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追憶編①「泥水の味と、消えぬ火種」

 集落が滅ぼされてから数ヶ月の間、エルザはガロウが率いるレジスタンスの移動キャンプで過ごすことになった。 

レジスタンスの生活は、過酷という一言に尽きた。

ドラグニル軍の巡邏隊から逃れるため、拠点を数日ごとに変え、まともな食事も満足に摂れない日々。

亜人や人間が、ただ「生き延びる」ためだけに泥水をすするような毎日だった。 

ガロウは忙しい身でありながらも、エルザの様子を常に気にかけていた。 

 最初の頃、エルザは誰とも口を利かず、ただキャンプの隅で膝を抱えて座るばかりで、食事を差し出されても拒絶し、夜になれば、故郷が燃える悪夢にうなされて飛び起きる。

そのたびに、彼女の小さな身体からは激しい熱が放たれ、周囲の草木を焦がすことすらあった。 

竜人族としての高い潜在魔力が、彼女の精神的な暴走に呼応して、制御を失っている状態だった。


「食わなきゃ死ぬぞ、お嬢ちゃん。死んじまったら、あの日のお前の母親の命は、本当にただの無駄死にだ。」 

 ある夜、ガロウは冷え切ったスープの椀をエルザの前に置き、自身の無骨な身体を地面に投げ出した。 エルザはスープを見つめたまま、微動だにしない。

だが、その瞳には、以前のようなただの恐怖ではない、別のドロドロとした感情が宿り始めているのを、ガロウは見逃さなかった。


「……どうして」 

エルザが、何ヶ月ぶりかに小さな声を絞り出した。


「どうして、私たちがあんな目に遭わなきゃいけなかったの? 私たちは何も悪いことをしていない。静かに暮らしていただけなのに……。あの、赤い鎧の男は……バルザックは、笑っていた。みんなが燃えていくのを見て、楽しそうに笑っていたのよ!」 

 エルザの言葉が激しさを増すにつれ、彼女の手首の鱗が鮮血のように赤く発光し始める。

キャンプの地面が、じんわりと熱を帯びていく。


「仇を討ちたいか?」 

ガロウが淡々と言った。


「あいつの首を撥ねて、同じ地獄の炎の中に叩き込んでやりたいか?」

「――やりたい! あいつを、バルザックを、私の手で殺してやる! そのために、私に戦い方を教えて、ガロウ! あいつらを殺せる、強い力を頂戴!」 エルザはガロウの衣服を掴み、叫んだ。

その口元からは、竜人族特有の鋭い八重歯が覗き、瞳は憎悪の炎で真っ赤に染まっていた。 

それは、幼い子供が持つにはあまりにも重く、苛烈すぎる「復讐の炎」だった。 

ガロウは、そんなエルザの姿に、かつての自分を重ね合わせていた。 

故郷を滅ぼされ、左腕を失ったあのとき、自分も同じように世界を、バルザックを、そしてこの国の竜王イグニスを呪い、復讐のためだけに命を燃やそうとした。

だが、その先にあるのは、己の身をも焼き尽くす破滅でしかないことを、ガロウは痛いほど知っていた。


「いいだろう。そこまで言うなら、生き延びる術を教えてやる。だがな、お嬢ちゃん。俺の教える戦い方は、綺麗で高尚な『剣術』じゃねぇ。泥を掴んで相手の目に投げ入れ、喉笛を噛みちぎるための、ただの『泥臭い殺し合い』だ。それでもやるか?」

「やる……! 何だってやるわ!」 

翌日から、エルザの過酷な修行が始まった。 

ガロウの指導は、指導というよりは生存訓練に近かった。

身の丈ほどもある重い木刀を持たされ、ただひたすらに体幹を鍛えるための素振りを命じられる。

走らされ、転がされ、容赦なくガロウの巨体から放たれる打撃を受け流す訓練が続いた。


「甘い! 足元が留まってねぇぞ! 敵はトカゲの化け物どもだ、人間の倍以上の怪力を持った奴らを相手に、そんな軽い構えで耐えられると思ってんのか!」ガロウの容赦のない叱声が響く。

エルザは何度も地面に叩きつけられ、全身アザだらけになりながらも、そのたびに涙を拭い、鋭い八重歯を剥き出しにして立ち上がった。

彼女の精神力は、ガロウの想像を遥かに超えて強靭だった。

故郷を奪われた絶望が、彼女を動かす絶対的な原動力――「牙」へと変わっていたのだ。 


 しかし、数ヶ月が経過した頃、ガロウはある限界に突き当たっていた。 

エルザの身体能力の成長は凄まじかった。

竜人族としての天賦の才もあるだろう。

だが、彼女の戦い方は、あまりにも「復讐心」に依存しすぎていた。 

ガロウが攻撃を仕掛けると、彼女は自身の身を守ることを完全に放棄し、相打ち覚悟でガロウの首元を狙ってくる。

その瞳には、相手を殺すことしか映っておらず、自分が傷つくことに対する恐怖が完全に欠落していた。


(このままじゃ、この娘はバルザックに届く前に、どっかの戦場で無様に犬死にするな……) 

ガロウは、壊れた左義手をさすりながら、深い溜息をついた。 

彼女に必要なのは、ただの暴力ではない。

その胸に渦巻く「復讐の炎」を、己を焼き尽くす暴走兵器ではなく、敵を確実に穿つための「至高の刃」へと鍛え上げるための、真の技術。

そして、その苛烈すぎる精神性を制御するための、冷徹な理性を教えられる本物の師だった。


「俺の教えられる泥臭い戦い方じゃ、この娘の『器』を壊しちまう……。あいつのところに連れて行くしかねぇか?」 

ガロウの脳裏に、ひとりの男の顔が浮かんだ。 

かつてドラグニル軍において、第一師団長ヴァルキアスらと並び称されながらも、ある事件をきっかけに軍を去り、いまは辺境の地に隠棲しているという、最高の竜人族の剣士。 

ガロウは、出発の準備を始めるよう、キャンプの仲間に告げた。

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