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第3話 旅立ちの霧、鉄の街ー2

 「舐めた口を……! まとめて血祭りにあげてやる!」


 二人の重装兵が、容赦なくアレンへと躍り出した。

激しい風圧と共に突き出された槍を、アレンは紙一重でかわす。

その拍子に、深く被っていたフードがハラリと頭から滑り落ちた。

野次馬たちから、一斉に息を呑む音が漏れる。


 陽光を浴びて神々しく輝く白銀の髪。

そして、すべてを見透かすような、鋭く冷徹な血のような赤色の瞳。

そのあまりに浮世離れした容姿は、ただの辺境の少年ではないことを物語っていた。


「その髪…目…まさか、お前……!」


 兵士が動揺を見せた瞬間には、すでに勝負は決していた。

アレンは右腕の奥から溢れる熱を、全身の細胞へと行き渡らせる。

今回は白竜の鱗を露出させるわけにはいかない。

本能的にアレンは力を極限まで抑え込み、肉体の身体能力を爆発させるだけに留める。

それでも、常人の域を遥かに超えていた。


瞬速。

 

アレンの身体がブレたかと思うと、鉄剣の腹が重装兵の顎を正確に捉えた。

小気味いい衝撃音と共に、大柄な兵士が一人、天を仰いで気絶する。


「なっ、貴様――」


もう一人が慌てて間合いを取ろうとするが、遅い。

アレンは流れるような踏み込みでその懐に潜り込み、相手の腕を掴んで石畳へと叩きつけた。


ガシャイン、と激しい金属音が広場に響き渡る。

ものの数秒で、ドラグニルの精鋭二人が沈んだ。


「ひ、怯むな! 囲め! そいつはただの人間ではないぞ!」


 残された三人の中隊長格の男が、引きつった声で叫ぶ。

アレンは赤色の目で冷酷に彼らを見据え、鉄剣を静かに構え直した。

その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、燃えるような白い光が宿る。

 ただそれだけの威圧感(プレッシャー)に、兵士たちは言葉を失い、一歩も前に進めなくなった。

白煙の谷で魔獣たちを平伏させた、あの「白竜の威光」の片鱗が、無意識に漏れ出ていたのだ。


「まだやるか? 次からは峰打ちじゃ済まさない。」


アレンの低い警告に、中隊長は額から冷や汗を流し、ついに恐怖に屈した。


「く、クソが……! 覚えていろ、ドラグニルを敵に回したことを後悔させてやる! 退くぞ!」


兵士たちは気絶した仲間を担ぎ、這々の体で広場から逃げ去っていった。

 

 静まり返る広場。

アレンはふぅ、と小さく息を吐くと、すぐに剣を鞘に収め、再びフードを深く被り直した。

 

 やはり目立ちすぎてしまった。

早くこの場を離れなければならない。

踵を返そうとしたアレンの背中に、弱々しい、だが芯のある声が届いた。


「待って……くれ。」


 見れば、地面に倒れていた竜人族の少女が、大剣を杖代わりにしながら、ふらつきつつも立ち上がろうとしていた。

彼女の美しい琥珀色の瞳が、フードの隙間から覗くアレンの白銀の髪と赤色の目を、じっと見つめている。


「お前、人間だろう……? なぜ、ドラグニルの奴らを。それに、今の力は一体……」


「助けた覚えはない。俺の気まぐれだ。お前も奴らが戻ってこないうちに、さっさと消えた方がいい。」


アレンは冷たく言い放ち、歩き出す。

関わりが深くなれば、自分の右腕の秘密に踏み込まれかねない。

しかし、彼女は諦めなかった。

傷だらけの体で必死にアレンの後に従い、その袖を掴む。


「待ってと言っているだろう! 私はエルザだ。行き場のない私を、お前の力で……その、雇ってくれないか? 私は戦える。お前の盾にも、矛にもなる!」


「断る。俺は一人で探したいものがあるんだ。第一お前みたいな怪我人を連れ回す余裕はない。」


「なら、その目的地まででいい! ドラグニルに一太刀報いるチャンスがあるなら、私はどこへでも行く!」


 真っ直ぐに自分を見上げるエルザの瞳には、強い復讐の炎と、それ以上の純粋な覚悟が宿っていた。

 生まれつきの右腕のせいで、周囲から「異端」として恐れられ、遠ざけられてきたアレン。

しかし、エルザの瞳には、彼を怪物として恐れる色は微塵もなかった。

アレンは小さくため息をつく。


「……この街にある、古本屋だ。そこまでなら、勝手についてくればいい。」


「! あぁ、感謝する!」


エルザの顔に、パッと明るい笑みが浮かぶ。

 こうして、白銀の髪を持つ少年と、竜人族の少女は、混沌の渦巻く中立都市の奥へと歩みを進めるのだった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 


 


 二人の足音が遠ざかり、広場に完全な静寂が戻った頃、命からがら逃げ出したドラグニルの兵士たちは、中立都市の一角にある薄暗い砦へと駆け込んでいた。


「ハァ、ハァ……まさか、本当に実在したというのか……?」 


 中隊長格の男は、甲冑を乱暴に外しながら、机に両手を突いて激しく震えていた。

額から流れる冷や汗は、走ったせいだけではない。

あの少年の瞳に宿った、背筋が凍るような赤い眼光が、今も脳裏に焼き付いて離れなかった。

 彼らがアレンの素顔を見た瞬間に動揺し、そして恐怖のあまり敗走したのには、明確な理由があった。  

 ドラグニル王国の全軍には、上層部から極秘裏に回される『禁忌の書状』が存在する。

そこには、数年前に中央大陸の秘匿聖域から連れ出されたとされる、一人の少年の特徴が記されていた。


――陽光を弾く白銀の髪。すべてを見透かす冷徹な赤色の瞳。

そして、かつて世界を創造したとされる「白竜」の力をその身に宿すとされ者。 

ただの御伽噺か、上層部の過剰な警戒だろうと前線の下士官たちは鼻で笑っていた。

だが、目の前に現れた少年は、その特徴と完全に一致していた。

それどころか、重装兵二人を子供扱いする超常的な身体能力と、気配だけで精鋭を戦慄させるあの威圧感。

書状に書かれていた「見つけ次第、決して単独で交戦せず、軍を挙げて抹殺せよ。」

という警告の意味を、中隊長は身をもって理解したのだ。


「中隊長! 気絶した二人の意識が戻りません! 顎の骨を砕かれ、体内から衝撃を叩き込まれたような……これではまるで、竜の打撃だ……!」 

 

 部下の悲痛な報告を聞き、中隊長は奥歯をガタガタと鳴らした。

峰打ちでこれだ。

もし少年が本気で剣を振るっていれば、自分たちは今頃、あの石畳の上で物言わぬ肉塊になっていただろう。


「……すぐに本国へ伝令を飛ばせ。魔導通信を使え、一刻を争う!」 


 中隊長は震える手で羊皮紙を掴み、狂ったようにペンを走らせた。


「白銀の髪と赤眼を持った少年を発見、と。奴はまだ自分の力を隠しているが、完全に目覚めれば我が国は終わる。今すぐ、暗殺部隊を……いや、将軍級の戦力をこの都市へ差し向けろと、そう伝えるんだ!」 


 這々の体で逃げ延びた精鋭たちの巣窟には、もはや中立都市を我が物顔で闊歩していた頃の傲慢さは微塵もなかった。

 ただ、一人の少年がもたらした、圧倒的な破滅の予感に支配されていたのだ。



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