第5話 星灯祭の死線—1
この圧倒的な人混みも「最期の死線」までもは隠し通してはくれなかった。
巨大な石造りの北門の周囲にまるでそこだけエアポケットのように不気味な空間が開いている。
楽しげな一般の祭りの参加者たちが、怯えたようにその場所を避けて通っていた。
空間の中心に佇んでいたのは、赤茶色の重厚な甲冑に身を包んだ、一団の兵士たち。
南部ドラグニル軍の精鋭部隊だ。
そしてその先頭で、一本の巨大な大剣を地面に突き立て、傲然と腕を組んでいる一人の男がいた。
男の髪は、まるで燻る炭火のように赤黒く、その衣服の隙間からは、ドラグニル竜王直属の証である「紅蓮の不滅紋」が覗いている。
「見つけたぞ、小賢しいハエどもが。」
男が顔を上げると、その凶悪な眼光が一直線にアレンへと向けられた。
「俺はドラグニル軍第二師団長、烈火の竜王イグニス様が忠臣、バルザック。……街の中に逃げ込んだと聞いたが、随分とおセンチな祭りに紛れてくれたものだな。」
バルザックが地面から大剣を引き抜くと、その重厚な刀身にドッと爆発的な炎が宿り、周囲の空気が一瞬で熱波へと変わる。
星灯祭のランタンが、その熱風に煽られて不自然に激しく揺れた。
悲鳴を上げた群衆が、クモの子を散らすように四方へと逃げ惑い始める。
「アレン、あいつは……!」
エルザが鋭く息を呑み、彼女の瞳には、恐怖を塗りつぶすほどの激しい憎悪の炎が宿っている。
「私の故郷を焼いた部隊の将……。よくも、よくも目の前に現れてくれたわね……!」
「おい、冷静になれ。私怨で突っ込むな!」
アレンはエルザを片手で制しながら、灰色のコートの下から、鉄剣を抜き放った。
彼の右腕――コートの袖に隠された『白竜の聖鱗』が、バルザックの放つ強烈な竜の魔力に呼応するように、ドクンドクンと熱い脈動を刻み始める。
「逃がさんぞ、白銀の腕を持つ小僧。その腕、我が王イグニス様への最高の献上品とさせてもらう!」
バルザックが猛然と地を蹴った。
大剣から放たれた一筋の紅蓮の炎が、星灯祭の夜の闇を真っ二つに切り裂きながら、アレンとエルザ目掛けて殺到する。
エルザが背負っていた布巻きを荒々しく引き裂くと、そこから現れたのは、彼女の華奢な体躯には不釣り合いなほどに巨大な、身の丈を超える無骨な大剣だった。
黒ずんだ鋼の刀身には、無数の戦いによる刃こぼれが刻まれている。
彼女の両手が柄を握りしめた瞬間、その小柄な身体から、バルザックの熱波を押し返すほどの凄まじい闘気が吹き出した。
「おい、冷静になれ! 私怨で突っ込むな!」
アレンの制止の声が届くよりも早く、バルザックが猛然と地を蹴った。
「逃がさんぞ、小僧!その腕、我が王イグニス様への最高の献上品とさせてもらう!」
大剣から放たれた一筋の紅蓮の炎が、星灯祭の夜の闇を真っ二つに切り裂きながら、二人目掛けて殺到する。
「お前は、私が斬る……っ!」
エルザは憎悪に瞳を血走らせ、その身の丈ほどもある大剣を凄まじい怪力で振り抜いた。
下段から掬い上げるような一撃が、迫り来る紅蓮の炎の波を真っ向から迎え撃つ。
激しい金属音と、魔力の衝突による爆風が北門の石畳を爆ぜ跳ねさせた。
「ふん、小娘が! その顔、見覚えがあると思えば……あの時に滅ぼした辺境騎士団の生き残りか!」
バルザックはエルザの渾身の一撃を、自らの大剣の腹で事もなげに受け止めていた。
ニヤリと下劣な笑みを浮かべ、さらに腕力でエルザを押し込む。
「くっ……!」
力比べでは圧倒的に不利。
エルザの足元がズズズと後退し、石畳に鋭い擦過音を響かせる。
(チッ、頭に血が上りすぎだ!)
アレンは灰色のコートを翻し、一瞬でバルザックの側面に回り込んだ。
コートの袖の下で、右腕の『白竜の聖鱗』がドラグニルの竜の魔力に激しく共鳴し、衣服を焦がすほどの熱を放っている。
まだ鱗の力を完全に解放するわけにはいかない。何故かそう思ったアレンはただの鉄剣に左手を添え、バルザックの無防備な首筋へと神速の突きを放った。
「甘いわ!」
バルザックはエルザを蹴り飛ばすと同時に、恐るべき反応速度で大剣を翻し、アレンの突きを弾いた。
キィィン! と高い金属音が響き、アレンの鉄剣の刃が微かに歪む。
ただの鉄剣では、竜王の加護を受けたバルザックの武装とまともに打ち合い続けることはできない。
「アレン!」
吹き飛ばされながらも、エルザが即座に体勢を立て直し、大剣を両手で上段に構え直した。
その刃が、月光と星灯祭の残光を浴びて鈍く光る。
北門の周囲は、すでに完全にドラグニル軍の戦闘領域と化していた。
逃げ遅れた群衆の悲鳴が遠ざかる中、バルザックの背後に控える精鋭部隊が、じわじわと二人を包囲するように陣形を広げ始める。
「おいエルザ、死にたくなければ俺の指示に従えるか!」
アレンは歪んだ鉄剣を構え直しながら、冷徹な赤色の目でバルザックと周囲の兵たちの動きを完全に見切ろうとしていた。
「あいつの狙いは俺の右腕だ。お前の復讐に付き合う気はないが、ここを突破する利害は一致している。」
エルザは大剣を構えたまま、荒い息の隙間から、悔しそうに歯噛みした。
しかし、アレンの冷徹な横顔を見た瞬間、その脳裏に先ほどの彼の言葉が蘇る。
――『取り乱したところで、状況は一歩も好転しない。』
「……分かったわ。あなたの合図に合わせる!」
エルザは憎悪を殺気へと変え、大剣の切っ先をわずかに下げて、次の一撃のための溜めの姿勢に入った。
「ハハハ! 雑魚二人がいくら策を弄そうと、この烈火の前にすべては灰よ!」
バルザックが再び大剣を激しく燃え上がらせる。
周囲の空気が歪むほどの熱量が、北門の石造りのアーチを赤く染め上げていた。




