③十日間の防衛儀式ー3
地底回廊の中盤、地脈の熱流が引くのを待つ間。
ガロウの左義手が「キャリキャリ」と不穏な音を立ててから、アレンの『搬送担当』を巡る一悶着が勃発した。
「――だから言っただろう、ガロウ。君のその脳まで筋肉で満たされた肉体では、アレンの繊細な炉心のバランスを崩してしまうんだ。」
カイルが魔導端末の光で顔を青白く照らしながら、大真面目な顔で眼鏡をクイと上げた。
「あァ? だったら誰が持つんだよ。お前か? モヤシメガネ。試しに一瞬担いでみろ。その細腕がマッチ棒みたいにポキッと逝くサマを、俺は暗闇でじっくり鑑賞してやるぜ。」
「僕が持つわけがないだろう。そもそも僕は竜神族で筋肉量は、さっきも言った通り国家基準を大幅に上回っている。だけど僕がアレンを抱えてしまったら、探知術式が使えなくなってしまう。この地下回廊の地脈の異常反応の発見ができずに何かあったら時には遅いんだよ。そこで提案なんだが、エルザ。君が持つというのはどうだい?」
「えっ、私!?」
突然話を振られたエルザが、暗闇の中で驚いたように声を裏返した。
「そう、君だ。君は人間の範疇を超えた超重量の大剣を平然と振り回している。つまり、アレンを小脇に抱えながらでも、敵の2、3体は片手で消し飛ばせる筋力があるはずだ。何より、君の手首の鱗とアレンの炉心が共鳴しているんだから、フィジカル的にも精神的にも一番シンクロ率が高い。」
「い、いや、それはそうかもしれないけれど……!」エルザの気配が、なぜか激しく狼狽し始めた。
「ア、アレンは一応、その……男の子よ!? 意識を失っているとはいえ、私がそんな……お姫様抱っこのようにして運ぶなど、そ、その、倫理的というか、騎士道の精神に反するというか……!」
「お前は何を戦場で乙女モードに入ってんだよ、マセガキめ。」
ガロウが呆れたように鼻を鳴らす。
「大体、アレンの見た目は今はこんなだが、中身は五百年前の白竜様直属の神官の子供なんだろ? 実質五百歳以上のジジイだと思えば、恥ずかしくもクソもねぇだろ。」
「ジジイとは何だ、ガロウ! アレンをそんな風に呼ぶのは私が許さん!」
ここで、生真面目なレイラが翼をギチギチと軋ませながら割り込んできた。
「イグニス様やバルドム師団長のお話を忘れたのか! 彼は白竜様に慈しまれた、神聖にして可憐なる世界の鍵なのだぞ!
そんな、むさ苦しい狼の毛皮に包まれたり、鉄臭い甲冑で締め付けたりしていい存在ではないわ!」
「じゃあお前が運べよ、エリート遊撃隊長。」
ガロウがアレンを差し出す。
「私!? いや、私は……その、ご覧の通り『スタイリッシュな翼』があるから、前線での空中哨戒任務で両手を空けておかなければならないのよ!
もしアレンを抱えたままバレルロール(空中横転)でもしてみろ、遠心力で彼が時速200キロで岩壁に射出されることになるわ!」
「ただの危険物じゃねえか! 誰もテメェの航空便には頼まねぇよ!」
4人が暗闇でアレンの襟首や足を小突き合いながら
「お前が持て!」「いやお前だ。」
と不毛な押し付け合い(一部、過保護な権利主張)を繰り広げていると。
「……はぁ」
闇の奥から、底冷えするような深い溜息が響いた。
次の瞬間、ガロウの腕の中にあったアレンの身体が、ふわりと重力を失ったように宙に浮き上がった。
アレンの身体の周囲を、不気味な漆黒の影の触手が幾重にも包み込み、まるで高級な繭のように優しく保護している。
「……あ」
ガロウが両手を虚空に彷徨わせる。
常闇の中から、バルドムの『夜帷』が音もなく、しかし明らかに不機嫌なオーラを纏って現れた。
「諸君。君たちのアレン様に対する扱いは、あまりにも品性というものが欠けている。一人は米俵のように扱い、一人は油圧プレスの如き甲冑で潰そうとし、一人は実質五百歳の老人呼ばわりし、もう一人は空中射出しようとする……。第四師団長として、これ以上の不敬は見過ごせん。」
「いや、バルドム師団長、僕は自分の役割を自己分析しただけで――」
「カイル殿、君が一番の職務怠慢だ。その口を動かす暇があるなら魔力計算を進めたまえ。」
「イエスサー(即答)。」
カイルが端末に目を落とした。
「アレン様の身の安全は、これより私が影の障壁(浮遊モード)で担保する。一切の衝撃を与えず、埃ひとつ触れさせん。……ガロウ殿、君の義手の不穏な音は私の耳まで届いていた。素直に前衛で盾になりたまえ。」
「……チッ。最初からそうしてくれりゃ、こんなコントみたいな話し合いをやらずに済んだんだよ。なぁレイラ隊長?」
ガロウがレイラを睨みつけながら、ぼやくように言った。
「なんですって? まだ根に持っているの?」
レイラが翼をツンと尖らせる。
「バルドム殿、ありがとうございます。……すみません、お手数をおかけして。」
エルザが甲冑の擦れる音を立てて、深々と頭を下げた。
「構わん。影の道を進むぞ。……地下回廊の魔物どもの足音が、すぐ後ろまで迫っている。」
バルドムのその一言で、ようやく漫才の幕が下り、一行はアレンを影の揺り籠に乗せた状態で、再び決死の(しかしどこか締まりのない)潜入任務へと戻るのだった。




