混乱する兵士たちの怒号が響く中、アレンは砂煙を突っ切り、背後のエルザの腕を掴んだ。


「走れ!エルザ!」


「お、おう!」


視界を奪われた兵士たちの間を、縫うようにして二人の影が駆け抜ける。

行く手を阻もうとした門番の兵は、アレンが放つ目眩ましのような白い閃光に怯み、武器を取り落とした。

ガギィィン!と、閉まりかけていた鉄門の隙間に、エルザが大剣を叩き込んで強引に抉じ開ける。


「今だ!」


 二人は制止の声を背に受けながら、一気に関所を突破し、陽炎の揺らめくドラグニル領内へと躍り出た。

背後から追いかけてくる足音が遠ざかるのを確認し、二人は赤茶けた荒野をひた走る。

 紅蓮の竜王イグニスの支配する、狂熱の地での戦いが、いよいよ本格的に幕を開けた。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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