③奪還作戦ー6 深淵の闇の影と決着
イグニスの洗脳が解け、決着がつきアレンが一息着いたその時、周囲の空間が微かに歪んだ。
「おーい! アレン、無事か!?」
アレンの耳にエルザの声が届く。
背後から駆け寄ってきたのは、各戦場に残してきた仲間たちだった。
互いの無事を確かめ合い、イグニスの変貌に驚きつつも、ようやく一息つけると誰もが確信した――その刹那、紅蓮の間のさらに最奥の閉ざされた聖堂の祭壇に安置されていた「白竜の心臓」が、眩い光を放ちながら宙に浮き、聖堂の扉がガシャン!と開かれた。
「ククク……、実に見事な茶番劇だったよ。」
影から這い出るようにそこに現れたのは、ゾルディンだった。
その手には、強大な魔力を宿した「白竜の心臓」が握られている。
「この遺産は私がいただく。お前たちはここで、時代の終焉でも眺めているがいい!」
ゾルディンは転移魔術で逃亡を図ろうとする。
だが、仲間たちの連携は一瞬の遅れも許さなかった。
「意地汚いクソトカゲめ!転移する気だな!」
カイルが咄嗟にゾルディンの転移魔法を妨害しようと術式を放つ。
「逃がすかよ……!」
アレンが地を蹴り、驚異的な踏み込みで間合いを詰める。
ゾルディンが放つ拒絶の障壁を、覚醒しかけた力で強引に斬り裂いた。
「なっ、バカな! 魔力が……!?」
狼狽するゾルディンに、仲間たちの追撃が容赦なく襲いかかる。
退路を完全に断たれ、満身創痍となったゾルディンは、ついに床へと崩れ落ち、その手から「白竜の心臓」が転がり落ちた。
アレンはすかさず遺産を回収する。
遺産を左手で持ち、アレンは右手で剣の切っ先をゾルディンの首元に突きつける。
「ここまでだ、心臓を盗もうだなんて。イグニスを洗脳していたのはゾルディン、お前だな?お前の陰謀はたった今潰えたぞ。」
「ハ、ハハハ……潰えた、だと?」
捕縛され、逃げ場を失ったはずのゾルディンが、血に染まった顔で歪に笑った。
「何も分かっていないな。私は、最初から『あのお方』の掌の上で踊らされていただけに過ぎん……」
その言葉が終わるよりも早く、ゾルディンの足元の影が、生き物のように蠢き始めた。
「ひっ、あ、あああ……!?」
ゾルディンの瞳が恐怖に染まる。
影から湧き出したのは、光すらも飲み込む漆黒の泥――深淵の闇だった。
闇は意思を持つ触手のようにゾルディンの身体に絡みつき、その肉体を容赦なく侵食していく。
「待て! まだ聞きたいことが――」
アレンが手を伸ばすが、近づくことすら拒絶するほどの禍々しい波動が室内に満ちる。
「あ、アアアアアアッ! 助け――」
ゾルディンの悲鳴は、瞬く間に闇の底へと掻き消された。
肉体も、魂も、その存在のすべてを内側から食い破るようにして、深淵の闇はゾルディンを完全に消滅させた。
静寂が戻った聖堂には、ただ不気味な闇の余韻と、ゾルディンが最後に遺した言葉の重みだけが、重く冷たく残された。
パチ、と空間が爆ぜるような音が、アレンの左手の内で響いた。
彼が先ほど、深淵の闇に口封じされて消滅したマッドサイエンティスト、ゾルディンから完璧に奪い取った『白竜の心臓』。
暗黒の光を排し、今や見る者の目を眩ませるほどの神聖な純白の輝きを取り戻したその結晶体が、震え出す――。
ドクン!!!
アレンの脳内に、世界がひっくり返るほどの強烈な衝撃波が突き抜けた。
「……っ!?」
アレンは短く息を詰め、自身の左手を見つめた。
アレンの意志とは無関係に、左手の中の『白竜の心臓』が、まるで水が乾いた砂に染み込むように、彼の肉体へと「同化」を始めたのだ。
結晶が光の粒子へと変わり、左手の皮膚の下の血管を伝って、真っ直ぐに右腕の『炉心』へと流れ込んでいく。
それは、500年の時を経て、遺産とその核が歴史的な再会を果たした瞬間だった。
王宮の最深部を覆う暗闇を一瞬で消し去るほどの、圧倒的な純白の光が紅蓮の間を満たす。
アレンの体内に眠る無色の魔力が爆発的に膨れ上がり、彼の全身の毛穴から白い燐光となって噴き出した。
だが、それは「救済」ではなかった。
「が、はああっ……!?」
アレンの口から、どす黒い鮮血が派手に噴き出した。
あまりの激痛に、彼は持っていた鉄剣を取り落とす。剣が床に落ちて硬質な音を立てるのと同時に、アレンはその場に膝を突き、自身の右腕を左手で狂ったように掻きむしった。
「アレン!?」
紅蓮の間に突入し、包囲陣を敷いていたエルザが、痛々しく傷ついた自身の身体を顧みずに叫んだ。
彼女の頭部にある一対の「竜の角」が、尋常ではない事態を察知して激しく震えている。
「あ、が……あ、あああああああッ!!」
アレンの口から、人間のものとは思えない絶叫が漏れ出た。
炉心と心臓ね同化は完了した。
それは間違いない。
アレンの炉心は、確かに『白竜の心臓』という究極の動力源を手に入れた。
しかし――人間の肉体という、あまりにも脆弱で狭小な「器」は、神のごとき白竜帝アルヴァの真なる質量に耐えきれなかったのだ。
器が、内側から融解していく。
アレンの白銀の髪が魔力の暴風に激しく揺れ、赤眼の奥からは、『琥珀色の眼光』が、制御を失ったバグのように高速で明滅を繰り返している。
彼の皮膚の表面に、見えない空間のひずみが無数に発生し、アレン自身の肉体を細かく切り裂き始めた。
白銀の肌から血が噴き出し、衣服を瞬く間に赤く染めていく。
「おい、冗談だろう……! 出力が完全に人間の許容量をはみ出している! このままだと、心臓の魔力が内部から器が爆発するぞ!!」
カイルがいつもの軽薄な表情を完全に消し去り、必死の形相で幾何学的な魔法陣を展開した。
アレンの体内の魔力循環をハッキングし、強制的にシャットダウンしようとする。
だが、カイルの放った青い魔力の手は、アレンの身体に触れる寸前、無色の空間干渉によってパチパチと火花を散らして理不尽に消滅させられた。
「ダメだ! 『無色の魔力』が外からの干渉をすべて拒絶している! 治療魔術すら受け付けない!」
カイルの声に、レイラが深紅の翼を緊迫感に固く震わせた。
「そんな……! 敵の攻撃だけじゃなく、救おうとする私たちの魔力まで拒絶するというの!?」
「アレン! 起きろ、アレン!!」
エルザがアレンの身体を抱きかかえようと突撃するが、ガロウがその鋼鉄の左義手で彼女の肩を強引に掴み、引き留めた。
「行くな!エルザ! 今のあいつの側に近寄れば、テメェの身体ごと空間に消し飛ばされるぞ!」
「でも、このままじゃアレンが死んじゃう!!」
エルザの手首にある竜の鱗が、怒りと焦燥で鮮血のように赤く発光し、竜人族特有の鋭い八重歯が唇を噛み切って血を滲ませていた。
「が、あ……こんなところで……死んで……たまるか、よ……」
アレンは途切れ途切れにそう呟き、最後に一度だけ、右腕を強く握り潰した。
だが、人間の器の限界は、すでに数秒前に超えていた。
プツン、とアレンの瞳から琥珀色の光が完全に消えた。
「……あ」
エルザの目の前で、アレンは糸の切れた人形のように、赤茶けた床へと前のめりに崩れ落ちた。
溢れ出ていた純白の燐光が嘘のように収束し、アレンはピクリとも動かなくなる。
完全に意識を失った、昏睡状態。
「アレン――ッ!!」
紅蓮の間に、エルザの悲痛な絶叫が木霊した。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
少しでも『面白い』『続きが気になる』と思ってくださったら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】を★★★★★にして応援していただけると、執筆の励みになります!




