⑥天地混戦ー2
国境地帯でガロウとバルドムが死闘を繰り広げているその頃、マグマリアの上空でもまた、一つの決着の時が迫っていた。
白銀の極光を操る「軍神」ヴァルキアスと、かつての部下であるレイラの連撃。
その猛攻の前に、テンペストの第一近衛師団長「神速の蒼翼」シルフは、初めてその圧倒的な速度を殺されつつあった。
超高熱の魔導槍が風を焼き、レイラの大剣が彼女の退路を正確に塞いでいく。
「くっ……! さすがは無敗の軍神……、それにレイラ、あなたの剣筋にも迷いがない……!」
シルフは鋭いショートヘアを夜風に乱しながら、辛うじて極光を回避する。
だが、彼女の動きを本当に鈍らせていたのは、二人の武力ではない。
彼女自身の脳裏に、数式のように鳴り響くゼピュロス王の『命令』だった。
(アレンを無傷で回収し、他は全て窒息・消滅させろ……)
その非合理的で、ただの虐殺を目的としたかのような狂った命令。
さらにその時、国境地帯のニルヴァの防空網が、地中からの泥臭い奇襲によって激しく揺らいでいるのを、風の魔力を通じてシルフは敏感に察知した。
完璧であるはずの王の戦略が、瓦解を始めている。
「――気づいているな、シルフ。」
魔導槍を構え、威厳に満ちた白髪をなびかせながら、ヴァルキアスが静かに語りかけた。
500年以上イグニスに仕え、王の変貌に誰よりも苦悩してきた古強者の言葉には、重い説得力があった。
「王の命令は絶対。だが、王が『王』でなくなった時、その命令に盲従することは騎士の矜持か? それとも、ただの思考放棄か?」
「私は……!」
シルフのクールな顔が苦痛に歪む。
その刹那だった。
王宮の地下から、すべてを圧殺するかのような、冷徹で圧倒的な『白銀の魔力』の残滓が、天に向かって立ち上った。
アレンの右腕に宿る、白竜の『心臓』が放つ創造主の鼓動。
それは、シルフが信じるテンペストの「風の数式」の範疇にない、世界のシステムそのものを書き換えるほどの異質な特異点。
「これが……王の数式に混入した、最大の『バグ』……!? いいえ、最初から王の計算のほうが狂っていたというの……!?」
シルフの瞳に、ついに決定的な動揺が走った。
ゼピュロス王の命令が創造主である白竜帝に対するいかに愚かな反逆行為であるかが、アレンの魔力の予兆によって完全に証明されてしまったのだ。
「シルフ、目を覚ませ!!」
レイラが背中の竜翼を大きく広げ、大剣に大気の熱量を極限まで収束させる。
「王を救うために、その偽りの数式を、私たちの手で壊すんだ!」
シルフはハッと息を呑んだ。
そして、自らの胸の葛藤を振り払うように、自嘲気味に微笑んだ。
「……フッ。合理的ではありませんね。王が間違っていると知りながら、それでもこの命を懸けて突撃せねばならないなど。ですが――」
シルフは超薄型の軽量鎧に、自身の全魔力を注ぎ込んだ。彼女の周囲の風が、光をも歪めるほどの蒼い超流動へと変化する。
「王の命令がバグだとしても、私はテンペストの騎士! この一撃に、私の誇りのすべてを懸ける! 来なさい、ドラグニルの双翼!!」
ドォォォォォンッ!!!
シルフの身体が光速の手前、その限界を超えた『純粋な一筋の閃光』と化して突撃する。
それを迎え撃つは、ヴァルキアスのすべてを貫く白銀の極光槍、そしてレイラがカイルの知識を乗せて放つ、熱を帯びた細剣の猛撃。
マグマリアの夜空が、蒼と白銀の光によって、まるで昼間のように爆散した。
激突の末、シルフの蒼き鎧は砕け散り、彼女の身体は優雅に宙を舞って、レイラの腕の中へと崩れ落ちる。
「……見事です、レイラ。私の……負け、ですね……」
シルフは静かに目を閉じ、その意識を手放した。
命に別条はない。
彼女の騎士としての盲信は、今ここに、二人の真の覚悟によって打ち砕かれたのだ。
「閣下、シルフの身柄は私が。」
「うむ、任せる。……そして、ついに『矢』が放たれるぞ!」
ヴァルキアスが王宮を見下ろした。
上空の風が静まり返ったその瞬間、王宮の最奥から、テンペストの防空網を強制シャットダウンさせるための、アレンの【白銀の矢】が天を穿とうとしていた。




