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⑮左手の聖鱗の行方

 天空城奪還の激闘、そしてそれに続く『白竜の翼』の暴走という未曾有の危機。

王座の間を包んでいた狂乱の余熱がようやく静まりを見せる頃、アレンたちの元へ力強い足音が近づいてきた。

 

 結晶の廊下を突き進み、王座の間へと姿を現したのは、戦線を支えていたガロウとバルドムの二人だった。彼らはノクスの残党を掃討し終えた、歴戦の重みをまとっている。


「アレン……! 無事か!」

 

 ガロウが鋭い眼光をアレンへと向け、その痛々しい左半身の火傷痕を見て、低く唸った。


「やっぱり、あの異様な魔力の奔流はそういうことだったか。大事は無いようだが……その傷、ただの戦傷じゃないな。」


「うむ。覇王イグニス様とカイルが強引に抑え込んだようだが、これは一刻を争うな。」

 

バルドムもまた、アレンの崩壊しかけた肉体の気配を察し、険しい表情でカイルの封印コンテナとアレンを交互に見つめた。


「ガロウ、バルドム師団長。すまない、敵の長は仕留めたが……僕たちの勝利を喜ぶには、少々猶予が足りないようだ。」

 

 カイルが疲れ果てた顔に、かろうじていつもの冷静な理性の笑みを浮かべながら告げる。


「アレンの肉体は、今や限界を迎えた炉心そのものだ。ここ天空城での応急処置では限界がある。一度、僕たちの足場を固めるためにも退くべきだ。」


「ああ、異論はねえ。ここに長居をすれば、今度は天空城の防衛機構そのものがどう動くか分からんからな。」

 

ガロウがアレンの肩をそっと支え、自らの大柄な体へと預けさせた。

アレンは辛うじて意識を保っているものの、もはや自力で歩くことすらままならない状態だった。


「エルザ、お前も酷い傷だ。動けるか?」

 

バルドムの問いに、エルザは大剣を背中に収め、強く頷いた。


「ええ、私は大丈夫。……アレンを、早く安全な場所へ。」


 一同は、覇王イグニスが待つ甲板の巨船へと移動し、奪還した天空城の暫定的な防衛術式をカイルの手で最短で組み上げた。

城の絶対権限は完全にこちら側にある。

ノクスの手が二度と届かない大空の果てへと天空城を一時的に固定し、彼らは一陣の風のごとく撤退を始めた。



◇◇◇◇◇

 


 数日後。

煮え滾るマグマの熱気が大気を震わせる、竜王国ドラグニルの首都マグマリア。

その中心にそびえ立つ、赤黒い岩盤を削り出して作られた無骨で巨大な王宮の一室に、アレンたちは集まっていた。

 

王宮の最奥にある特設の療養室では、竜王国の優れた治癒術師たちが総出でアレンの治療にあたっていた。

 

ドラグニルの潤沢な熱エネルギーと、カイルが持ち込んだテンペストの最先端の魔導医療カプセル。

その双方を用いることで、アレンの左半身の凄惨な火傷痕は、徐々にその痛々しい赤黒さを引かせていた。


 しかし、それはあくまで「外傷」が塞がったに過ぎない。


「……やはり、完全に拒絶反応が治まったわけじゃないな?」

 ベッドの脇に立つカイルが、魔導端末の数値を睨みつけながら嘆息した。

 

アレンは上半身を起こし、包帯が巻かれた自分の左手をじっと見つめる。

衣服の袖を破った右腕の『白竜の聖鱗』は、すでに限界を越えた純白の魔力を大人しく宿しているが、左半身からは時折、パチパチと制御を失った透明な魔力が霧散するように漏れ出ていた。


「アレン、調子はどう?」

 

部屋の扉が開き、自身の傷の治療を終えたエルザが入ってきた。

その瞳には、今もアレンを案じる強い光が宿っている。


「……悪くない。ガロウとバルドムが、道中うまく魔力を遮断してくれたおかげだ。二人には感謝している。」

 

アレンの低く冷徹な、しかしどこか疲弊を隠しきれない声が室内に響く。


「二人なら、イグニス様と一緒にノクス戦の戦後処理と、周辺領土の警戒に回ってくれているわ。私たちが天空城を奪い返したことで、大陸全体の勢力図が大きく動く。彼らも大忙しよ。」

 

エルザはアレンのベッドの傍らに腰掛け、安堵したように息をついた。


「それよりカイル。アレンの『器』を治す方法だけど……」

 

エルザが本題を切り出す。

王宮に戻ってからというもの、カイルは一睡もせずにアレンの肉体構造と『左半身の防壁』について調べ続けていたのだ。

 

カイルは眼鏡の位置を直し、険しい表情で二人に画面を向けた。


「ゼピュロス様の言う通りだったよ。アレンの体にある『ドラグニルの心臓・炉心』は、右腕の聖鱗という『片側の防壁』だけで均衡を保っていた、極めて綱渡りなシステムだ。そこに『白竜の翼』という同等以上の遺産が流れ込めば、出力のバランスが完全に崩壊して、防壁のない左側から崩壊する。……アレンを本当の意味で救い、翼を完全同調させるためには、左半身を護る『もう一つの聖鱗』が絶対に必要だ。」


「左の、聖鱗……」

 

アレンがその言葉を噛み締めるように呟いた。


「ああ。だけど、問題はここからだ。」


カイルはガシガシと自らの髪を掻きむしり、信じられないといった様子で声を尖らせた。


「アレンが持っている炉心のエネルギーを使えば、本来なら同じ白竜の遺産である『左の聖鱗』の位置くらい、世界中のどこにあっても微弱な共鳴反応で追跡できるはずなんだ。……なのに、いくら探査術式を回しても、炉心が一切の反応を示さない。文字通り、この世界から跡形もなく消え失せているかのような状態だ。」


「反応が、ない……? そんなことがあり得るの?」

 

エルザの顔に焦燥が走る。

行方すら分からないとなれば、アレンの肉体は二度と『白竜の翼』を受け入れられないばかりか、いつまた炉心の熱暴走で崩壊するか分からない爆弾を抱えたままになってしまう。


「あり得るとすれば、意図的に『炉心の探査を遮断する超高等な隠蔽術式』が施されているか、あるいは……」


カイルは一度言葉を切り、重々しく続けた。


「『古代の知識』を持つ者が、意図的にそれを秘匿しているか、だ。……そこで、僕に一つ心当たりがある。」


「心当たり?」

 

アレンの赤眼が鋭くカイルを射抜く。


「僕の師匠、ギルバートだ。あの人なら、白竜の遺産が世界に散らばった際の古い文献や、僕たちですら知らない隠し地脈の知識を持っている可能性が極めて高い。今のアレンの症状を診せれば、何かしらの打開策を提示してくれるはずだ。」

 

カイルの提案に、エルザが立ち上がった。


「ギルバートさんね。リガルドにいる、あの偏屈な……。迷っている暇は無いわ、すぐに連絡を取りましょう。テンペストの通信魔法なら、ここマグマリアからでもリガルドへ繋がるはずよ。」


「……いや、それがさっきから試しているんだけど」

 

カイルが魔導端末の画面を操作する。

そこには、ノイズだらけの奇妙な術式配列が映し出されていた。


「何故か、通信魔法が一切繋がらないんだ。」

 

カイルのその呟きに、療養室の空気が一瞬で張り詰めた。


「繋がらない? テンペストの広域通信網が? 天候のせいとかじゃなくて?」

 

エルザが怪訝な顔をする。


「あり得ない。テンペストの通信術式は、多少の嵐や地脈の乱れ程度で不通になるようなヤワな設計じゃない。まるで……リガルドの周囲の空間そのものが、外部からのあらゆる魔力的接触を『拒絶』しているかのような、不自然な途絶の仕方だ。」

 

カイルの目が、不審と、かすかな恐怖に揺れていた。


「胸騒ぎがする。ただの通信障害じゃない。師匠の身に、何かが起きているかもしれない……」

 

アレンは静かに包帯の巻かれた左手を握り込み、ベッドから足を下ろした。


「アレン!? まだ動いちゃダメよ!」


「……いや、行くぞ。ギルバートの安否確認も兼ねて、リガルドへ向かう。」

 

アレンの赤眼には、すでに確かな決意が宿っていた。


「どのみち、ここに居ても『左の聖鱗』の手がかりは掴めない。カイルの師匠が何かを知っているなら、直接会いに行くのが一番確実だ。通信が繋がらないというなら、なおさらな。」


「アレン……」

 

エルザは彼の頑固な視線に、ため息をつきながらも、すぐに自らの大剣の柄に手を置いた。


「分かったわ。私も行く。貴方の行く道を遮る闇があるなら、今度こそすべて焼き尽くしてあげる!」


「ありがとう、二人とも。」

 

カイルは端末を閉じ、素早く旅の支度を頭の中で組み立て始めた。


「ガロウとバルドム、レイラには、僕から伝言を残しておくよ。マグマリアの王宮で治療を受け、ひとまずの危機を脱した。ここからは、真の『器』を完成させるための、そして不穏な影が蠢くリガルドへの、隠密の旅の始まりだ。」

 

 こうして、天空城を奪還した英雄たちは、勝利の余韻に浸る間もなく、リガルドへと再び足を進めることになる。

彼らを待ち受けるのは、ギルバートの不在というさらなる異常事態。

物語の歯車は、より深い謎と試練に向けて加速していく。

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