第6話 星灯祭の死線—2
「ハハハ! 雑魚二人がいくら策を弄そうと、この烈火の前にすべては灰よ!」
バルザックが再び大剣を激しく燃え上がらせる。
周囲の空気が歪むほどの熱量が、北門の石造りのアーチを赤く染め上げる。
「エルザ、あいつの次の一撃を正面から受け止めろ!」
アレンは歪んだ鉄剣を構えたまま、酷く冷めた声で告げた。
「なっ……!?」
「お前のその角と怪力は飾りか? 竜人族の頑強さを見せてみろ。一秒だけでいい、奴の動きを止めろ。――そうすれば、俺が隙を作る。」
エルザの頭部に生えた一対の「竜の角」が、屈辱と昂ぶりで微かに震えた。
魔力も身体能力も劣るはずの「人間」であるアレンに、竜人族としての誇りを挑発されたのだ。
だが、彼の赤い瞳には寸分の揺らぎもない。
「……いいわ。一秒と言わず、一分だって止めてみせる!」
エルザは覚悟を決め、身の丈を超える無骨な大剣を真正面に構えた。
「死ねぃ!」
バルザックが爆炎を纏って突進してくる。
大剣が繰り出すのは、すべてを焼き尽くす烈火の縦斬り。
「おおおおおっ!」
エルザは咆哮とともに、竜人族の圧倒的な身体能力を爆発させた。
石畳を踏み砕き、下からすくい上げるように大剣を激突させる。
ズガァァァン!!
激しい火花と金属音が北門に響き渡る。
バルザックの圧倒的な力に押し込まれ、エルザの八重歯から血が滲む。
しかし、彼女は一歩も引かない。
大剣と大剣が噛み合い、激しい熱波の中でバルザックの動きが完全に止まった。
「ぬぅっ!? この小娘、これほどのパワーを……!」
バルザックが驚愕した、まさにその瞬間。
「そこだ。」
アレンが動いた。
エルザの影から飛び出した彼の右腕――灰色のコートの袖を引き裂き、白銀の硬質な鱗『白竜の聖鱗』が露わになる。
アレンが右腕に力を込めると、その拳から圧倒的な密度の聖魔力が奔流となって溢れ出した。
まだ完全に制御できていないその力が、周囲の空気を一瞬で凍てつかせるように圧迫する。
「なっ……ば、馬鹿な! 人間がこれほどの聖魔力を――ぎゃあああっ!?」
アレンの放った白銀の衝撃波が、バルザックの燃え盛る大剣の炎を力任せにねじ伏せ、その重厚な赤茶色の甲冑を正面から打ち砕いた。
バルザックの巨体が血を吐きながら後方へと吹き飛び、北門の石壁に激しく激突する。
「隊長!?」
周囲を囲んでいたドラグニルの精鋭部隊が、動揺して一斉にバルザックの元へ駆け寄る。
完璧だった包囲網に、決定的な綻びが生まれた。
「しまっ……逃がすな! その小僧を……!」
バルザックが瓦礫の中で呻くが、勝負は決していた。
「走るぞ、エルザ!」
アレンは白銀の右腕を再びコートの残骸で隠しながら、エルザの手首を強く掴んだ。
「ええ!」
エルザは大剣を素早く背負い直し、アレンと共に開かれた北門の向こう側へと飛び出した。
背後からはドラグニル兵たちの怒号と、バルザックの悔しげな咆哮が響いていたが、二人の脚力はすでにリガルドの街の光が届かない、漆黒の夜の大地へと達していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
街道を外れ、生い茂る森の影へと滑り込み、二人はようやく足を止める。
「はぁ……はぁ……。なんとか、振り切ったみたいね。」
エルザは乱れた髪を払いながら荒い息をついた。
その視線は、アレンの右腕へと向けられている。
角も翼も持たない「人間」のはずの彼が放った、創造主の力。
その現実を目の当たりにし、彼女の胸の鼓動は高鳴っていた。
アレンは冷ややかに息を整えながら、懐からギルバートに渡された古びた羊皮紙の地図を取り出した。
月明かりの下で広げると、リガルドから北へと伸びる街道の先に、紅蓮の竜王イグニスが統べる国――ドラグニル領が不気味に浮かび上がっている。
「さて……ここからはお伽話の英雄譚じゃねえ。いつ死んでもおかしくない、本当の戦場だ。覚悟はいいか、お嬢さん?」
アレンの赤い瞳が、冷徹にエルザを射抜く。
エルザは自らの大剣の柄に手を当て、迷いのない声で応じた。
「私の命は、故郷を焼かれたあの日に一度捨てたものよ。イグニスの首を獲るためなら、地の果てまで付き合ってあげるわ、アレン!」
創造主の力を宿した少年と、復讐に燃える竜人族の少女。
二人の歩む路は、世界の命運を揺るがす激動の渦へと、深く繋がっていくのだった。




