①嵐の刺客ー2
マグマリアから遥か北方、常に荒れ狂う暴風が大地を削る、北部『テンペスト』との国境地帯。
そこは、常人であれば一歩足を踏み入れただけで肉を削がれ、骨を砕かれる永久の嵐の地。
しかし今、その激しい風の音に紛れるようにして、いくつかの『影』が蠢いていた。
第四師団長バルドムは、暴風の中に身を置きながらも、衣服ひとつ羽ばたかせていなかった。
彼の纏う防魔隠密衣『夜帷』が、周囲の風の魔力を完全に同化し、受け流しているのだ。
彼の背後には、同じく気配を完璧に断った第四師団の隠密班、そして緊迫した面持ちのレジスタンス精鋭たちが控えている。
「――ここだ。カイルの術式ログを展開する。」
バルドムが短剣の先で空間をなぞると、虚空に淡い青紫色の魔力回路が浮かび上がった。
魔術師カイルが遺した、テンペストの風の結界をバイパスするための暗号術式である。
激しく渦巻いていた緑色の暴風が、その回路に触れた瞬間、まるでモーセの海割りのように、静かに、そして完全に左右へと分かれた。
「驚いたな……。本当に『隙間』ができた。」
レジスタンスの戦士が、声を殺して驚嘆する。
「感心している暇はない。風王の耳目は鋭いぞ。術式が維持できるのは、結界の巡回が切り替わるまでの僅かな時間だ。行くぞ。」
バルドムの合図とともに、影たちは一斉にドラグニルとテンペストの国境壁である大竜門が存在する関所領地内へと滑り込んだ。
風の止んだ通路を抜けると、目の前に広がっていたのは、マグマリアの赤茶けた世界とは正反対の、冷徹なまでに洗練されたエメラルドグリーンの結晶都市だった。
巨大な風車のような塔がいくつもそびえ立ち、街全体が高度な魔力で管理されているのが一目でわかる。
しかし、侵入に成功した安堵も束の間、バルドムの鋭い本能が、異常なほどの「静寂」を察知した。
結界を抜けた先には、本来いるはずの国境警備兵の姿が一人もない。
「……静かすぎるな。」
バルドムが短剣の柄に手をかけた、その時だった。
頭上から、鈴を転がすような、しかし氷のように冷たい声が響き渡った。
「――お珍しいお客様ですね。マグマリアのトカゲどもが、まさか我が主の風を欺いてここまで来るとは。」
結晶の塔の頂から、一本の細い矢が放たれた。
それは風を引き裂く轟音を上げ、バルドムたちの目の前の地面へと突き刺さる。
直後、凄まじい突風が吹き荒れ、カイルの隠密術式によって開けられていた『隙間』が、無理やりへし折られるようにして閉じられた。
退路は断たれた。
バルドムが視線を上げた先、風を操り、空中に優雅に佇むテンペストの伏兵――風王の懐刀の姿があった。




