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⑨天空宮殿へ

 その時、天脈の昇降陣(グランド・リフト)の周囲に広がるテンペストの地上都市――エメラルドグリーンの結晶で洗練された街並みは、かつてない大混乱に包まれていた。

数千年の歴史の中で、ただの一度も止んだことのなかった「天嵐の防壁」。

常人であれば一瞬で肉を削がれる永久の暴風が、アレンの【白銀の矢】によって唐突に、そして完全にピタリと静まり返ったのだ。

何よりも完璧を愛するテンペストの住民、そして前線の一般兵たちにとって、それは世界がひっくり返るほどの異常事態だった。


「風が……止まった……?」


「馬鹿な! ニルヴァ閣下の防空数式にバグが起きたというのか!?」

 結晶の街路に飛び出してきた住人たちが、信じられないものを見る目で、いつもなら暴風が渦巻いているはずの虚無の空を見上げていた。

 風によって高度に管理されていた巨大な風車の塔が次々と回転を止め、キィ、と悲鳴のような音を立てて停止していく。

街の灯りが一瞬だけ明滅し、高度な魔力文明が根底から揺らいでいることを告げていた。

「おい、見ろ! ドラグニルの船だぞ!」


「覇王イグニスの竜王艇が……なぜここに!?」

 首都の警備兵たちが慌てて魔導弓を構えようとしたが、彼らの動きはあまりにも遅すぎた。

 防空網のシャットダウンという数秒の空白を完璧に突き、赤茶けた漆黒の巨体が、凄まじい逆噴射の熱波とともに『天脈の昇降陣』の基部ドックへと滑り込んでいく。

「嘘だろ……。第一師団長のシルフ様は!? 国境のニルヴァ様やハヤテ様は何をしているんだ!」


「通信が繋がらない! 国境の魔力回線が混線している……いや、完全に遮断されているぞ!」

 司令部の魔導兵たちが、火花を散らす端末の前で頭を抱えて絶叫していた。

 彼らが盲信していたテンペストの「完璧な数式は、すでに国境でガロウとバルドムの牙によって食い破られ、アレンの創造主コードによって概念から書き換えられている。

その冷酷な事実が、前線の兵士たちに恐ろしい速度で伝播していく。

「まさか……ゼピュロス様が、僕たちを見捨てたのか……?」

 一人の若い兵士が、ガタガタと震えながら遥か上空の「天空宮殿」を見上げた。

地上はこれほど混乱しているというのに、雲海の上の宮殿からは、救いの手どころか、不気味でドロリとした黒い闇のオーラが、滝のように地上へと染み出し始めている。

 王の目が濁り、国政が乱れていくことに、彼らも本能的な恐怖を抱いていた。

しかし、それが今、最悪の形で目の前に突きつけられたのだ。

「そんなはずはない! ゼピュロス様は、僕たちの完璧な王様だ……!」

 自分に言い聞かせるように叫ぶ兵士たちの声を置き去りにして、天脈の昇降陣の起動音が、地響きとなってテンペストの街に鳴り響く。

 恐怖と動揺に凍りつく人々の視線の先で、選ばれし4人を乗せたリフトの光柱が、不気味な闇の待つ天空宮殿へと向かって、猛烈な速度で上昇を開始した――。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 地上の大混乱と動揺を眼下に置き去りにして、巨大な光の円陣――『天脈の昇降陣(グランド・リフト)』は、雲海の上の天空宮殿へと向かって凄まじい速度で垂直上昇を始めていた。

 しかし、侵入者をただ見過ごすほど、風王ゼピュロスの防衛システムは甘くはなかった。


「――来るよ! 上階の防衛セクターが強制起動した。テンペストのメイン数式が、僕たちを『最優先排除対象』に指定したみたいだね。」

 カイルが魔導端末の画面を鋭く睨みつけながら警告する。

 

キィィィィィィィン――ッ!!

 昇降陣が通過する結晶のシャフト壁面から、無数のエメラルドグリーンの光条が走り、いくつもの巨大な魔法陣が展開された。

そこから滑り出るように現れたのは、半透明の結晶で形作られた人型の自動防衛魔導兵器『天嵐の守護者(ストーム・ガーディアン)』の群れだった。

 さらに、それらの背後からは、不気味な黒い闇のオーラを纏ったノクスの竜神族の残党たちも、暗殺者のように影から這い出してくる。

「数式の操り人形どもが、この俺の進軍を阻めるとでも思ったか!」

 先頭に立つ覇王イグニスが、包帯の全身から圧倒的な紅蓮の炎を爆発させた。

抉れた胸からの熱気がリフトの空間を急激に膨張させ、襲いかかってきた結晶兵器の第一波を、その熱波だけで粉々に融解・爆散させていく。

「イグニス様が道を拓いてくれた! アレン、右側は私がやるわ!」

 エルザが痛々しい怪我を強靭な覚悟でねじ伏せ、大剣を両手で構えて跳躍した。

 ノクスの残党が放った闇の魔術の弾幕を、彼女は気高き「火」の魔力で相殺しながら、鋭い八重歯を覗かせて一閃する。

バルザックへの復讐を遂げ、アレンの相棒として磨き上げられた彼女の剣筋は、ノクスの暗殺者の肉体を一撃で両断し、リフトの床へと叩き落とした。

「……チッ、次から次へと鬱陶しいな!」

 アレンはフードの隙間から赤眼を光らせ、愛剣の柄を逆手に握り直した。

 結晶兵器の群れが、リフトの上昇速度を上回る神速の風の刃を全方位から放ってくる。

バルドに叩き込まれた実戦剣術(対竜剣術)の見切りが、その無数の不可視の刃の『軌道』を瞬時に看破した。

 

ドッ!!!

 アレンの姿が、リフトの上から完全に消失する。

 右腕の『白竜の聖鱗』と融合した『心臓』から引き出される白銀の魔力。

それが彼のベースである無駄のない型と合わさり、世界一の超神速となってリフト内を縦横無尽に駆け抜けた。


 バキィィィン! ズガァァァンッ!!

 

 アレンが通り過ぎた大気の軌跡に、一瞬遅れて白銀の閃光が爆ぜる。

ハヤテの劣化版真空すら置き去りにするその速度の前では、ゼピュロスの自動防衛システムといえど照準を合わせることすらできず、結晶の魔導兵器たちが一瞬で塵へと還っていく。

「ふむ、さすがの連携だ。僕も遊んでいるわけにはいかないね。」

 カイルは迫り来るノクスの魔術を最小限の魔術障壁でいなしながら、リフトの速度をさらに限界突破(オーバーブースト)させるべく、制御盤へのハッキングを完了させた。


「さあ、スピードを上げるよ! 狂った風の王様がお待ちかねだ!」

 カイルの叫びとともに、天脈の昇降陣は凄まじい衝撃波を上げて加速し、残った兵器の群れを力任せに圧殺しながら、雲海を突き抜けた。

 視界が真っ白な霧に包まれた直後、リフトはついに最上階へと到達する。

目の前に現れたのは、黒い闇のオーラを滝のように噴き出している、天空宮殿の巨大な大門だった。


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