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追憶編 序章「残火の遠吠え」

本編がバトルシーンに入る前にいきなりですがエルザの過去エピソードの追憶編に突入します!

 数年前ーーー

ドラグニル王国南部、その境界線に近い辺境の集落。かつてそこにあったはずの、石造りの家々と豊かな実りを蓄えていた畑は、一夜にしてすべてが赤黒い「地獄の火床」へと姿を変えていた。


「第二師団の進軍だ! 逆らう者はすべて灰にせよ!!」 

夜空を圧するほどの怒号と、耳を劈く鉄の擦れ合う音。 

そして何よりも、すべてを侵食するようなドロドロとした黒みを帯びた烈火が、津波となって家々を、そして逃げ惑う人々を呑み込んでいく。

人間や亜人なら、触れただけで一瞬にして骨まで消し炭になる超高熱の業火。

それを率いていたのは、重厚な甲冑を纏った第二師団長、バルザックであった。 

彼の振るう大剣が一閃するたび、爆発的な炎が大地を裂き、悲鳴ごと命を消し去っていく。 

その地獄の最中に、一頭の獣がいた。 

黒狼の血を引く獣人――ガロウ。 

かつては別の辺境集落を守る優秀な戦士であり、数年前に同じくバルザックの侵略によって故郷と左腕を奪われた男。

顔の左半分には、そのときに刻まれた凄絶な火傷の痕が、いまも醜く引き連れている。 

ガロウは、新しくあつらえたばかりの無骨な鋼鉄の左義手をきしませながら、燃え盛る集落の瓦礫の中を、ただひたすらに駆けていた。 

すでに戦いは終わっていた。

いや、これを戦いと呼ぶのはあまりにも欺瞞が過ぎる。

これはただの蹂躙であり、虐殺だった。 

いたるところに転がる、炭化して原形を留めていない同胞たちの骸。

崩落する建物の轟音。

立ち込める肉の焦げる臭いと、絶望の濃い煙。


「クソが……ッ! また、間に合わなかったってのか……!」 

 ガロウは血を吐き出すように毒づいた。 

彼が率いるレジスタンスの小隊がこの集落の危機を察知し、急行したときには、すでに第二師団の主力は去った後だった。

残されているのは、燃えカスを処理するように周囲を徘徊するドラグニルの掃討兵たちと、すべてを焼き尽くそうとする怨嗟の炎だけ。 


そのときだった。 


パチパチと爆ぜる火花と、崩れ落ちる梁の凄まじい音の隙間から、それは聞こえた。


「――ぅ、……あ、……お母、さん……」 

あまりにも小さく、掠れた声。

放っておけば、夜風と炎の咆哮にかき消されてしまうほどの、幼い子供の泣き声だった。 

ガロウの鋭い獣の耳が、その音を正確に捉える。

彼の視線が、半壊し、いまにも完全に押し潰されそうになっている一軒の石造りの民家へと向けられた。


「おい、そこの崩落に巻き込まれるぞ! 戻れガロウ!」 

 背後から仲間のレジスタンス兵が叫ぶ声を無視し、ガロウは泥と灰にまみれた地面を蹴った。 

燃え盛る家屋の中へ、躊躇なく飛び込む。 

天井からは火のついた木材が容赦なく降り注ぎ、大気は息を吸うだけで肺が焼け付きそうなほどに熱せられていた。

視界は最悪だ。

どす黒い煙が渦巻く中、ガロウは声を頼りに奥へと進む。 

部屋の隅、完全に崩落した巨大な石壁の隙間に、その少女はいた。 

頭部に一対の小さな、まだ未発達な「竜の角」を持つ、竜人族の少女。 

彼女の上には、自らの身体を盾にするようにして覆いかぶさった、大人の竜人族の遺体があった。

おそらくは、彼女の母親だろう。

母親の身体はすでに冷たく、背中はバルザックの炎によって無残に焼き尽くされていたが、その腕の中だけは、奇跡的に炎から守られていた。


「……おい、生きてるか。」 

 ガロウが声をかけ、母親の遺体を慎重にどかそうとしたその瞬間。


「くるなっ……! こっちに、くるなァ!!」

 少女――エルザは、恐怖に完全に支配された瞳でガロウを見上げ、喉を掻きむしるように叫んだ。 

彼女の美しい頬は涙と煤でぐしゃぐしゃに汚れ、小さな手足は小刻みに震えている。

感情の激昂に呼応するように、幼い口元からは鋭い八重歯が覗き、手首の未熟な鱗が、怒りと恐怖で鮮血のように赤く明滅していた。 

彼女にとって、いま目の前に現れた大柄で無骨な獣人は、自分たちのすべてを奪ったドラグニルの兵たちと同じ、恐怖の象徴でしかなかった。


「怖がらせるつもりはねぇ。だが、ここにいたら死ぬぞ。あのトカゲ野郎どもの炎は、すべてを灰にするまで消えねぇんだ。」 

 ガロウは静かに、しかし断固とした口調で言った。そのとき、メキメキと不穏な音が響き、彼らの頭上にある巨大な大梁が、炎に耐えかねて一気に崩れ落ちてきた。


「危ねぇっ!!」 

ガロウは考えるよりも先に身体を動かしていた。 

鋼鉄の左義手を突き出し、頭上から迫る燃え盛る大梁を真っ向から受け止める。

義手に施した魔導炉心が激しく火花を散らし、表面に薄い地脈の防御結界が展開された。

 凄まじい衝撃と熱量がガロウの全身を襲い、顔の右半分に冷や汗が流れる。


「ガ、アアアアッッ!!」 

咆哮とともに、ガロウは力任せにその大梁を横へと弾き飛ばした。

鋼鉄の指先が摩擦で赤く熱を帯び、煙を上げる。 

その圧倒的な、しかし自分を守るために振るわれた暴力を目の当たりにして、エルザは声を失い、ただ呆然とガロウを見つめていた。


「……立てるか、お嬢ちゃん。」

ガロウは、熱を帯びた義手を背後に隠し、残された生身の右手をエルザへと差し出した。 

その手は酷く無骨で、傷だらけだったが、不思議とあたたかかった。


「お前を殺した奴らは、もうここにはいねぇ。生き残りたいなら、その手を掴め。」 

エルザは、迫り来る周囲の炎と、ガロウの鋭くも真っ直ぐな瞳を交互に見た。 

そして、震える小さな手で、ガロウの大きな手のひらを、壊れ物を掴むようにして、しかし強く握りしめた。

ガロウはエルザの小さな身体を軽々と抱き上げ、崩壊する家屋から一気に外へと飛び出した。 

背後で、完全に家が崩れ落ち、凄まじい火柱が上がる。 

腕の中で、エルザはガロウの胸に顔を埋め、声を殺して泣き続けた。

彼女の手首の鱗は、消えかけの残り火のように、いつまでも赤く、痛痛しく明滅していた。


ご覧いただきありがとうございます♪

追憶は少し長くなる予定です。

早めに本編に戻れるようにします!

バトルシーンは苦手だぜ。笑

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